Novel

第十三話 漂流

 ZZのコクピットの中。宇宙の中。ジュドーは一人流されていた。

 宇宙空間一人ぼっち。いや、厳密に言えば一人ではないが、その人物がいることで、ジュドーはさらに不安をかき立てられていた。
 うんざりと、そいつの乗っているコア・ベースのコクピットを見やる。
 こんな空間で、シャアの有用性など全く無い。

「どの辺だろう、ここ……」
 先程の戦闘で分かったことがある。ZZは思ったよりも老朽がひどく、迅速なメンテの必要がある。
 決してこのまま流されていい訳が無い。

 宇宙にこの男と二人。
 一人ぼっちよりもさらに辛い。
 ジュドーはモニター越しに映される、落とされそこなった小惑星を眺めていた。

「アクシズだ」
 シートから身を乗り出し、その岩の塊を何かに魅入られたようにじっと見つめる。
 シャアにとっては『忌まわしい記憶』のある場所だが、ジュドーにとってそこは楽しい思い出だってあったのだ。

(ジュドー!)

 今でも耳から離れない少女の声。近付けばもっとよく聞こえるかもしれない、そう思い機体をアクシズの方向へと流されるままにしていた。
 そして耳をすませてみる。
 しかし、聞こえたのはまるで妹のようなあの少女の明るい笑い声ではなかった。

────ラ…ラ……

(誰?)
 覚えはある。数日前に拾ったあの男の回りに漂っていたのと同じ。

────ラ────ラァ………──────

 あの金色のオーラの暖かさと同じものを、この声は持っている。

「誰か…いるのか?」
 どうやったら無事に帰れるか、その計算をやめてなおもZZは進路をアクシズに向けた。
 やはり間違いなく、あの小惑星の方向から彼女の思念が漂ってくる。
 そう、『彼女』だ。

「…いた!」
 ある瞬間に脳裏にいきなり閃きが走って、褐色の肌を持つ少女のイメージが強烈に焼き付けられる。
 その姿は、ジュドーには少女の純粋さと母性を併せ持ったある意味女の究極の形、のように思えた。
 少女の唇がわずかに動くのを、ジュドーは注意深く読み取った。

 一文字ずつ、発音してみる。
「…ラ・ラ・ァ……?」
「ララァ、だと……!?」
 通信機からはこちらが驚くほどの狼狽した声が聞こえてきた。
「な、何だよ」
「今確かに『ララァ』と言ったのだな?」
 普段の態度からは想像できないほどに慌てふためくシャアの声に少々戸惑いつつ、ジュドーはそれに頷いた。
「何でそんな慌ててんだよ? 第一、誰なんだよ、そのララァって」
「一年戦争時代の、私の部下だ」

 幾分か落ち着いた声でシャアは答えた。
 もしかしたら、さっきのはこのボケが治る兆しなのかもしれない。そう思い、ジュドーは質問を進めてみる。
「…それで?」
「彼女は…ララァ・スンはニュータイプとしてフラナガン機関で研究対象とされていたが、私が引き取ってパイロットとして使った。インド系の、16歳の少女で、私と男女の関係も持って……」
「うわわっ、もういいって!」

 普段の調子に戻った、相変わらずのニュースを読むようなシャアの言い方に、ジュドーは慌ててストップをかけた。

 しかし、先ほどのシャアの動揺はどうか。
 これがきっかけで、彼が元に戻るかもしれない。そうなったら、問答無用でネオ・ジオンに押し付けられるのに。

 しかし、今のジュドーにはそれを聞き取ることしかできない。
 この思惟が、落ち行くアクシズを押しとどめた力の一端であることは間違いない、と直感しながらも。

 せめて、彼女がシャアと会話できるようになれば。
 そう思っても、もうこのままどうすることもできず、彼女の声に心から身を委ねかけた、その時。

────ャ……………………

(違う……ララァ、って人じゃない?)

 ララァと呼ばれているものの向こう側からそれは聞こえてきた。
(笑い声?)
 プルのような無邪気な声でもない。ただ不快にさせるだけの、嘲笑とも取れる声。

 シャアには聞こえていない。

「誰だ!?」


────シャアと同じ…シャアの意志、シャアの絶望の体現……

(何だって……? どういう…ことだ)

 アクシズの片隅から、それは流れてきていた。
 肉眼で確認できないほど小さな、白いもの。
 シャアが見ていたならばすぐに分かるだろうMS。

 そこから、思念はなおもジュドーに纏わり付く。

────────アナタは私と同じ…………

「…やめろっ!」

 思わず拒絶の意志が働いた。

 取り込まれる。
 自分にとっての『最後の戦い』のその時に介在した、ララァの意思を媒介に。

(誰とも違う……? あんた一体)
 その思念は、アクシズの方向から漂ってきているようにも、先程自分たちが出てきたコロニーから出ているようにも思えた。いや、正確に言うと、この宙域のどこからも聞こえる。そんな錯覚を引き起こした。
 推進を止め、ジュドーはそこにZZを留めた。


 その時、ふいに光は見えた。

「あ…ジュピトリス……4……?」

 二年ほど働き、すっかり慣れ親しんだあの空気を感じ取り…次にジュドーの意識が戻った時は、その艦のデッキに収容されていた。