Novel
第十四話 ジュピトリス4
目が覚めたそこは、今では懐かしささえ感じるようになったジュピトリス4のデッキだった。
ZZのハッチが開けられ、モニターのCGではない、生の景色に目が慣れてくると、作業員らしき人影が中を覗き込んできた。
「はぁい、ジュドー。お久しぶり」
しなやかな長い髪をそのまま垂らした、あと少しで成熟しきるであろう女の芳香が鼻をくすぐる。
「ルー…ルー・ルカ……?」
ルー・ルカは不敵な表情でコクピットを覗き込んだ。
4年前と変わらない、溌剌とした声に安心してか、ジュドーは体の力が一気に抜けるような気がした。
「ほらぁ、さっさと下りる!」
中の人間が怪我しているかとか、そういうのもお構い無しにルーはジュドーが出てくるのを急かした。
ハッチをバンバン叩かれて、ジュドーは急いで這い出て来た。
「背、伸びたんじゃない?」
「あ、あぁ……」
そう言ってルーが少し上向き加減に自分の顔を覗き込んでくるのは、ジュドーにとって少し嬉しかった。意識する女性が自分を見上げる構図はドキドキする。
昔は自分の方が低かったし。
ジュドーは自分のその動揺を悟られないように、曖昧な返事をして視線を反らせた。そういった感情を知られるのは、やはり恥ずかしい。
視線をルーから外したついでに、デッキを見回してみる。そこには木星船団のMSと、自分の乗っていたZZがあるだけで、同系色の小型戦闘機は見当たらない。
「…そういや、あのおっさんは?」
「おっさん? あんた一人だったけど?」
「……そう」
何となく附に落ちない表情でジュドーは踵を返し、艦内へと足を向けた。その後ろから、ルーが跳ねるような足取りで追って来る。
あの男がいないのなら、もう見失ったってことにしてもいいんじゃないか。
不可抗力だ。それで縁は切れる。関係無い……
「けど次の便って、もっと後じゃなかったっけ? これがそうなら、俺、この便で帰らなきゃいけないことになるんだけどさ」
もうそのことは考えないようにしよう。そう思ってジュドーは話題を変えようとした。
けど彼女は、呆れたような視線をジュドーに返すのみで。
「あんた、予定しっかり見ときなさいよね」
「んだよ、悪かったな」
溜息混じりにぼやかれて、思わず悪態をつき返す。思えば初めて会った時からこんな感じだった。
この感情が何なのか、正直自分でもまだはっきりしない。
だけどルーとのこういうひとときは、間違いなく心地良い瞬間だった。
仕方無いなと言った風に、ルーがジュピトリスの予定表を渡す。
自分にはまだまだしなければならないことがたくさんある。女性を実感するのはもっと後でもいい、と思っていたのに。
それでもジュドーの手のひらに、ルーのしなやかな皮膚の感触が刻まれる。
このまま帰ってしまえばいい。
そんな思いがジュドーの心に一瞬閃いた。
******
ムサカのデッキに降り立ったカミーユ・ビダンを、ブリッジから下りてきたミネバとアハトが迎えた。
ミネバは既に、ジオン色の濃い衣装に着替えている。
「カミーユ、大丈夫なのか?」
不安げな顔でミネバが尋ねる。何のことか、と一瞬考えたが、すぐに先程の戦闘前の自らの不調を言っているらしいと察し、微笑んで答える。
「大丈夫だ。あのガンダムが、ちょっと合わなかっただけさ。…だけど、さっきので分かったよ。もうMSには乗らない」
カミーユ自身、過去に戦い過ぎたのだということを実感していた。それで心をすり減らしてしまって、あれだけの短期間で復帰できたのは、パイロットとしての才を無くしてしまったからなのだと。
しかし、そう思っていたからこそこの5年間、MSに関わる一切を断っていたというのに。それなのにあれだけ動かせるものなのか、ともカミーユは思った。
ガンダムだったから…などという理由は幻想だ。昔乗っていたのと似たタイプで操縦の慣れがあるにしても、5年も経てばMSの中など全く別物に変わってしまう。
「いいんですよ別に。貴方をパイロットとして招きたい訳ではありませんから」
難しい顔をして押し黙っているカミーユに、アハトが告げた。
パイロットで無いのなら何なのだ、と一瞬カミーユは疑問を感じた。
おそらく自分の名は、ネオ・ジオン内部に知られているのだろう。かつてグリプス戦役で、ハマーン・カーンと対峙したこともあるし、シャア・アズナブルが思い出話と称し誰かに囁いたかもしれない。
そう、エゥーゴのパイロット『カミーユ・ビダン』の名を。
「まずはレイド・ルーラと合流しましょう。そこに…あの方がおられます」
「あの、方?」
意味深な言葉だが、カミーユはそれ以上追求することはしなかった。
会ってみれば分かることだし、自分にとってそれほど重要な人物がネオ・ジオンにいるわけはない筈なのだ。