Novel

第十六話 密航者

 ジュピトリス4にて、デッキがΖΖの騒動で賑わっていたころ。
 全く別の区画にて、もう一人の『そこにいないはずの人物』が一人の女に連れられて歩いていた。

 誰もいない通路を早足に通り抜けると、その人物──シャアは、小さく言葉を発した。
「手際がいいな…見つからずに、ここまで来られるとは」
「みんなΖΖに気を取られてましたから。あなたが生きていると知られては、少々困りますので」
 シャアが連れられてやって来た場所は、格納庫のようなスペース…だが、ドアをくぐり、仕切られたその部屋に入ってみると、不快にならない程度の居住空間が確保されていた。
 女は椅子を引いて座るようシャアに促すと、自分はその脇に傅いた。
「ご無事で…シャア・アズナブル閣下」

 今から数分前。
 ジュドーのΖΖとどんどん距離が開き、何とか追いつこうとしたものの、結局追いつくことは出来なかった。コアベースが船体に近付いた所で、SOSを出そうかとも思ったが、その前に艦の一角が自分を案内するように開き、入った所で彼女と出会った。
 女は、自分をエレンと名乗り、早口で「お待ちしていました」と告げると、誰にも見つからぬようにこの場所へとシャアを案内したのだった。

******

 ジュピトリス4に収容された後。ジュドーが木星船団の一員であることが判明すると、彼は顔馴染のルー・ルカに連れられて食堂にやって来た。
 食事時ではないため人もまばらだったが、かえって都合が良いと思って窓際の一番隅の席に腰を下ろす。

 ジュドーがカップを二つ持ってきて一つをルーに差し出すと、それから少しの間はお互いの近況や他愛の無い世間話などをしていたが、しばらくするとそういう話のネタも無くなってきて、ジュドーの口からネオ・ジオンの名前がぽろっと出ると、二人の間に沈黙が広がった。

「…で、さ。あんたどうすんの? これから……」
 半分ほど中身の残ったドリンクカップを片手で弄びながら、ルーはぽつりと告げた。
「……どうしても、気になることがある。もういっぺんネオ・ジオンに行かなきゃなんないよ」
「気になること、って?」
 ルーは待つ女ではない。ジュドーがしたいことがあるのなら、勝手にさせておけばいいと思っている。それが少々危険なことであっても、だ。
 下手をすると、彼女自身付いて行くと言い出しかねない、そんな気性を持っているのだ。
 だから、彼のその言葉も、左程ヒステリックになることなく、普通の会話をするように訊き返した。

 ジュドーがそれに答えようとした、その時。

「ルー!」
 部屋のちょうど反対側からその明るい声は聞こえてきた。
「エレンじゃないの! 今までどこ行ってたの?」
 少しくせのある髪を高く括った、ジュドーより3、4つほど上であろう女性だ。どうやらルーとは知り合いらしく、こちらに駆け寄って来てすぐに二人でなにやら親しげに話し始めた。
 そして、なにやら自分の方をちらちらと見ていたかと思ったら、ルーを押しのけてジュドーに向き軽く会釈をかわす。

「ルーから話は聞いていたけど…あ、私、エレン・ソウェイル。キミがジュドー君よね?」
「え…は、はぁ……」
 勢いよく語りかけられて少々戸惑ったが、ジュドーはこのまじまじと覗き込んでくる女の顔を、どこかで見たことがあるような気がしていた。
「あの、さ…あんた、どっかで会って……」
「まぁ、それは誘い文句としては古すぎるわよ?」
 小首を傾げ、エレンはおどけてみせる。彼女の様子は、まるでジュドーの昔からの恋人のようにも見えた。

「ちょっとちょっと、何二人で話し込んでんのよ」
「あらー、ルーには関係無い話〜」

「いや、ちょっと、エレンさん……」
 ジュドーは慌ててエレンから離れようと後ずさる。ルーの顔をちらっと盗み見た時、彼女が不機嫌な時にしてみせる引きつった笑顔が見えたのだ。
 しかしエレンの腕はそれを許さなかった。
「ルー、ちょっとこの子、借りるわね」
「えぇ? ちょっ、待ちなさいよ、エレンっ!?」
 呆気に取られたルーを残して、エレンはぐいぐいとジュドーの腕を引っ張っていく。振り切れないような力ではなかったが、引っ張られる一瞬の隙にこっそりと囁かれ、思わず抵抗するのをやめてしまう。

「ジュドー・アーシタ。あなたに会わせたい人がいます」

******

「ねえ、エレン…さん? やっぱあんた、どこかで会ってない?」
「はい。ロンデニオンのカフェでお会いしましたね」
 エレンに連れられて艦内を歩く道すがら、ジュドーはそっと問いかけてみる。
 先程とはうって変わって落ち着いた空気を纏った彼女の答えを聞き、やっとああ、と思い出した。
「何でカフェの店員さんがこんなとこにいるんです?」
「そこまでは」

 それだけ言ったきりエレンは口を閉ざした。そこまでは教えられない、ということなのだろう。

「着きました。こちらです」
「え……っ」
 ジュドーが案内されたそこは、格納庫の一画を仕切って作られた空間。
 前を歩いていたエレンはすぐさま中に入っていき、そこにいた人物に近寄りこうべを垂れる。
 そこにいたのは。
「……おっさん……!?」
 ある意味、一番会いたくなかった男。とんでもない再会の仕方だ、とジュドーは息を吐いた。