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第十八話 ルーの唇

「……閣下、レイド・ルーラとの連絡が取れました。通信は傍受されたかもしれませんが、このジュピトリスにも閣下に賛同するものは多数おりますので、そう問題は──」
「…私は、もうネオ・ジオンの総帥ではない。その呼び方はやめてくれ」
 旗艦に乗艦する同士からの通信を終え、エレン・ソウェイルはやはり冷静にシャアに告げようとした。しかしそれは途中で、シャア本人の、今の話題とは関係のない一言によって遮られる。
 エレンは少し困ったように眉を寄せて見せるが、すぐにここに来てからずっとしている無表情を取り戻した。
「分かりました…では、お名前を呼ばせていただきます。シャア・アズナブル様」
 戸惑うように付けられた『様』がくすぐったい。しかしその感触を楽しむ間もなく、エレンは続けて告げる。
「小型艇を用意します。それでレイド・ルーラに向かってください。このまま木星に行くよりも、その方が…」
「その方が、ジオンのため、か……?」
「……はい」
 シャアは剣呑な視線をエレンに向ける。
 ここに至って、未だネオ・ジオンは自分を必要としているのか。そんな想いが渦を巻いていた。

 が、シャアが何か言う前に、それまで黙っていた人物が口を開く。ジュドーだ。

「ちょっと待った」
 2人に鋭い眼差しを向けて、両脇に下ろした拳は固く握り締められている。
「もうこの人は十分戦ったんだ。これ以上戦争をさせちゃいけない」
 ジュドーの口からは、自然とシャアを庇うような口ぶりで言葉が飛び出していた。

 別にこの男のしたことを肯定するとか、そんな意思はない。
 ただ、彼に再び戦争をさせることがどれだけの被害を招くか、そういうことを無意識のうちに懸念していたのだ。それに、毎夜うなされるシャアを哀れに思ったのも、また事実だ。
「かと言って、ずっとここにおられてもどうもなりませんでしょう。何の目的も無く、ただ地球と木星を往復させるだけの余生を過ごさせるには惜しい方です」
「だからさ」
 怪訝そうに眉をひそめるエレンに向かって、ジュドーは自らの決意を告げた。ジュピトリスに辿りついて、ルーと話をした時からずっと考えていたことだ。
 これからのネオ・ジオンは、きっとミネバの下でひっそりと身を隠すのだとジュドーは信じている。そのためには、十分予想される連邦の追撃等、障害を越えていかねばならない。

 ジュドーとしても、これからの自分の計画のために後顧の憂いは断ち切っておく必要があるのだ。

******

「何よ、話って?」
 通路際にふわりと浮かんだまま、ルー・ルカは悪戯っぽく問いかけた。

 エレンが小型艇を発進させるまでの僅かな間。ジュドーは広い艦内を巡ってやっとのことでルーを見つけた。
 彼女にだけは、話しておきたかったのだ。これから自分が何をしようとしているのかを。そして、5年前、ハマーンとの戦いの時からずっと考えていた計画を。
 もっとも、先ほどは思わぬ邪魔が入ってしまったが……
「あ、あのさ」
 だが声を絞り出そうとしても、なかなかそれが形にならない。出てくるのはそんなどもった呻き声ばかりである。

「もう、何なのよ?」
「だ、だから……ちょっと落ち着いて聞けって!」
 はっきりしないジュドーに、ルーはヤキモキしっぱなしであった。床を踏みしめると、ルーの体が再び浮き上がり、長い髪が宙に舞った。

「言いにくいことなら、私が言ってあげようか?」
「は?」
 言うなり、途端にルーの表情ににやりと笑みが浮かぶ。
 どうしてルーがこれから自分が話すことを知っているのだろうか。ジュドーの頭の中は一瞬疑問符でいっぱいになった。
 が、次の瞬間。

「私はジュドーのこと好きよ?」
「……え?」
「返事はぁ?」
「え、は、はいっ! …じゃなくてっ! な、何言っちゃってんの!?」
 不敵に笑うルーとは対照的に、ジュドーは顔を真っ赤にして慌てふためくことしかできなかった。


──落ち着け……落ち着け、俺。

 心の中で念じて、深呼吸をひとつ。

 おそらくルーは、ジュドーの落ち着きのなさから、きっと「これから告白でもするのか」と予想していたのだろう。
 ちょっと順番が違うけど、これも確かに、いつかルーに言おうとしていたことだ。
 それが今に繰り上がっただけのこと。

 やっとのことで動悸がおさまり、ジュドーはまだ赤い顔をルーに向ける。
 残り時間も少ない。ならば今は、心置きなくネオ・ジオンに行けるように……
 もう一度息を吸い込んで、ジュドーは今度ははっきりとした声で告げた。
「俺も、ルーが好きだ」
「ん、よろしい。よく言えました」
「ちぇっ、ガキ扱い、すんじゃないよな……」

 俺が言いたかったのはそういうことじゃなくて。
 反論しようにも、ルーの満足気な表情を見てしまっては、ジュドーにはもう、何も言うことができなくなってしまう。
 ちらりと腕を見る。もう時間は後僅かしかない。
 ジュドーは仕方なさそうに溜息をついて、ルーを振り返った。
「ホントはまだ他に言うことあったけど…この続きは、また今度だ」
 一歩、ルーに近づく。想像していたのより近くに彼女の顔があって、また慌てそうになったが、ぐっとこらえる。
 ルーは、まさか本当にジュドーがネオ・ジオンに──しかも今すぐに、だ──行くなどと、予想もしていないだろう。
 だが、それでいい。絶対帰ってくる自信があるから。

 ふわ、と前髪の触れるかすかな感触があって、ルーの睫毛はゆっくりと下りてくる。

 引っ掛かった前髪を払いのけ、ジュドーは目を閉じると、そっとルーに口付けた。