Novel

第十九話 ネオ・ジオン新生

 カミーユは未だ、迷っていた。
「確かに、現状の連邦が気に入らないってのはある…」
 溜息を吐き、手元に目を落とす。そこにはおろしたての深い青緑色の制服が握られていた。

 自分ははたして、こんな物を着るためにネオ・ジオンへとやってきたのだろうか?
 ただ、シャアの引き起こした先の戦争に触発されて、連邦の体制に外側から働きかけたい。そんな思いで『ヌーベル・エゥーゴ』と呼ばれる組織への接触を試みたはずだった。
「状況に流されているのか…何かに、引っ張られて」
 ぐっと力を込めると、真新しい制服にいくつもの皺ができた。

 迷っていても仕方がない。ここまで来たんだ、やるしかない。

 カミーユは迷いを断ち切るように首を振る。
 ネオ・ジオンにいることで、ネオ・ジオンそのものにも影響を及ぼすことだって出来るかもしれない。スウィート・ウォーターから逃れてきた難民達の中には、きっと戦争と関係ないところで穏やかに余生を終えたいと願う人達だっているはずだ。

 立ち上がり、それまで座っていた簡易ベッドの上に上着を脱ぎ捨てる。
 一瞬だけ躊躇うと、カミーユは深い色の制服に袖を通した。

******

 謁見の間に向かうと、そこには既に艦内の主要な人物が集まっていた。
 ドアを開けると、まずその音に反応して振り向いたミネバと視線が合う。どうやら、着慣れぬジオン系の服装(しかも、相当仰々しい式典用のものだ)となったカミーユが物珍しいのだろう。
 次に、玉座の傍らに控えるヴェルナー達、ネオ・ジオンの重役達に視線を巡らす。
「……準備は──できましたよ。まずはあの人の出迎えってことになりそうですね」
 苦笑しながらそう言い放つと、カミーユは部屋の中央へと歩み出た。
 そしてミネバとアハトの立つ場所へとたどりつく途中に、彼は一瞬、異様な雰囲気を察してふと歩みを止めた。

(……コイツは……?)

 まず印象に残るのは、恐ろしい程にぎらついた目。
 こけた頬とやせた風貌のおかげで年齢はよく分からないが、おそらくはまだ若い。
 ネオ・ジオンの制服どころか、フォーマルとはおよそかけ離れた服装もその場の違和感を生じさせる要因の一つだろう。
 カミーユは慌てて視線を外したが、その瞬間に男が自分を見てにやりと笑ったような気がして、少しだけ背中が寒くなる。

「では、始めましょう……カミーユ・ビダン。あなたを我々ネオ・ジオン残党軍の総帥代行として歓迎します」
「…………ああ」
「こちらへ……」

 ナナイが示す方へと向かう。
 集まっていた人たちがさっと波のように引き、玉座までの道が作られる。そこをカミーユは歩いていき、やがてルストールの眼前に立った。
「ルストール・ザビ殿下。カミーユ・ビダン、ネオ・ジオンの総帥の代わりとして、尽力致します」
 慣れない敬語がもどかしい。が、元々こんな古風な…というか、貴族的な軍に関わったことがないのだから仕方がない。
 それはルストールも同じだったようで、ぎこちなくカミーユの言葉に頷いている。

 ただ、その横に控えていたヴェルナーが、鋭い視線をカミーユに寄越した。
 おそらく、これまではザビ家の末裔──言ってみれば『公子』の後見人としての地位を艦内にて確立させていた所を、カミーユ・ビダンという『新入り』にその地位とやらを取られたのが気に障るのだろう。

 どこにだってそんな輩は存在する。

 と、空気が重くなりかけていたところで、ルストールが口を開いた。
「シュリー……じゃない、えと、カミーユ。君に見せたいものがあるんだ。MSデッキに来てくれないか?」

 MSデッキ?

 その言葉を聞いたカミーユの眉が、僅かに動く。
 やはりこいつらは、自分にパイロットでもさせるつもりなのか?
 一瞬そう考えたが、それならば自分に総帥代行などさせる理由がない。

 逡巡の後、カミーユはルストールと、案内役のナナイとともに、デッキへと足を運ぶこととなった。

******

 水の中に全身を浸すイメージ。
 うっすら目を開けてみると、寝る前と変わらぬ部屋の中であった。

 シーツにくるまったまま、ミウ・イーダはのそりと起き上がる。
 先程まで感じていた、水中にたゆたうような感覚は既にない。あれは彼女が眠る時、いつも見る夢、のようなものなのだ。
 全く生活感のない簡素な士官室──そこには必要最低限の寝所と小さなチェスト、制服のかかったハンガーが一つあるだけの──そこで手早く着替えを済まそうと、ハンガーに向かい歩く。
 ミウがそれまでくるまっていたシーツを床上に落とすと、酷く華奢な白い肌が露わになる。首筋や腕には、おびただしい数の注射の痕跡が見えた。

 やがて、彼女が上着を羽織るのとほぼ同時に、士官室の通信が開き、モニターが提示される。
『イーダ少尉、敵艦を補足しました。本艦はこれより追撃戦に入ります。パイロットは至きゅ……』
「分かった。……『あれ』はまだ使えないんだな?」
『……はっ。少尉にはリ・ガズィで出撃していただきます。作戦開始時刻は──』
 通信の声が作戦の概要を伝える前に、ミウはスイッチを切った。
 ミウにとっては、作戦など煩わしいものでしかない。

 無造作な動きでドアを操作し、部屋を出る。

 これから、楽しい狩りの時間が始まるのだ。