Novel
第二十話 4つの砲門
「何してるの! 早くこの目障りなマークを消して!」
出撃準備もほぼ完了した…と思われたのは、彼女を抜きにして考えたときのことにすぎなかった。
彼女──ミウ・イーダは、自らが搭乗する専用にカスタマイズされたらしいリ・ガズィを前に、整備兵に当り散らしている。普段は恐ろしいほど冷静な彼女が、だ。
「早くして! じゃないと私、あの部分の装甲版を吹き飛ばして出るわ!」
「……塗料の白が余ってたな? さっさと持って来い!」
整備士長は、やれやれといった風に肩をすくめると、彼の部下に塗料を取りに行かせた。
何が気に入らないのか、ミウはリ・ガズィに施されたパーソナル・マークを嫌い、こんな癇癪を起こしていたのだ。
そのマークは、ミウ自身のものではない。赤い色でアルファベットの『A』を模したデザインがなされているそれは、この機体の本来の乗り手であるアムロ・レイのものだったのだ。
「私はあの男じゃない……誰でもない、私は私……」
白く塗られていく機体を見ながら漏れたその呟きは、誰に聞かれるともなく消えていった。
******
「あれだ」
ルストールに手を引かれる形で格納庫へと足を進める。
カミーユの乗ってきたμと呼ばれるガンダムの向こう側、一番奥のデッキにそれは立っていた。
見たところ、ギラ・ドーガを発展させた、ジオン系モビルスーツのようだ。両肩に二つずつ取り付けられた有線式ビーム砲が特徴的だ。
目を輝かせてそれを指差すルストールの姿に軽く苛立ちを覚える。
「あれに乗れと?」
低く漏れた言葉に、幼き王子はきょとんと首を傾げた。
「違うよ、あれは僕のなんだ」
「じゃあ、なんであれを俺に?」
「名前をつけて欲しいんだ」
カミーユは一瞬面食らう。少年の瞳には一切の計算高さも含まれていない。やや興奮した口調で、続ける。
「カミーユはΖガンダムを作ったあのカミーユ・ビダンなんだろう? そんなすごい奴が名前をつけてくれたらいいなって、ずっと思っていたんだ」
「……なんで、そんなこと知ってるんだ?」
「MSジャーナルに書いてあったよ。孤児院にバックナンバーがあってさ」
「孤児院……?」
ザビ家の末裔のはずの少年が、なぜ孤児院なんかにいたのだろう。
そんなカミーユの疑問などお構いなしに、ルストールは本で得た知識を楽しそうに語る。
「僕、Ζガンダムが一番好きなんだ。かっこいいし、強いしさ」
そう言って笑っているのは、残存のネオ・ジオンをまとめるザビ家の末裔などではない、ただ一人の少年だった。そう見えた。
ああ、子供なんだな、とカミーユは息を吐く。自分と同じく、彼の立場も飾りなのだろう。
自分をグリプス戦役の英雄だと見られているのはくすぐったかったが、不思議と嫌な気はしなくなっていた。
視線を再びモビルスーツに移す。ちくりと頭が痛んだ。
そしてある単語が浮かぶ。
「vier……」
「フィーア?」
小さく言ったのをルストールが聞き返す。
「数字の4という意味だ」
「そうか、ビーム砲が4つあるからだな」
納得した表情で、ルストールは頷いてみせた。
「よし、今からお前は『フィーア・ドーガ』だ!」
満足気にそう言って機体を撫でに行く少年を見て、カミーユは一人目を伏せる。
頭痛がした、と感じたのはあの機体──今は『フィーア・ドーガ』と名付けられたそれを見た瞬間だった。現に今も、視線をよこすとかすかに頭の中が軋むのが分かる。
だから目を閉じたまま、考える。あれはおそらくサイコミュだ。
あの機体に搭載されているのだろう。
そして浮かんだ二人の人物。いずれも、『4』という数字をその名に持つ人物だった。
(フォウ……クワトロ大尉)
自分はまだ引かれているのか。
せめてここにいる人たちが逃げおおせられればそれでいいと、それだけのことでこんな酔狂をやっているのだと、自分では思っていたが。
だが今は余計なことを考えている余裕はない。
連邦の部隊を撒き、この艦隊をゼブラ・ゾーンへ隠させて、今度こそ戦闘を終わらせなければならない。
カミーユのその決意が呼んだのか、ちょうどそのタイミングで格納庫に通信が入る。
彼の帰還だ。
追撃部隊よりも早かったのは幸いだった。
いまだ機体のそばにいたルストールを連れ戻し、エアロックが閉まるのを待つ。
小型艇から出てくる人たちの中に、カミーユはシャアではない、別の懐かしい人物の感覚を見つけた。
「ジュドー……アーシタ」
その人物がこちらに向かって歩いてくる。前に見た時より厳しい目つきをしていると感じた。
さすがに怒っているんだろうな、と思いながら、カミーユは彼らを迎えるために歩み寄っていった。