Novel

天使は瞳を閉じて 1

「父さんは、昔、天使だったんだ」

 いつもと変わらぬ二人の食卓にて。いきなりそんな風にポツリと告げられ、それまでカウンターにて食後のコーヒーの用意をしていたロイドは思わず左手に持ったコーヒーカップをうっかりと落としそうになった。
「……な、何言ってんだ?」
「本当だぞ。私はかつて、天使だったのだ。今は人間だがな」
 そんなことを言いながらも、既に父──クラトスは狼狽する息子をよそに、あらかた食べ終えた夕飯のを脇に片付け、食後のコーヒーを飲む万全の体勢に入っていた。
 ロイドは頭痛がしたような気がした。
「それで、その天使が何で人間になったんだよ?」
「もちろん、人間の女性に恋をしたからだ」
「それって……」
「お前の母親だ」
「…………」
 母の名が出ると、それきりロイドは押し黙り、静かに席に戻った。

 ロイドの母、つまりクラトスの妻は、ロイドがまだ幼い頃に他界してしまっている。
 男手一つで育てられてきた少年はそれでもなんともまっすぐに育ってくれたが、やはり母親不在ということに何か思うところが無いわけではない。
 それ故なのか、普段は母親の話題はあまり出ることがなかった。

 ましてや、自分の両親の恋の話など。年頃の息子が聞いて楽しい話ではない。むしろ生々しさと気恥ずかしささえあるだろう。

 しばらくの後、ロイドはこう考えた。
 これは、口下手な父が口下手なりに息子とコミュニケーションをとろうとして言った冗談なのだろう、と。

「じゃあ、俺は天使の子ってわけだな!」
 努めて明るく言う。カップをクラトスに渡すと、笑顔のまま、自分はグラスに注いだジュースに口をつける。
「ロイド……今の話を信じるのか?」
 自分から言い出したくせに、クラトスは驚愕の表情だ。もしかしたら、バカバカしい、とあっさり切り捨てられるだけだろうと思い込んでいたのだろうか。
 内心苦笑して、やはり表情は変えない。いつもの明るいロイドのままだ。
「んー、証拠もないし、ちょっと信じられない話だけど……クラトスは嘘はつかないだろ?」
 コーヒー冷めるぞ、とややぶっきらぼうに告げると、それきりロイドは話を切り上げた。

 そう、完全に信じたわけではなかった。
 父の珍しい冗談だと思っていたのだ。母のいない自分への、ちょっとした夢のあるお話だと。  その時までは。


 ロイドの目の前に、金の髪と光の翼を持つ少女が降りてきた、その時までは。

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あとがき。

最初の台詞が書きたかったところから始まった物語です。
父さんの一人称が『父さん』なところが、いかにもパラレル(笑)
ちなみに本編と違ってずっと一緒に暮らしてますが、幼少時は仕事が忙しくてよくダイクさんとこに預けられてました。