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天使は瞳を閉じて 5

 帰り道。途中でコンビニに寄ったロイドは、自動ドアから出てくると一直線に駐車場の一番隅っこに駆け寄った。
 手には、棒の二本ついたアイスの袋を持っている。駆けつけたその先に待っていた金色の髪を見ると、ロイドは大げさに手を振って彼女を呼んだ。
「コレット!」
「おかえり、ロイド」
 やはりにこにことした表情のまま、コレットが振り向いた。ロイドはそれには答えず、興奮気味な表情で手に持った棒アイスを二つに割って、片方をコレットに渡す。

 ロイドの夢だったのだ。
 棒アイスを自分の奢りで女の子と分け合って食べるのは。
「……?」
 差し出されたそれをどう扱っていいのかと首を傾げるコレットの手に強引にアイスを持たせると、自分はもう片方にかじり付く。しゃりっとしたソーダの味が瞬く間に口の中を冷やしていった。
「冷てぇ〜〜っ! ほら、コレットも食えよ、美味いぜ、これ!」
「……? う、うん?」
 コレットの方はというと、渡された棒アイスとロイドとを交互に見ていたが、ロイドにそう言われると、見よう見まねでアイスを口に運んでいった。

 口の中に入った部分が、一瞬光に包まれた後、消え去った。

「……え?」
「ごめんね、ロイド。『うまい』って、どういうものなのかな?」
「コレット……もしかして」
 音もなく口から出された棒アイスの先端は、まるでそこだけ最初から無かったかのように『消滅』していた。
「味が分からない、のか……?」
「ええっとね、……天使は、食べ物を食べないんだよ」
 天使は人間のように食物摂取の必要性も環境適応の必要も無く、視覚と聴覚以外の感覚は無いのだと説明して、もう一度眉尻を下げてごめんね、と言うコレットの表情は、ロイドから見ても明らかにしゅんとしている。その顔だけ見ると、とても『人間ではない』とは思えないくらいに。
 最後にもう一度だけ謝罪の言葉を口にすると、融けかかった棒アイスをロイドに返す。思わず受け取ったロイドのてに僅かに触れたコレットの指が妙に冷たいと感じた。
 手の冷たい人、というのとも違う、血の通ったと感じられない、人形のような手。
「コレット……」
 呟いて、気付けばロイドは、離れかけたコレットの手をぎゅっと握り締めていた。
 反射的にやったことのため、かなりの力だったはずだが、コレットは痛みに顔をしかめることすらせず、やはり申し訳なさそうにロイドを見つめるだけだった。
「俺の方こそ……ごめん」
「ううん、先に言ってなかった私も悪いから……さっきのが、『食べ物』だったんだね」
 首を振ってみせるコレット。そして、時間だ、とでも言うように、ロイドの手からするりと抜け出し、空中にふわりと浮かんで上っていく。

「もう行かなきゃ。それじゃあ、またね、ロイド」
「あ……」
 光の軌跡を描いて飛び去っていく天使。
 この一瞬ロイドは、不思議と安らかな気持ちに包まれた気がした。

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あとがき。

初デートが微妙な結果の巻。天使はものを食いません。本編でいう天使疾患と同じ状態ですね。
しかもこの話だと最初から天使なので、そもそも食事とい概念がなかったり。
この『違い』とか『ずれ』が、異種族間恋愛(?)の醍醐味。