Novel
オレの愛情をくらえ!
「今日のメニューは、オレの愛情です」
野営の準備も整い、そろそろ夕食が出来上がるころ、といった時。
その日の食事当番であったユーリは、全員の前でそう告げた。
一瞬の沈黙の後。
「ってことは……コロッケだ! やったー!!」
両手を上げて、ユーリのコロッケ大好き! と全身で喜びを表現するカロルの姿に、他の者達も相好を崩す。
しかし不思議なことに、その夕食のメニューであるはずのコロッケの姿は、どこを探してもない。
「……で、その愛情コロッケはどこにあんのよ」
「いや、だから今日のメニューはオレの愛情、オンリーだ。コロッケはねえよ」
今度の沈黙はやけに重苦しかった。
「……はぁ!?」
「えぇーっ!?」
「空腹で聞くジョークは耐久素潜りよりも苦しいのじゃ……」
「そういえば、ここ最近、食料の買出しをしてなかったわね」
ようやく沈黙が開けたかと思えば、出てくるのは驚きと文句とまるで他人事のような言葉ばかり。それらを全てスルーして、ユーリは道具袋からほいっと卵を一つ取り出した。
「卵ならいっこあるけど……茹でるか?」
「そ、それだけじゃ八人と一匹分には、足りませんね……」
「お……おっさん、もう駄目……」
「ワフン」
ユーリの愛情たっぷりコロッケからの落差は激しかったらしい。ある者はその場に倒れ、ある者は何とかしてフォローしようと試みるものの笑顔がひくついて、そしてある者はやはり他人事のように微笑んでいる(ただし目は笑っていない)。
(やっぱ駄目か)
ユーリは内心溜息をついた。バウルでひとっ飛びすれば、買出しなんてすぐ済むはずだった。この状況は明らかに、それをサボっていた自分の責だ。
しかし、今いるここは深い深い森の中。バウルを呼んでもらうためには、いったんここから出なければならない。さらに、今から買出しのためだけにかの始祖の隷長を使うのも、なんだか気が引ける。何より彼の一番の友人である美女の目は、口元とは正反対ににこりともしていない。
さてどうしたものかと思考をめぐらせたが、凛々の明星は料理当番の責を問うことよりも、今そこにある空腹感を満たすことを優先させた。
「……ボク、食べられるもの探してくる」
しょんぼりした表情で最初に立ち上がったのは、首領であるカロル少年。
「あたしも……」
「あ、待ってくださいリタ、私も行きます」
「そうね、このままじっとしているのも何だし」
「うちは魚を釣ってくるのじゃ!」
「おっさん疲れた〜、先に休ませてもらうわ……」
ある者は食料調達に、あるものは休息に、と、次々と仲間達はその場を去って行く。起こしたばかりの火がパチパチと爆ぜる音だけが響くようになったころ。
「……ふぅ。さてラピード、オレらも食いもん探しに行くか」
「ワンッ」
そうして一人と一匹が立ち上がった、その時だった。
「ユーリ!」
「おわっ」
背中に重みを感じてユーリはたたらを踏んだ。それまでずっと黙っていた最後の一人が立ち上がり、ユーリを後ろから抱きしめたのだ。
「な、何だよフレン?」
「ありがとうユーリ。凄く美味しそうだね、君の愛情」
「は?」
一体何の冗談だと振り返ってみると、フレンは蕩けるような甘い笑顔のまま。そしてその目は真剣そのものだ。
どうやら、ユーリの言った『今日のメニューは愛情のみ』を真に受けているらしい。
「いや、さっきのは……」
慌てて弁解しようとしたが、そうする前に抱きしめる腕の力が強くなり、首筋に熱い吐息がかかる。
どうする。こんなに喜んでいるのに今更『あれは苦し紛れの冗談だ』なんて言えるか?
答えはどう考えてもノーだ。自分の冗談で期待させておいて、それを裏切るような真似が、ユーリに出来るはずがない。
「ここじゃ何だから、テントの中でいただくよ。さあ行こう」
「ちょ、おい……っ」
焦るユーリを抱きしめたまま、フレンはずるずると引きずるようにしてテントの中に入っていく。
彼は真面目で、お固くて、そして冗談の通じない男だった。そのことはユーリが誰よりもよく知っていたのだが、まさかここまでとは思わなかった。
「クゥ〜ン……」
二人を見送るラピードの鳴き声を聞きながら、ユーリはもうフレンの前で下手な冗談は言わないようにしようと固く誓うのであった。
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あとがき。
※ユーリ(の愛情)は、この後フレンが美味しくいただきました。
彼はちょっとばかり冗談が通じなくてKYなだけで、決して万年発情するような男じゃない! んですよ?
下手こいたーとか思いながらも結局拒まないユーリはまあ、メロメロだからしょうがない。つーかお前らも食料調達しに行けよと(笑)