Novel

ひとりじゃない

 暗く濁った夜空の向こうに浮かぶ古びた塔。
 牽引され空を滑るフィエルティア号の縁に立ち、ユーリは鋭い目付きでそれを見据えていた。
 夜明けを待たずして塔──タルカロンに到着するだろう。ユーリが寝付けないのはその緊張のせいでもあったが、それよりももっと気になることがあった。

 その原因が、船室の扉を空けユーリに近づいてくる。

「ユーリ、交代するよ」
 生来の柔らかい声色を気持ち低く固めたそれは、ユーリもよく知る人のものだった。思えば彼が騎士になったあたりから、意識してドスを効かせているように感じられる。
「……ユーリ?」
 そちらを振り向かないユーリに、聞こえていなかったのかともう一度声が問う。だが風の音に混じっていても、ユーリにはそれがよく聞き取れていた。
 やはり振り向かないまま、答える。
「一つ、聞きたいことがある」
「何だい?」
 声はいつの間にかユーリの横から聞こえるようになっていた。甲板の隣にまで歩いてきていたのだ。視線を少し巡らすと、夜の闇でも僅かな光に反射して美しく映える金の髪が目に入った。

「お前最初、オレ達とは別行動で、騎士団率いて魔導器ネットワーク構築の指揮を取るつもりだったんだろ? なのになんでオレ達についてくる気になったんだ?」
「……!」
「言っとくが、オレと一緒にいたいからってだけの理由なら、ぶん殴ってでも帰らせるぞ」
「そうじゃない!」
 携えた剣のごとく鋭いユーリの瞳。だがフレンはそれに物怖じしない真っ直ぐな視線を返して、はっきりと否定の意を示した。
「ずっと考えていた。君達と何度か同行していくうちに、僕には僕の役目があり、それがたとえ君とは違う道でも、進まなければならないって強く感じるようになっていった」
「それじゃあ、なんで」
「確かに、僕が来なくても君達はやり遂げてくれるだろうし、君との絆に傍にあるかどうかは関係ないと思っているよ」
 でも、と言葉を切り、フレンは緩く微笑んだ。彼が決戦を前にこんな顔を見せるのは、珍しいことだった。
「常に君と違う道を歩まなければならないわけじゃない。一緒に行ける時なら一緒に行けばいい」
「…………」
 ユーリは言葉を失った。
 今ので思い知らされたのだ。騎士団とギルド、それぞれの道で互いにできることを、ということに拘り過ぎていたということに。
 頭が固い、融通が利かない、などと散々揶揄してきたフレンが自分なりに出した結論に、自分は今何を返せるだろう。
(また差をつけられちまったかな)
 不思議と悔しさは無かった。その前にフレンに対する申し訳なさが立ったからだ。今までの真面目さ、勤勉さにプラスして柔軟な対応まで身につけてしまった彼に、自分は対等に立てているのか。

「その通り、なのじゃ」
 突如、ある意味場違いともいえる明るい声が響いた。
 夜の闇に溶け込みそうな黒いコートと大きな海賊帽に、風になびくやわらかな金のお下げ髪が浮かび上がっている。
「パティ!?」
「起きてたのかい?」
「ユーリが起きてそうだと思っての、そしたら目が覚めたのじゃ」
 くるり、船縁の上で一回転してパティは甲板に降り立った。二人を向いてにこりと微笑むと、諭すように続ける。
「人にはそれぞれ役割がある、できることもやるべきことも違う。ユーリとフレンは、お互いを支えあうという重大な役割があるじゃろ?」
 幼い外見の割りに妙に含蓄のあるパティの言葉は、不思議と二人の心の中にすんなりと入り込んでくる。
「でも、お互いにできないことを補い合って支えることは、どこでもできるのじゃ。遠くで支えるのも、近くで支えるのもその本質は変わらんのじゃ。それじゃったら、うちは近くにいるほうがいいのじゃ。自分に今できることの中で一番重要なことを選んだ結果なのじゃ」
 そうじゃろ、とパティはフレンの顔を見上げた。思わず頷いたフレンと彼女とを見比べて、ふとユーリは気がつく。
 なんだかコイツ、やけに訳知り顔じゃないか?
 フレンの決意をまるで見てきたことのようにすらすらと並べ立てている。いくら記憶を取り戻したパティが人生経験豊富だといっても、さすがにここまで詳しいと、あらぬ疑いがユーリの中に湧いてくる。
「……パティ、もしかして聞いてたのか? オルニオンで……」
「はて、何のことじゃ?」
「いや……分からねえならいいんだ」
「ははぁん……さてはうちとフレンに妬いておったの? 心配せずとも、うちはユーリ一筋じゃ」
 パティが一転してユーリの方に向かってくる。抱きつかれそうになるのを半歩よけると、勢いのついた小さな体が甲板にびたんと叩きつけられる。
「あう」
「ユーリ」
「……悪かったって」
 たしなめるように言ってユーリをひと睨みした後、フレンがパティを助け起こす。パンパンと埃をはたき落とし、次の瞬間には何事も無かったかのように少女はまたくるりと舞ってみせた。
「ユーリは照れ屋なのじゃ」
 海賊帽を両手で押さえ、位置を確かめると、出てきた時と同じように縁に立つ。
 その開いたスペースの分をまた詰めるように、フレンが一歩近づく。二人は再び向き合う形になった。
「騎士団のことなら、僕が居なくても大丈夫だよ。僕が同行することを後押しまでしてくれたんだ。僕は今、騎士団の……帝国の代表としてここにいる」
「別にあいつらの心配はしてねえよ」
「分かってるよ」
「信頼……してるんだな」
「彼らは僕の仲間だからね」
 ついと視線を空に向けていても、フレンが力強く頷くのが見えた。いや、目が離せなかったと言うべきか。
 騎士団はちゃんと、自分とは違う形でフレンを支えてくれている。今回のフレンの同行を彼の副官が勧めてきたのは、つまりはそういうことだろう。
「うむうむ。時には別々の船に乗って網の両端を引き、時には一緒に同じ船に乗って釣竿を支える……仲間とはそういうものじゃからの」
 腕を組んでうんうんと頷くパティ。それから再び甲板にひょいと降り立つと、2,3歩船室の方へと足を進め、振り向く。
「さて、うちは到着までもう少しだけ休むのじゃ。おやすみなのじゃ」
 閃光のように現れた少女は、嵐のように過ぎ去っていった。残された二人は顔を見合わせ、少し笑った。


 やがてバウルはタルカロンの最外郭へと到達する。碇がかけられ、仲間達が次々とタラップを駆け下りて行く。
「色々言っちまったけど……お前がついてきてくれんのは、心強いんだぜ、ホントに」
 その中になびく白いマントを見つめながら、最後に残った甲板の上で、ユーリは呟いた。

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あとがき。

箱ではついてこなかったフレンが何故PS3版でついてきたのか……そこにはきっと深遠な理由がある! ……はず……っ。
というわけで、そこらへんを独自補完。ただ「好きだから」って陳腐な理由にはしたくなかったのですが、それもちょびっとは入ってるのかな(笑)
たぶん、PS3版で何度か行動を共にしているうちに、フレンの中では「共にあるには場所とか距離は重要ではない」って思うようになったんじゃないかと思います。
一緒に協力できる時なのにわざわざ離れるのはナンセンスですし、それに必要な時はちゃんと騎士団に戻ってるしね。