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「本当に本当に可愛いんだ!」
ソディアとウィチルが騎士団長執務室に入ると、妙に表情の緩んだフレンが二人を出迎えた。
「団長、機嫌がいいですね?」
「そう見えるかい?」
「ええ……物凄く」
「何かいいことでもあったんですか?」
ウィチルが書類を渡しながらたずねた。それは世間話の一つとしての気軽な言葉のはずだった。
それがいけなかった。
「実は……」
それから数分間、二人はありえないほどにやけた顔のフレンの話を聞かされる羽目になった。
それはフレンが騎士団を離れ、ギルド“凛々の明星”と行動を共にしていた時のことだ(星喰みを浄化した後も彼の二重生活はたまに続いている)。
ユーリはメンバーの女性陣に囲まれて、いつもは飄々とした表情を思い切り歪めていた。
「ユーリ、少しでいいんです、つけてください!」
「絶対イ・ヤ・だ!」
「いいじゃないの、減るものじゃなし」
「減るから嫌だ」
「あたしだって恥ずかしいんだからね……あんただけつけないの、不公平でしょ!」
「ならお前が外せばいいだろ」
「ユーリもうちとおそろいにするのじゃ!」
「何と言われようとオレは絶対つけないからな」
ふん、と鼻を鳴らして、ユーリは腕を組んだままそっぽを向いた。完璧にへそを曲げたポーズである。
そのはたから見れば異様な雰囲気の集まりに、特に気にすることなくフレンは歩み寄っていった。
「どうかなさいましたか?」
一番近くに居たエステルに声をかける。彼女はすぐに振り向いて、何かを訴えかける目でこちらを見上げた。
「フレン、聞いてください! ユーリがうさみみをつけてくれないんです!」
「え?」
視線をエステルからユーリに向ける。彼はばつが悪そうに身をすくめて、ちょうどジュディスの陰に隠れるようにフレンの視線から逃れようとする。とはいえ、ユーリの方が背が高いために、完全には隠れ切れていないが。
再び視線をエステルに戻す。彼女が大事そうに握り締めているのは、ユーリのためにと貰った黒いうさみみであった。
そう、うさみみである。
先程の女性に囲まれたユーリを、一般的に見てもあまり羨ましい状況だと思えなかったのは、このためでもあった。凛々の明星に関係のある女性は、皆いずれ劣らぬ美女、美少女揃いだというのに。
それらを、彼女らの頭に燦然と輝く究極のアタッチメント『うさみみ』が、ある意味台無しにしていた。
おそらく彼女達なりのレクリエーションの一環なのだろう。確か自分のぶんもあったような気がする。今は持ってきてないけど。
それを頑なに拒み続けるユーリに、なぜだかおかしさがこみ上げてきた。いぬみみとかは割と普通につけてたのに、何故うさみみだけこうも拒絶するのか。
だけど、まあ、言うほどのことでもないか。フレンは苦笑をもらす。
「残念だな、似合うと思うのに」
「はぁ?」
かわりに出て来たのは落胆の声だ。
彼女達の言うことにも一理ある。このガラの悪い兄貴的な青年が、うさみみなんて可愛らしいものをつけるところを見てみたい、そう思ったって仕方がないことではないか。現にユーリ専用のものまで用意してあるというのに。
「見てみたかったな、ユーリのうさみみ」
「…………」
至極残念そうにフレンが言った、その時であった。
ユーリは無言で組んでいた腕を下ろした。
つかつかとフレンとエステルに歩み寄り、何も言わずにエステルから黒いうさみみを奪い取ると、すかさずそれを装着する。
「あ……」
エステルが感嘆の声を漏らす、その一瞬しか与えられなかった。次の瞬間ユーリは、うさみみをつけたまま腰に手を当てふらふらと元の位置に歩いていったのだ。
「〜♪〜〜♪」
しかも鼻歌混じりに。
そして時は戻って騎士団の執務室。
「……って、その時のユーリが、本当に本当に可愛いんだ!」
その時のことを思い出しながら、フレンは頬を染めて二人の部下に熱弁を振るっていた。
「あの後僕はすぐ騎士団に戻ったんだけど、ユーリは外さなかったらしくてね、しかもしばらくずっとうさみみのままだってエステリーゼ様が仰って……ああ、次に合流する時までユーリがうさみみに飽きていないといいんだけど……!」
「…………」
「よ、よっぽど可愛かったんですね、その、うさみみ」
あのユーリ・ローウェルが可愛く見える人間なんて、おそらく騎士団……いや、帝国内でもフレン一人だということを伏せたままいかに話題をそらすか。これがウィチルの精一杯。
だが、フレンの方が何枚も上手だった。
「それは違うよ」
「えっ」
「あ、いや、確かにうさみみ姿そのものもすごく可愛かったけど、でもそれよりも、僕が「うさみみ姿が見たい」って言ったらすぐにうさみみ姿になってくれる、ユーリのそんな健気さとかいじらしさとか、そういう姿勢が何よりも可愛いんだよ」
「は、はあ……」
「……いじらしいんですか、それ……?」
一瞬、真顔で『どこが可愛いのか』解説しかけたのをギリギリ我慢し、照れ隠しに頭をかくフレンの姿に、思わず疑問を呈せずにいられなかった。
「どうしてだい? あのユーリがだよ! 信念を曲げて人と合わせようとするなんて、滅多にないことだからね。しかもそれが僕からのお願いだったなんて、愛されてるなぁって実感が……」
「そ、そんなことより!」
果たしてその疑問はもちろんフレンに届き、彼はいつ終わることない全力の惚気話をさらに続けようとした。
ウィチルはそれに気付き、慌てて強引に話題を変える。
「団長、お渡しした書類を……」
「ああ、すまない。ざっと目を通しておいたけど、特に問題はなかったよ。このまま進めてくれ」
「は、はい」
「おっと、そろそろ午後の見回りに行く時間だな……ソディア、後を頼むよ」
「り、了解しましたっ!」
先程惚気ていた姿とはとても同一人物とは思えないくらいの凛とした表情でフレンは部屋を出た。残ったのは、敬礼のポーズのまま固まったソディアと、書類の束を手にしたまま呆然とするウィチル。
「…………可愛い……可愛い、のか……?」
「さすが団長……」
なんとも言えない複雑な表情で、二人は呟いた。
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あとがき。
フレユリでお題に挑戦です。ちょっとのろけさせてみた。でも仕事は完璧、それがフレン。
ユーリは「うさみみつけて」って言ったらつけてくれます。 ※ただしフレンに限る
うさみみつけたままやらせてって言ったらやらせてくれます。 ※ただしフレンに限る