Novel
「……今、悩んでることがあるんだ」
「え、何?」
いつになく真剣な表情でユーリが言うのを、思わず聞き返してしまう。それがカロルの失敗だった。
ユーリは深刻そうな、それでいてどこか嬉しそうでもある、そんな顔をしている。いつも飄々とした彼の姿を知っているためか、よっぽどのことがあったのかとカロルは少し心配になった。
「実は今日この後、フレンがうちに来るって言うんだけど」
「うん」
ユーリは真剣な表情のまま続けた。
「……そこでヤツが手料理を振舞ってくれることになった」
「そ、それは……」
カロルの顔が別の意味で蒼白に変わる。フレンの手料理の味を思い出し、うえっとなりながら視線をそらした。
「それは、僕にもどうしようもないよ……」
「ああ、分かってる。ちょっと愚痴を聞いてもらいたかっただけだ……」
二人の間に流れるどんよりとした空気。それをなんとか払拭しようと、カロルは無理矢理笑顔を作った。
「そ、そういえばさ、なんでフレンは『ああ』なのさ? ただの味音痴じゃ説明つかないような気もするんだけど……」
カロルの言うことにも一理あるような気はした。
フレンは自分が気を利かせたアレンジ料理に絶対の自信を持ち、よくユーリ達に自慢の腕を振るおうとする。それはまさに対人兵器と言ってもいい出来栄えで、もてなされる側にしてみればたまったものではない。
しかし、驚異的味音痴であるはずの彼は、何故だか普通の味覚を持つ人間が作った普通に美味しい料理すらも、美味しい美味しいと言ってぺろりといってしまうのだ。彼自身が余計な手間を加えずにレシピ通りに作った料理(こっちはプロ級の味である)には納得いかないような顔をするくせに、である。
一体いつからそうなってしまったのか。ユーリはゆるりと頭を振り、過去にその意識を傾けた。
それは彼らの少年時代のこと。
「すげー! すっげー美味い!」
「ホント?」
「ああ! フレン、お前天才だよ!」
「そ、そうかな……ありがとう、ユーリ」
目の前に出された黄金色のプリンを一口すくって、ユーリは感嘆の声を上げた。尊敬の眼差しで横に立つフレンを見上げると、彼は照れくさそうに頭をかいた。
彼らが世話になっている宿屋の女将に教わったレシピで作ったプリン。先に挑戦したのは甘いもの好きなユーリだった。彼は努力して何回も作って、ようやくそれなりの味に仕上がるようになったのがつい先日のこと。
何でも半分こ、が信条の二人。次はフレンがレシピを預かることとなった。そしてなんとか材料が手に入り、初めてフレンが作ったプリン──今ユーリの目の前にあるのがそれだ。
たった一回で、ユーリが何度も失敗してやっと覚えたプリンを、こんなに完璧に作り上げてみせたのだ。その味は帝都市街地で売られているお店のものと比べても全く遜色ない。
やっぱりフレンには敵わない。ユーリは目を輝かせてフレンにそれを伝えようとする。
「なあ、また作ってくれよ! オレも今度、お前にハンバーグ作ってやるからさ」
フレンの大好物と引き換えに、ユーリはまたこれを味わいたいと心の底から願った。貧乏暮らしでこんな贅沢なものはそうそう食べられるものではない。二人ともそんなことは分かりきっていた。それでも、フレンは笑顔で頷く。
「うん、もちろんだよユーリ。その時は、今よりもっと美味しいのを作ってみせるからね!」
「やった! 楽しみにしてるぜ!」
ぐっ、とガッツポーズをして、再びユーリはプリンに向き合う。一口ずつ、噛み締めるように味わって、半分ほどスプーンを進めたところでその動きが止まる。
「ユーリ?」
そして不思議そうなフレンに皿を差し出した。
「半分こ、しようぜ」
「……うん!」
スプーンを受け取ったフレンの顔がほころんで──
「……そのすぐ後だった。フレンが『自己流アレンジ』という名の必殺技を会得したのは」
「それってさ……つまりユーリのせいってことじゃない?」
「…………そうとも言う」
いつのまにか話がただの思い出に変わってしまっていた。ユーリは腕を組んでもっともらしく頷いてみせる。
「おっと、そろそろ時間だ。じゃあな、帰って支度しねえと」
「あ、ちょっと……」
カロルの長い溜息が終わる前に、ユーリが身を翻す。駆け出していく先は彼の下宿先である宿屋の方角。
ちなみにその時の顔は、最初に浮かんでいたような真剣な悩みの表情など微塵もなく、ただ単に恋人を待ちわびる一人の男と化していた。
「結局、ただ惚気たかっただけだよね、ユーリは」
うんざりと呟くカロルの声は、帝都に響くには小さすぎた。
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あとがき。
このお話のフレンは、たぶんユーリにプリンを褒められるまでアレンジレシピに手を出していなかったんでしょう、多分。
ユーリの方も、最初に作ってもらったプリンの味が忘れられずにメシマズを指摘できなくなった、とか。
もうフレンの飯の面倒はユーリが見ればいいと思うんだよね!