Novel

「はーあ、きっと今夜は、世界一幸せな男になってるよ!」

 至極幸せな表情で、フレンは執務室を後にした。
 騎士団の再編成やその他諸々と忙しい中、ようやくもぎ取った休暇だった。この時間はユーリのためだけに使うと決めていた。
 今まで帝国と世界のために使ってきた時間だ。おそらくフレンが働いている間、ユーリもギルドと仲間のため、そして世界のために時間を使っていたはずなのだ。
 だからこそ、この休暇はユーリのために……ユーリと共に過ごすために使いたかった。
 鎧を脱ぎ、軽装で帝都の市街地を抜け、下町へと向かう。そして彼が下宿している宿屋までやってきた時、それは訪れた。
「おや、フレンじゃないか」
「女将さん、お久し振りです。……あの、ユーリは……?」
「ユーリなら、今朝早く街を出て行ったよ。何でもノードポリカに行くとか」
「…………え?」

 久し振りにユーリに会える。そんな期待と喜びに満ちたフレンの笑顔がそのまま凍りついた。

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 時は少しさかのぼる。
 その日の朝、ユーリはいつもより少しだけ早く目が覚めた。いい加減、ベッドの中に他人の体温が無いことに寂しいと感じる心すら失いかけていた。
 何のことはない、欲求不満である。とにかくフレン不足なのだ。
「はぁ……」
「退屈そうね」
 一階の酒場に下りて来て、テーブルに頬をついていたユーリの視界に影が差す。嫣然と佇むクリティア美女が、酒瓶の代わりに新鮮なフルーツジュースの入ったグラスをふたつ、テーブルの上にことりと置くのが見えた。
「ジュディ」
「どうぞ」
 ジュディスはグラスの一つをすっとユーリの方に差し出した。軽く礼を言ってジュースを一気にあおると、また溜息が吐き出てきた。
「なあジュディ、退屈でとにかく発散させたいって時、どうする?」
「そうね、そういう時はやっぱり思い切り暴れるのがいいと思うわ、私」
 ジュディスの視線が、ユーリの腰に下げた刀に注がれる。『暴れる』の意味を正しく理解したユーリもそれに頷く。
「だよなあ」
「これなんかどう?」
 グラスを置いたユーリの目の前に、はらりと一枚の張り紙らしきものが突き出された。ノードポリカの名物である闘技場のチラシのようだ。
 受け取って、そこに記された文面を読んでみる。
「幻のザ・200人斬り復活……?」
「前にやってた時は、星喰みのこととかで結局行く機会がなかったものね」
 面白そうでしょと暗に告げるジュディスの瞳。ユーリも全く同感だった。ただの魔物退治などよりよほど歯ごたえがありそうだ。
「……そうだな、どうせならこのくらい派手な方がいいな」
「じゃ、行きましょうか」
 二人は同時に立ち上がる。いつの間にかジュディスもフルーツジュースを飲み干していた。
 ここに欲求不満の男は戦鬼となり、戦闘マニアの女は外に出ると同時に相棒を呼び出す。
 突然の出張だったが、フレンを除く他の仲間達も特に反対することなく、ジュディスが見せた闘技場のイベントのチラシに興味津々だ。

 決定は下された。
 凛々の明星、次の行き先はノードポリカ。


 そして現在に至る。
 とりあえず人数分の宿だけを取ると、ユーリは他には目もくれず受付へと進む。
 久々に受ける観衆の熱い視線と、戦闘前の張り詰めた空気が肌に心地良い。
「さて、んじゃ行きますかね」
 愛用の刀を肩に担ぎ上げ、ユーリの眼光が鋭く闘技場を見据えた。
 まずは肩慣らしだ。最初に捉えた目標に向かって剣先を突き出すのと同時に、戦闘開始のゴングが鳴り響く!

「何だ、この程度か? こりゃ楽勝だな、っと!」
 何十回目か、ユーリは剣を振り下ろす。地面を叩いた剣先から生み出される衝撃波が、前方の敵をまとめて吹き飛ばした。
 既に何人倒したか、とっくに数えるのをやめていた。確か前回、100人斬りの時はそろそろ打ち止めだったような気もするが。
 だが今回はそうはいかない。それを示すかのように新たな影が現れた。
 白の甲冑に、青いマント。明るい金髪が風に揺れ、青みをおびた刀身がユーリに向けられる。
「来ると思ってたよ、ユーリ」
「フレン!? なんでこんなとこに……」
 次の相手はかつてのこの闘技場のチャンピオン。現帝国騎士団長。そしてユーリが誰よりも大切に思っている人間。
 触れれば切れる鋭い闘気を纏い、フレン・シーフォはそこにいた。

 以前100人斬りに挑戦した時も、対戦相手の中に今みたいにフレンの姿があった。反対に、フレンが挑戦した時ユーリは対戦相手の一人として出場していた。勝敗はどちらも一勝一敗だ。
「……まあ、いいか」
 つまりは、現状引き分け──どちらにせよ、敵として目の前に現れたのなら倒すのみだ。それならこの200人斬りで、また一つ勝ち星を上げるというのも一興というもの!
「行くぜ、フレン!」
「来い、ユーリ!」

 この瞬間、ユーリの頭の中はフレンとの勝負のことでいっぱいになった。

 金属が激しくぶつかり合い、擦れる音。飛び散る汗が体温を調整する間もなく、蒸発して消えていく。

 何度も打ち合ううちに、ユーリはふとあることに気付いた。フレンの動きが遅く感じるのだ。
 昔からユーリはかけっこでフレンに勝ったためしがない。大きくなった今でも、おそらく足の速さは同じくらいだろう。ただし、戦闘となると、軽装のユーリと違って重い鎧を装備しているフレンは、彼生来の慎重さもあいまって移動速度はユーリより遅い。
 だがそれを差し引いても、ユーリが疑問に思うくらいにフレンの動きが遅いのだ。
 否、遅いというよりは、鈍い。
「どうしたぁ! 腕落ちたんじゃねえのか!?」
「くっ! 何……っ!?」
 フレンが信じられないというような顔をしたのを、ユーリは間近で見た。彼が自分の挑発に乗ってきた一瞬の隙をついて、懐に飛び込んだのだ。
 逆袈裟に剣を一閃する。咄嗟に剣で防いだのか、ぎぃんという金属音が響く。
 その時フレンの動きが一瞬だけ止まった。彼の手から剣が滑り、弧を描いて離れた場所へと落下する。
「そこだぁっ!」
 返す刀で、ユーリは剣の柄をフレンの後頭部目掛けて振り下ろした。確かな手ごたえだけを腕に感じると、すぐさまその場を横っ飛びに退く。

 全てがスローモーションに映る中、フレンががくりと膝をつくのが見えた。君の勝ちだ。いまだ下がらないテンションのまま、視界の端に捉えた金髪がそう告げているような気がした。
 まだまだだ。ユーリの闘志はいまだ潰えていない。
「さあ、次はどいつだぁっ!」
 それは、新たなる戦いを告げる雄叫びだった。

「ダオスレ」
「蒼破! 蒼破! 蒼破! 蒼破! 蒼破! 蒼破追蓮絶風刃!」
「開け、虚空のとび」
「円閃円閃円閃円閃円閃g円閃襲r爪竜連牙っ!!」
「ぶるああああああああああ!!」
「アイテム使ったくらいでブチ切れてんじゃねえええっ!」
「聖なる鎖にあらが」
「飛ばしていきますか! 爪竜連牙爪竜連牙爪竜連牙斬腹ぁくくれよ! 天狼滅牙ぁっ!! 閃け鮮烈なる以下略!!」

 ユーリは戦った。
 戦って、戦って、戦い抜いた。
 そして最後の一人、200人目の、いい年して羽を生やした鳶色の髪の男を打ち倒すと同時に、実況が驚愕と共に震える声で告げる。
「こ、こ……コングラッチュレイショーン!!」
 高らかな宣言。ユーリはやり遂げたのだ。200人もの猛者共を斬って斬って斬りまくり、ついにこの高みへと上り詰めた。
 地上最強の黒獅子、ここに爆誕、である。
 割れんばかりの拍手と歓声にろくに答えることもできず、ユーリは疲れきった体を気力と根性だけで立たせ、控え室へと戻っていった。
「やったねユーリ!」
「おめでとうございます!」
「ふふ、私も今度参加してみようかしら」
「ワォーン!!」
 控え室には、今までユーリを応援していた仲間達が揃っていた。次々とかけられる祝福の言葉に、ようやく実感がわいてくる。
「ああ、ついにやったぜ……フレンの奴にも勝ったし……あれ? フレン? そういえば、何か忘れてるような気が……」
「忘れてるって、何をだい?」
 目の前にいた。フレンも200人の中の一人として対戦相手側の控え室にいたのだが、負けたので先に戻り、ユーリが戦いを続けている間にこちらに来ていたのだ。
「ああ、いや……お前に会えなかったから、当初の目的を……って、フレン、お前っ!?」
 なんでここに、との言葉まで続けられずに、ユーリは口をぱくぱくとさせる。
「おめでとう、ユーリ。また差をつけられてしまったかな」
 でも次は負けないと爽やかな笑顔で抜かすこの男に、自分は一体何を言えばいいのか?
 疑問と疲れで混濁するユーリの脳が、彼の体を休ませようとして急にその動きを止めたかのようだ。動けない。指一本動かせない。そんな気がした。

「そういえば、フレン。どうして僕達が闘技場にいるって分かったの?」
 黙り込んでしまったユーリの替わりに尋ねたのはカロルだった。そうだ、それだ。それが聞きたかった。ナイス首領。
「久し振りに休暇が取れたからユーリに会いに行こうと思ったんだけど、ノードポリカに行ったって聞いて……来てみたら、200人斬りが復活したって言うから、つい……」
 自分も参加せずにはいられずに飛び入りでやって来たのだとはにかみながら言うフレンに、それははにかんで言う台詞ではないと返したかったができなかった。
 つまりフレンも、自分と同じく会えない寂しさを200人斬りで発散させようとしたということか。
 今まで勝利の余韻と爽快感で抑えていた疲労はがっかり感となってどっと沸いて出てくる。
「せ、せっかくフレンがいたのに……何二人して戦闘で性欲発散させてんだよオレは!」
「わっ、ちょっとレイヴン、これじゃ聞こえないよ〜」
「お子様は聞かなくていーの!」
 ユーリが頭を抱えてかきむしる。嘆きの直前、レイヴンが素早くカロルの耳を塞いでいた。いつもながらグッドジョブである。
「ま、しょうがないんじゃない? 両方とも戦闘バカだし」
「り、リタ! ダメですホントのこと言っちゃ……!」
 普段は全然気にしないその褒め言葉が、今回ばかりはユーリの心に深々と突き刺さった。

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あとがき。

ラブラブでありながら、戦闘大好き同士でもあるために起こってしまった悲劇です。嘘ですすいません。
でも、この二人ならやらかしそうな気がしないでもない……イチャイチャしろよお前らー。
OVLすると同じ技ばっかり連発しますよね(笑)蒼破刃連発はよくやりました。