Novel

「お前らにも、本当に愛しい奴ができたら分かるさ」

 宴は終わった。
 本日の主役ユーリ・ローウェル。彼は見事、復活した幻のザ・200人斬りを達成し、人々の驚嘆と賞賛を浴び、仲間たちからの祝福を受けて、間違いなく喜んでいいはずの男だった。ギルド“凛々の明星”が誇る最強の男として、ノードポリカの闘技場に永らく君臨していいはずの存在だった。
 伝説が生まれたはずだった。

 だが。

「ああ……すっきりした……」
「お疲れ様です、ユーリ」
 仲間からの労いの言葉にすらろくに応えられないのは、疲労のせいではなかった。その証拠に、彼の口から出る『すっきりした』という言葉とは裏腹に、ユーリの表情は浮かない──というより、もはや廃人のようである。
 無理もない。今までフレンに会えずに溜まっていた欲望を全て、戦闘で汗と一緒に流れ出してしまったのだ。今のユーリは、まさに『真っ白に燃え尽きた』あるいは『賢者タイム』という表現が一番似合う状態なのだろう。
「すっきりした……すっきりしすぎて、もう何もやる気が起きねえ……」
「じゃあ、今日はゆっくり休むかい?」
「ああ、そうして……」
 だが言葉の途中で、ユーリははっと我に返った。もしかして、自分は今、とてももったいないことをしようとしているんじゃないか?
 そんな考えがふと頭をよぎる。

 確かに達成感と疲労感で今夜はぐっすりと眠れそうだ。むしろ今ふかふかのベッドに倒れ込めば、そのまま朝まで目を覚まさないかもしれない。それはとても健全で、心地良くて、そうつまりいいことのはずなのだ。
 何より現在のユーリの体力では、久し振りの逢瀬となるフレンの欲望を受けきる前に沈んでしまう。そうフレンの欲望を……それでいいはずがない!
「だ……駄目だ! やっぱり駄目だ!」
 勢い良くユーリは立ち上がった。『補充できる時に補充しておかなければ』というまるで狩猟動物のようなユーリの思考回路が、たった今昇華したはずの性欲をあっさりと復活させた。既にその場を後にしようとしているフレンのところまで重い体を引きずって行き、白銀の鎧姿にすがりつくようにして彼を引き止める。
 一方のフレンは、驚きと困惑と、大好きなユーリがそばにいる嬉しさとが混ざり合っている。
「えっ何が?」
「フレン! やっぱりまだ帰るな! 帰る前に抱いていけっ!!」
「ちょ、ユーリ! 大声で言わないでくれっ!」
 ユーリは必死だった。
 あまりにも必死すぎて、普段は抑えている年相応の欲望がうっかりとだだ漏れになってしまっていた。これもきっと、疲労のせいだ。だって今日の名誉は、ユーリにとっては骨折り損のくたびれ儲けでしかないのだから。

 フレンが慌ててユーリの口を押さえる。仲間たちの生温かい視線に見送られながら、フレンに引きずられるようにして二人は控え室を後にした。
 とりあえず今日分かったことは、人間切羽詰ると、恥も外聞も投げ捨ててしまうことがある、ということであった。


「……はぁ」
 あらかじめ部屋を取っておいてよかった。ベッドに腰掛けて溜息をつくユーリは、先程のテンションが嘘のように静まり返っていた。
 なにせ疲れたのだ。性欲と睡眠欲をはかりにかけて性欲を取ったのはいいが、そもそもの人間の基本的欲求の優先度は睡眠欲の方が上だ。
 かたわらでフレンが鎧を外す音だけが響く中、それでもユーリは自分が全く後悔していないことに少なからず驚いていた。
 そうだ、元々フレンに会えないのを紛らわすために闘技場で発散してきたのだから、この状況はユーリにとって喜ばしいことなのだ。
 勝手に疲れた自分が悪い。

 だけど頭ではそう思っていても、ユーリの体は確実に休息を欲していた。
「……ユーリ?」
 ふと視界に影が差す。自分を覗き込んでいる着替えたフレンの向こうに天井が見えて、ユーリはいつの間にか自分が寝転がっていたことに気付いた。
 ベッド脇に腰掛け、いとおしそうに長い髪を撫でるフレンの手つきはあくまで優しい。
「やっぱり疲れてるんだろう? 無理しない方が……」
 フレンの手が名残惜しそうに離れていこうとする。指の間に絡まった黒髪が、さらさらと流れて落ちきる直前、押し留めるようにユーリの手がフレンを掴んだ。
「ダメだ……ヤる、からな」
「…………っ」
「ん……」
 やんわりと握り締めたフレンの指を、ユーリは口に銜えた。指の腹を舌でなぞり、歯で爪を軽く叩き、たっぷりと唾液を絡ませて口を窄める。粘った水音が小さく鳴った。
 擬似的な口淫によりフレンの感覚は次第にそちら方面にシフトしていく。
 やがて、ちゅっと音を立てて指を離したユーリが見たものは、顔を真っ赤にして自らに覆い被さるフレンの姿だった。
「分かった。……しようか、ユーリ」
「え、ああ……ええと……」
「どうしたの?」
 ユーリは目を丸くして、自分の服にかかっているフレンの手を押さえるように掴む。驚きと戸惑いの同居した声で、何事かを呟いている。
「いや、あの、心の準備が……」
「自分から誘っておいて、今更何の準備しようっていうんだ!?」
「ふ、フレン?」
 フレンが腕に力を入れ、ユーリの手を振り解く。どさりとユーリの胸の上に倒れこむと、今度は背中に手を回す。
 これでもう逃げ場は無くなった。
「どうして君は、いざとなると途端に及び腰になるんだ」
「悪かったって……お前が遠慮すると思ったんだ」
「まさか」
 フレンが顔を上げる。目が合ったユーリの表情は素直に申し訳なさが表れていたので、もう彼の思わせぶりを追求することはしなかった。
「ずっとこうしたかったんだぞ、僕は。君を抱き締めて、キスして、夜が明けるまで離さない」
「……オレ、明日暇なんだよな」
「……?」
「だから、夜が明けても離すなよ」
 フレンの背にも、柔らかく、だがしっかりとユーリの腕が回された。


 翌日、みんなの前に姿を現したユーリは普段どおりだった。いや、普段よりもさらに強気が見て取れる表情をしていた。さすがに顔はやつれてはいたが、彼は別段気にする様子はない。
 これが脱童貞の余裕というやつだろうか。いや、正確には非処女の余裕なわけだが。
 一方、隣に立ち、足取りがおぼつかないユーリを支えるフレン。こちらはまさに文字通り脱童貞の余裕といった貫禄があった。もちろん、お肌はつやつやである。
 相手を気遣う様子といい、二人の間に流れる優しい雰囲気はパートナー同士としては理想的なものである。
 彼らを眺めながら、一行は納得はいくが腑に落ちないものを感じていた。
「よし、じゃあ帝都に戻るか」
 意気揚々と宣言するユーリにいつもの威勢の良さはない。やはり昨日の夜にナニかあったとしか思えない。
 そのことについては、皆薄々感付いてはいるのだが、一応人のプライベートに関わることのため、言及を避けているのだ。
 聞いたら聞いたで、めんどくさいことになりそうだし。

 そんなわけで、ギルドを代表して首領のカロルが、それとなく伺う。
「でもユーリ疲れてるんじゃないの?」
「まあ疲れてるけど……大丈夫だよ、責任は全部フレンが取ってくれるからな」
「バカっぽい……次の日どうなるかくらい前日に分かったでしょ?」
 腕組みをして吐き捨てるように呟いたリタに、他のメンバーが心の中で喝采を送る。
 別に迷惑だなんて思ってない。だけど、そうやってフレンにもたれかかってバカップル菌を漂わせる結果になる行為というのはできれば控えて欲しい、というのは、詳しい情事を知らないカロルを除いての共通の認識であった。

 そしてユーリの返答はというと。

 一瞬、フレンと顔を見合わせる。フレンが優しく微笑んだのを見届けると、正面に仁王立ちになっているリタに向き直り、悟りを開いたかのような笑顔──俗に言うドヤ顔──を見せる。
「お前らにも、本当に愛しい奴ができたら分かるさ」
「うざっ……」
「…………」
 リタの一刀両断。
 ユーリはドヤ顔のまま固まった。

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あとがき。

あ、ユーリは非処女だけど童貞ですんで(笑顔)なぜならユーリの体はフレン専用なので。あと、逆転もしないので。
なのでユーリのブツは一生使われることがないのであった……南無。
しかしうちのサイトでのご贔屓な受けキャラのはずなのに、ユーリの扱いがいまいち良くな……げふんげふん。