Main Story
Scene04 地に降りる
シーンタロット:カブキ(門出/完全なる偶然による現状の進展。善かれ悪しかれ)
時間は少し遡る。
ワルぶってはいるがお人よしの“探偵(フェイト)”が人探しの依頼を受け、融通の利かない真面目な“警官(イヌ)”が任務に赴き、ツレない態度が可愛い“電脳魔術師(ニューロ)”が動き出すよりも前のことだ。
エステリーゼは初めてのトーキョーN◎VAをひとり歩いていた。
一応、目的はあった。名目では軌道千早のN◎VA視察である。あまり自覚はないがエステリーゼも軌道千早──つまり特権階級中の特権階級の一員なのだ。
だがそれだけではない。彼女の本当の目的は他にあった。
(……あの人)
ふと立ち止まり、イワヤトビルを抜け出した時のことを思い出す。手引きをしてくれたのは、今回地上に出迎えてくれた地上千早の幹部の一人の腹心と呼ばれているクグツだった。長めの前髪で目を隠していたため顔はよく分からなかったが、エステリーゼの脳内データベースの中にはちゃんと彼のプロファイルもインプットされている。
(あの人は、わたしの本当の目的を知っている……?)
街のど真ん中で憂い顔を見せる彼女は、ピンク色の鮮やかな髪の毛も手伝って非常に目を引いていた。天──軌道からの使いである“天上人(ハイランダー)”──そういう意味ではエステリーゼは文字通り地上に降りた天使だ。
中央区のど真ん中、イワヤトビルを囲むのは、それと同じくらいの超高層ビル。『アーコロジー』と呼ばれる“巨大企業(メガコーポ)”の中枢を為すそれらが競い合うように立ち並んでいるのだ。
彼女が用があるのはその中の一つだ。世界一のシェアを誇る千早グループのアーコロジーはイワヤトのすぐ傍にあった。エステリーゼは拳を握り、ひとつ頷くとそちらの方に向かって歩き出す。
ピンク色の髪が揺れ、立ち並ぶビルのショーウィンドウに彼女の姿を一瞬だけ映して消えていった。
ガラスの中には、シーズンなどお構いなしだとばかりにユージュアルな商品が並んでいる。
その中の一つ、最新型ポケットロンの制御AIをマスコット化したキャラクター商品──いわゆるぬいぐるみなのだが──に目を奪われ、エステリーゼは思わず立ち止まった。
「わぁ……カワイイです……!」
頬を紅潮させ、ウィンドウに釘付けになる。
そのぬいぐるみが犬を模したものであることも、そういった商品が発売されていることも、エステリーゼの脳内に組み込まれた膨大なデータバンクに照らし合わせればすぐに分かるものだ。だが実物を見るのは初めてだった。実際に触ったことも、まだない。
強化ガラス一枚隔てた所に、憧れのモフモフがある。エステリーゼの足は自然とその商品が売られているであろうビルへと動きかけた。
ウィンドウショッピング初体験。その高揚感は、彼女がビルの入り口で我を取り戻すまで続いた。
(こ、こんなことしてる場合じゃなかった! 一刻も早く、アレクセイの目的を探らないと……!)
必死に頭をぶんぶんと振って、エステリーゼは頭の中から犬のぬいぐるみを追い出した。
自分には目的が、使命があるのだ。こんな所で油を売っている場合ではない。エステリーゼのウェットな聴覚でも十分聞こえる距離に、こちらへ向かってくる幾人もの足音をキャッチして彼女は再び走り出す。
「え……っと、こっちでよかったんでしょうか……?」
走りながら、現在位置と方角をあらかじめIANUSに記憶させておいた地図と照らし合わせながら、ひそやかな逃避行は続いた。
彼女は気付いていない事柄だったが、足音はエステリーゼを一方向に追い込むように包囲し、分かりやすく足音を立てながら追っていた。その方向とは、他ならぬ彼女の目的地である千早アーコロジーだ。
「あ、ありました!」
息を切らせて、エステリーゼはアーコロジー内部へと駆けて行く。巨大なガラス扉に設置されているID認証は、彼女を阻むことなく開き──追っ手を阻むように閉じられた。
「はぁ……なんとか、逃げられたみたいです……」
アーコロジー地階入ってすぐは、千早系列の大手ショップがひしめくショッピングフロアだった。入り口近くの壁にもたれかかり、エステリーゼは嘆息する。
彼女が地上に降りてきた目的は、この千早グループに関わることであった。データベース管理という重要な役目を負っている彼女は、軌道勤務のグループ重役であるアレクセイの不審な動きに気付き、その真意を確かめるため、視察兼見物というかたちで彼についてこのN◎VAにやって来たのだ。
千早グループは、N◎VA現地人がその多くを占める地上派と、日本から参入してきた美門一族の牛耳る軌道派との間に根深い対立構造がある。世間に疎いエステリーゼではあったが、そのくらいのことは知っていた。いや、そういうことだからこそ、といった方がいいだろうか。
地上での生活について何も知らない代わりに、彼女は千早内部のことを全て頭に収めているのである。
生活の場などから考えれば、エステリーゼ自身もまた軌道派に分類される。だが彼女は、グループ会長千早俊之の育てた“牙”の一本でもなければ、美門一族の縁者でもない。その能力を買われ、千早家の末端につくことを許された、軌道で千早のシステムとして囲われているだけの存在だ。
しくじれば、エステリーゼはハイランダーとしての立場も、命も、それどころか『エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインという少女が存在した』という事実さえも消されてしまうだろう。
だが、それでも。
(例えわたしの存在がこの世界からなくなってしまったとしても……)
エステリーゼは地上に憧れていた。自らを取り巻くこの世界を愛していた。世界も、誰かの命も、『たかが会社一つ』の抗争のせいで、損なわれていいものではない。
(放っておけるわけ、ありません!)
エステリーゼは世界を愛しているがゆえ、手の施しようも無い病に侵されているのだ。『自分を省みず、他人を助けたい』という病に。
それは欲望と悪徳の街トーキョーN◎VAでは、真っ先に押し潰されそうな病だった。
だけど、そういう奴が救われてもいい可能性も秘めているのが、歓喜の街トーキョーN◎VAでもある。
勢いだけで天上から降りてきたこのクソッタレな天使にも、そんな手を差し伸べる者が現れることになる。
出会いはもうすぐそこだ。運命の扉は、既に開かれているのだから──
Appendix
用語解説
ハイランダー…“災厄”に見舞われた地球を捨て、宇宙に住居を移した特権階級。地上に降りてくる理由はさまざま。キャストとして使う場合、大抵記憶喪失。
メガコーポ…超巨大企業。力を失った国家に代わる経済の支配者である。
美門一族…軌道に住む日本の名家。軌道地早グループを支配している。呪術とか凄いらしい。
千早俊之…千早グループの創始者で現会長。小さな水素スタンドから始まった彼のサクセスストーリーはN◎VAの伝説。
牙…千早俊之は、自分が目にかけた才能あるものに“牙”の文字の入った名を与え養子とする。彼らは千早グループを背負って立つ、文字通り会長の“牙”なのである。
運命の扉…トーキョーN◎VAは、プレイ前にRLの「かくて運命の扉は開かれた」という宣言で開始される。つまり“物語(アクト)”はもう始まっているのだ。