Main Story
Scene05 甘党探偵とご令嬢
シーンタロット:マネキン(愛/魅力的な異性との出会い。愛情が芽生える可能性アリ)
オレの仕事は何だ。
人探しから浮気調査まで、何でも引き受ける探偵だ。今日は目の前の少女の捜索と確保のために、普段は絶対に来ないホワイトエリアにまでやって来たのだ。おかげで今日は獲物を置いてきた。
「美味しいです〜! ユーリは食べないんです?」
「…………はぁ」
対面に座って、にこにことイチゴのショートケーキを頬張る少女を見て、ユーリは頭を抱えた。
ここは千早アーコロジー内のカフェレストランだ。トーキョーN◎VAの一般的なクグツ達もよく訪れる一階の、最外周に位置しているおかげで、窓の外の風景が一望できる。まあ、一階だから見晴らしはよくないが、天気のいい日にテラス席でティータイムと洒落込むには十分すぎるほど贅沢な場所だろう。
なにせただのカフェレストランではない。天然食材を使用した高級カフェレストランなのだから。
震える手でユーリはフォークを動かした。
小麦粉、卵、砂糖、生クリーム、イチゴ、全て天然モノである。
こんな高級スイーツには滅多にお目にかかれるものではない。卵の風味が残るふわふわのスポンジと口の中でとろける生クリームの感触に、うっかりと涙が出そうになる。
「ニューロ……!」
飲み込んで二秒、呆けたようなユーリの口からはただただ感嘆の声しか出てこなかった。
一体何故こんなことになったのか。全ては、この少女──エステリーゼを追っていた黒服の集団から襲撃を受けたことから始まる。
「エステリーゼ様、さあ、イワヤトビルにお戻りください」
「それはできません。わたし、確かめたいことがあるんです」
「地上千早のことなら、軌道上のデータベースからでも調べられるでしょう。既にトーキョーN◎VA司政官も待たせてあるのですよ」
レイヴンからの事前情報にあった場所は、ホワイトエリアの中でももっとも安全かつセキュリティの厳しい場所のひとつであった。
千早アーコロジー。千早系列の企業やテンポが軒を連ね、生まれてから死ぬまで外に出なくても生活できるとまで言われている超高層建造物。
当然、ユーリの獲物である日本刀など持ち込もうものなら二秒で捕まってしまう。ユーリ自身、軽犯罪でしょっ引かれたことは過去に何度もあったが、そう何度もフレンも所属する警察組織のお世話になる気は全くない。
だが、アーコロジー一階のフロアの片隅、怪しげな黒服の男達に囲まれている保護対象を発見した時に、ユーリは武器を置いてきたことを少しだけ後悔した。
しかしやるしかない。素手だろうが人を守りながらだろうが、受けた依頼は全うするのがユーリのスタイルだ。それに、向こうもこんな場所で武器を持ち出すことはないだろう。
軽い足取りで、押し問答を続ける少女と黒服共の集団に近づく。
「おいおい、大の男が寄ってたかって小娘一人に何やってんだよ?」
「何? ……うおっ!?」
「えっ……?」
最外郭にいた男のうちの一人の肩を掴んで引きずり出し、かわりに自分が輪の中に強引に押し入ると、真ん中できょとんとする少女の手を取り走り出す。
「おいあんた、逃げるぞ!」
「えっ、あの……!?」
「に、逃げたぞ!」
「追えー!!」
意外なことに少女の脚力はユーリの想像以上に高かった。引っ張る力だけで彼女を引きずってしまうことを危惧したがそんなことは全くなく、ユーリに遅れることなく何とかついて走っている。
角を何度も曲がり、人ごみに紛れて、どれくらい走っただろうか。
「何とか撒いたか……」
「あ、あの……」
二人はアーコロジーの一階をぐるりと一周して、再び入り口近くのカフェレストランの前に立っていた。
ユーリはいまだ警戒を解かず、握ったままのエステリーゼの手を引いて店の入り口を通り過ぎ──ようとした、その時だった。
「おめでとうございます! あなたが当店で100万人目のお客様です!」
「…………え?」
次にユーリを襲ったのは、横合いからかけられたカフェの店員の言葉と、クラッカーのカラフルな紙屑だった。
「……はぁ、美味ぇ……」
そして今に至る。つい先程まで逃亡劇を繰り広げたとは思えないのどかさで、100万人目のお客様へのサービスとしてタダで出されたケーキを頬張る、幸せすぎる時間が。
この極上の天然ものケーキがもったいなく感じて、ユーリは一口ずつ、ゆっくりと、噛みしめるように食していた。だがそれでも、形あるものはいずれなくなってしまうのが世の常だ。
いつしか皿の上は、こびりついた生クリームの跡とイチゴのヘタ、スポンジを包んでいた透明なフィルムを残して全部ユーリの胃袋の中に収まってしまっていた。
「あぁ……」
「おいしかったですね」
名残惜しそうな溜息を漏らすユーリとは対照的に、捜索対象の少女は平然としたものである。ハイランダーはこんな高級食は食べ慣れているのだろう。少しだけイラッときたが、そこは抑える。大丈夫、オレだってそこまで悪じゃない。
そうやって彼が名残惜しげに皿を見つめている時だった。
「お客様、お冷のおかわりはいかがですか?」
やけに含みを持たせた声がかかる。テーブルにすっと細い腕が差し出され、氷だけになっていたグラスに鮮やかな手つきで水を注いでいく。
声と腕の主を視線で追うと、いつの間にそこにいたのか、ユーリのすぐそばに立っているウェイトレスと目が合った。
「ジュディ!?」
「ふふ、彼女、可愛らしいわね」
水差しを優雅に持ち、はちきれんばかりの胸部を強調するかのようなデザインのメイド服は、ビキニラインぎりぎりの丈のミニスカートと黒のガーターベルトともあわせて、およそ普通のカフェレストランとは思えない。これは彼女の着こなしの問題だろうか。
二本に伸びた触角のような青紫の髪。ファンタジーに出てくる妖精のような長い耳。彼女自身はファッションだと称しているが、それらのウェアはどう見ても“異形(ヒルコ)”だ。
ユーリはウェイトレス──ジュディスを一目見て目を丸くし、それからうんざりと視線をそらした。
「かの……じょ? 何です?」
「違うって」
きょとんとしたエステリーゼ。だが一方のユーリは興味なさげにひらひらと手を振ってみせる。
ジュディスはユーリの性癖を知っているはずだ。だからエステリーゼを恋人だなどと間違うはずが無い。これは明らかにわざとだ。
ただ説明するのが面倒なので、黙ったままやりすごそうとしたのだ。
しかし甘かった。ジュディスが笑顔のまま店の入り口を示す。瞬時に仕事モードに切り替わり研ぎ澄まされたユーリの聴覚は、複数の足音がこちらに向かってくるのを認識した。
おそらくあの時の追っ手だろう。正面を向くと、エステリーゼも緊張した面持ちへと変わっている。
「どうしましょう、ユーリ……」
「ちっとばかし、長居しすぎちまったみたいだな」
気配を殺し、ユーリは立ち上がった。同じくエステリーゼもそれに続いたが、このままエントランスから出て行ったのでは鉢合わせになってしまう。
さて強行突破の準備でもするかと肩をほぐしかけたその時、ジュディスが少しだけ位置を下がり、店内の奥の方を指差した。
「お客様、お手洗いはあちらになります。……貸しひとつね。今度、美味しいもの奢ってね」
「……ったく、タダより高い物は無い、ってか……」
どうやらこちらの状況をある程度察して、逃がしてくれるらしい。
ならば、それに乗らないテはない。
「行くぞ、エステル」
「はい! ……えっ?」
ユーリの何気ない呼びかけに頷いて、少女はふと動きを止めた。
「どうした?」
「エス、テル……エステル、エステル……!」
それはユーリのつけたあだ名だった。そのままだと呼びにくいから、というそれ以上の意味は無かったのだが、彼女はそれをいたく気に入ったらしい。何度も自分で反芻して、口元が笑ってしまうのを必死に押さえつけている感じだ。
「ほら」
「……はい!」
ユーリがくい、と親指で示した方向を見上げて、彼女──“エステル”は歩き出した。
Appendix
用語解説
ホワイトエリア…N◎VAの中でも重要な施設や大企業が並ぶ中心地。最も治安の良いエリア。
天然食材…食糧生産率の下がったニューロエイジでは超高級品。普通の人は合成食品を食べている。
ニューロ…ここでは『すげえ』とか『COOL』とかの意。とにかく美味しかったらしい。
司政官…みんな大好き稲垣光平。権力欲と自己保身の塊なトーキョーN◎VAで一番偉い人。通称:げはは。
ユーリの性癖…ニューロエイジは現代日本よりも性に関してリベラルである。色んな恋愛の形があるのだ……な、フレン?