Main Story

Scene06 激走リニアジャック

シーンタロット:カゲ(死/これまで潜伏していた勢力が動き出す。刺客襲来。昇華)


 中央区行きのリニアに、リタは乗れないでいた。

「はーん、なるほどね……」
 ニューロエイジの情報は秒刻みで変わる。リタが乗ろうと思っていたリニアのとあるステーション、彼女が今日家を出る前にはなんともなかったはずの駅は、今は運行中止の知らせとイヌたちの姿があるせいで使えない状況にあった。
 N◎VAに降りてきたハイランダーの少女が中央区で消息を絶った。その捜査のために交通機関をストップさせているのだ。
 そのハイランダーの少女というのは、リタの探している彼女に違いない。天上人ひとりのためにN◎VA政府はこのくらいはやるのだ。それほど、軌道の住人というのは重要なのである。
「それでこの騒ぎってワケ。まったく迷惑でしょうがないわ」
 悪態をついてもそれを聞くものはいない。
 ここから中央区までは、歩けばかなりの距離になる。こういう時に“外界(マンデイン)”は不便だと思ってしまうのは、やはりリタも(変わり者とはいえ)ニューロであるということなのだろう。

 もう一度、諦観の意を込めてリニアのホームを見遣る。見知った金の髪と黒の制服が視界に入り、リタは思わず顔を歪めた。
「うげ……」
「君は……木更のリタ・モルディオか?」
「そーよ。何か用?」
 向こうもリタがいたことに驚いている様子だ。
 ブラックハウンド捜査官フレン・シーフォ、彼とは捜査の外部協力という形で何度か顔を合わせたことがあるが、新人の割に融通の利かない堅物として通っていて、ニューロの間でも扱いづらい人物だとの評が出回っている。
 事実、リタ自身もこの顔に似合わぬ頑固者っぷりは苦手であった。一瞬、嫌そうな顔をしてしまったことに気づかれてしまったのか、フレンは首を傾げていたが、それでもまあ、会ってしまったからにはしょうがない。
「ねえ、あんた。行方不明のハイランダー探してるんでしょ」
「知っているのか!?」
「……いなくなったのがあたしの知り合いだってことくらいはね」
 フレンの顔がすっと引き締まる。新情報だったのだろう。リタと捜索中のハイランダー──エステリーゼが知り合いであると。

「君に頼みがある。捜査に協力してくれないか」
「あたしが?」
「ああ」
 怪訝な顔をして、リタはぐるりと周りのイヌたちを見回した。捜査員たちにヒステリックに指令を出している隊の指揮官らしき男が目に入り、肩をすくめてすぐさま視線をフレンに戻す。
「捜査員なら、たくさんいるじゃない」
「彼らは皆、捜査一課の者だ。彼女のことは機動捜査課──つまり僕の手で確保したい」
「派閥ってやつ、面倒ね」
 リタの皮肉めいた言葉に、フレンはなぜか僅かに微笑んで返した。
「それに、君だってここまで来たのは彼女を心配しているからなんだろう?」
「なっ……!」
 言葉に詰まる。自律神経系のウェアには何も異常が見られないのに、頬が熱いのはどうしてだろう。それともこれが感情によるウェットな変化というヤツだろうか。
 耐え切れずリタは視線を泳がせた。
「あ、あた……あたしは、別に……」
「でなきゃ、木更からわざわざこんな所まで来たりしない」
 図星を突いたフレンの表情はあくまでまっすぐだ。もしかしたら、他人の心を当人以上に理解しているのかもしれない。鈍感そうな顔をしてるくせに。
「…………しょうがないわね」
 だからリタは折れるしかなかった。それにちょうどいい。どうせ一人でも彼女を探そうと思っていたのだ。利用できるものは利用してやればいい。
「リニアに乗っけてもらうわよ」
「分かった」
 フレンのエスコートを待たずにリタはホームに向かって歩き出す。当然、許可を貰ったのはフレン個人からだけだったために、リタの前には捜査一課のイヌたちが彼女を押しとどめようと集まってくる。
 その中央でふんぞり返る紫色の髪の男に、至極面倒そうに告げた。
「どいてくんない?」
「何を勝手なことを言ってるんだ、一般市民が! ここは僕らブラックハウンド捜査一課が仕切っているんだよ。さっさと帰りな!」
 想像通りの甲高くねっとりとした声。これ見よがしにN◎VAのイヌである証のバッジを突きつける様子に、頭痛がするような気がしてきた。
「うっさいわねぇ、あたしは……」
「彼女は機動捜査課の協力者だ。僕の判断で立ち入りを許可した。……問題はないはずだね、キュモール捜査官」
「……キーッ! 勝手にしろ!」
 もういい加減面倒なのでぶっ飛ばそうとしていたリタを制したのは、追いついてきたフレンだった。
 基本的に、機動捜査課に対して、他の課は捜査に口を出す権限がない。階級こそフレンの方が低いものの、彼のある意味強引な押し切りは、キュモールを警察の階級で呼ばなかったことも合わせて、今その権限を行使しているのだとはっきり分からせるためのものだ。
 そのことを知ってか、キュモールは唇を噛みながら引き下がった。
 そして狭いながらも道が開く。二人はまっすぐに、ドアを開けて待っているリニアへと乗り込んだ。


 車内はがらんとしていた。
 ブラックハウンドの貸切状態となっている上、捜査一課からは煙たがられているのか、別々の車両に乗り込んでいるのだ。
 車両中ほどに立って進行方向を向いたままのフレンとは対照的に、リタは座席の隅に座り窓の外を眺めていた。
 眼下に映し出されるN◎VAの街並み。“災厄”により蒸発した東京湾跡地。リタの存在する“外界”が、ぼんやりと流れていく……この街のどこかに彼女もいるのだ、とふと思考を巡らせた時、それは起こった。

「危ないっ!」
「!!」
 窓ガラスの割れる耳障りな音。何かに引っ張られたと思ったのは一瞬。気がついた時には、リタはフレンの背の後ろにいた。
 破片をものともせず、フレンが振り返る。
「大丈夫か?」
「あ、うん……きゃぁっ!」
 次に襲ってきたのは急激な揺れだった。本来、大昔の電車等とは違ってレールがないのが当たり前のリニアは、基本的に脱線を起こすことはない。だが、現在の状況を例えるとするならばまさに『脱線』というほかはないだろう。
 リニアが走行するための高架の片側に車体が押し付けられている。嫌な音を立てながら、それでもリニアは止まっていない。
 無人運転のこれらに不測の事態が起こっても停止しないということは、この状況には何か作為があるということだ。
 その証拠に、隣の車両から、明らかに不自然な整った複数の足音が近づいていた。

「マズイわね……早いとこリニアを止めないと!」
 手すりにつかまりながらチョーカー型のタップに意識を収束させると、リタの視界に大量のウェブアイコンの波が押し寄せる。
 “新世界(オールウェイズ・フリップフロップ)”。ウェブは常にリタと繋がっている。何も無い空間に指で触れると、それが魔法のようにアイコンを次々と整列させていき、それと共にリタ自身の思考もクリアになっていく。
 リニアを制御しているトロンはすぐに見つかった。リタの手の内に掌握するのだって二秒だ。
 だが“外界(マンデイン)”に突っ込んだもう片足は、フィジカルな危機がすぐそばまでやって来ていることを告げている。

 リタを庇うように立ちふさがるフレンの背中。刺客と対峙したらしい瞬間に、彼がはっと息を飲む音を聞いた。
「この部隊は……千早の……?」
「お喋りしてる暇、無いわよ!」
 不穏な名詞のような気がした。軌道、ブラックハウンド、千早、エステリーゼ。何かが繋がりそうで繋がらない。
 だけど今のリタの“役割(ロール)”はそれを考えることではない。制御下に置いたリニアのトロンを操作することに集中する。幸い、刺客はフレンが全部ガードしてくれている。さすがは鉄壁のブラックハウンド。彼の“カブト(護るスタイル)”を体現しているようだ。
「よし、止まった! ステーションよ!」
 リタが叫ぶと同時、車体が急ブレーキをかけ高架に擦り付けられながらなんとか次のステーションに停止する。音を立てて開かれたドアに、手すりに掴まりながらよろけた足を向かわせるのよりも早く、それまでフレンが防いでくれていた刺客らしきビジネススーツの集団が脱出していった。

 少しして、身嗜みを整え終えたフレンがリタを気遣うように少し背を屈めてくる。
「大丈夫か?」
「あ、あたしは別に平気……」
 この男も、本当はすぐに先程の刺客を追うか調査するかしたいはずなのに、どこまでも律儀な男だ。
「それより、さっきの奴ら何なの? あの子を狙ってるの?」
「分からない。早急に確認して──」
 緊張を解かぬままフレンが首を振ったその時、その場に不釣り合いな電子音が鳴り響いた。
 正体はリタの持つポケットロンだった。こんな時に通常の電話回線から一体誰だ。

 ポケットロンを持ち、通話ボタンを押す。イントロンを介さぬ動作で、リタの耳に最初に入ってきたのは、中年男の場違いに明るい声だった。
『もしもし、リタっち〜? 元気?』
「何が『元気?』よ! こっちは死に掛けたっての! で、何の用よ?」
 テンションの高いレイヴンの声はまったくもっていつも通りだ。普段なら気にも留めないところだが、さすがに危機を脱したばかりのこの状況で聞くと苛立ちは増すばかり。
 隣で怪訝そうにしているフレンも気にせずわざとドスを利かせたリタの問いにも、レイヴンは飄々と答えてみせた。
『そのことなんだけどさぁ、いやぁ悪いね〜、お探しモノは探偵の青年が先に見つけちゃったみたいなのよ』
「探偵の青年……?」
『そうそう、そろそろアサクサに戻ってるところだと思うからリタっちも戻っておいで。んじゃね〜』
「あ、ちょっとおっさん……ったく!」
 物言わなくなったポケットロンにもう一度悪態をついてから、リタはふと思案した。
 彼の言っていた『探偵の青年』とは、あの調査よりも手が出るのが早い黒髪黒づくめのアサクサ名物で間違いないだろう。
 かの探偵とエステリーゼとの間には何のコネもなかったはずだ。そもそも軌道のお嬢様と下町のレッガーもどきとでは住む世界が違う。二人が知り合うようなきっかけなど何もない。
 だとすると、二人を引き合わせたのはレイヴンだ。
 そこまで結論付けてリタは顔を上げた。推理や地道な調査は得意分野ではない。ならばさっさとアサクサで合流した方が早い。
「そういうワケだから、ちょっと行ってくるわ。あんたも報告済んだら来なさいよね。アサクサのぐうたら探偵のとこよ」
 ひらりと手を振ると、リタは返事も聞かずに足を進める。おそらくフレンなら、先程の通話の内容とそれだけの情報で、探偵とやらが誰の事だか分かるだろう。
 ここからアサクサまでは歩くと遠いが仕方ない。

 ざわつきながら他の車両から出てくる他の隊員たちに紛れ、リタはその足でステーションを出てアサクサへと引き返した。
 レイヴンとの通信が終わってから何故か立ち尽くしたままのフレンを残して──

Appendix

用語解説

リニア…トーキョーN◎VA中に張り巡らされたリニアレール。市民たちの重要な移動手段である。
フレンのコネ…ゲーム的に、PC2であるフレンはPC3であるリタへの<コネ>技能を所有している。リタはブラックハウンドに協力していたことがあるとして、関係は<外界>とした。
東京湾跡地…トーキョーN◎VAは、災厄により干上がった東京湾を埋め立てて作られた。
タップ…コンピューター。これと神経を直接繋ぐことにより、イントロン状態となる。
新世界…ニューワールド。常にイントロン状態となり、そのまま現実世界でも活動できる夢のようなサイバーウェア。
カブト…軍人、ボディーガード等。誰かを守るスタイル。
探偵の青年…言うまでもなくユーリのことであるが、リタはユーリの<コネ>を取得していないため、現状では名前を知っている程度。