Main Story
Scene07 賢しい犬は牙を折れ
シーンタロット:クロマク(深遠/事件の黒幕の協力、介入、妨害。賢者による的確な助言)
「ユーリ……」
一人取り残されたホームで、思いつめた表情でフレンが呟く。
アサクサの探偵の青年。間違いなく彼のことだ。冴子の言っていたことは本当だった。ユーリもこの事件に関わってしまっている。
すぐにでもアサクサに向かいたくなる衝動を抑え、フレンはステーションの外へと歩き出す。
保護対象であるエステリーゼが彼のもとにいるというのなら、どちらにせよユーリのところへは行かなければならない。それがフレンの“生き様(スタイル)”だから。
だが何かが引っ掛かる。この事件にユーリが関わっているのは、偶然にしてもできすぎているのだ。
ユーリが動いたとなれば、フレンは動かざるを得ない。短い間だったが、ブラックハウンドでバディを組んでいたフレンがユーリのことになると冷静でいられないのは、機動捜査課の人間なら誰でも知っている。
何者かに仕組まれたのかもしれない。自分を動かそうとして、敢えてユーリを巻き込んだのかもしれないのだ。
「そうだとしたら、僕のせい、か……」
顔を上げる。既に脱出した他の隊員達もホームを去ったようだ。例の捜査一課の彼がトップなのだというのも手伝ってだろうか、引き際だけは鮮やかだ。
「……いや、ユーリが巻き込まれたのなら、尚更だ」
頭を振って、フレンはアサクサに向かうために歩き出す。
早急に合流して、現状把握と対策に努めなければならない。それになぜだか無性にユーリに会いたくなった。
あの青年は今も事件に巻き込まれたことなどお構いなしに飄々と、フレンが探しているお姫様を守っているのだろう。それが自分にとって正しいことだと信じて。彼はそういう奴だ。
例えイヌでなくなってからも、その芯は──“生き様(スタイル)”は変わっていない。
そしてそんな真っ直ぐな青年が自分の前でだけ見せる表情までもうっかりと妄想しかけてフレンは首を振った。
「今はそんなこと考えてる場合じゃ……あ」
頬を染めるフレンの思考を断ち切ったのは、ブラックハウンドからの通信だった。それも、あらかじめ紹介されていたゴーストハウンドからのサポートではなく、千早冴子本人からの。
「はい、こちらフレン……」
『フレン捜査官、あなたに帰還命令が出ています』
「えっ?」
単刀直入すぎる冴子の声に、フレンは一瞬言葉を失った。
『現時刻をもって、機動捜査課による初動捜査期間は終了しました。以降、この件は他の課が担当します。フレン捜査官、あなたには課での待機を命じます。速やかに帰還してください』
「しかし、今回の件は課長ご本人からの内密な任務であり、自分の捜査活動は機動捜査課とは直接の関係はないはずですが……」
淡々と告げるだけの冴子に、なんとか気を取り直したフレンは反論を試みる。今回の件は自分が担当するにふさわしい。冴子もそう考えたからこそ機動捜査課の単独調査をフレンに任せてくれたのではないか。
彼女が調査命令を自ら覆すということは今までにないことだ。この事件は背後で何かもっと大きなものが動いているのだとフレンは推察した。
だが冴子からの答えは変わらなかった。
『これは御堂茜隊長からの正式な命令でもあります。繰り返します、機動捜査課は今回の事件より手を引きます』
「そんな……! 自分は納得できません!」
『あなたもレイ捜査官のようなことを言うのですね』
ふぅ、と通信越しに聞こえる冴子の溜息。フレンは真面目で縦の規律には従順だというのが周りからの評価であるが、実のところそれは半分だけ間違いだ。
法と正義を重んじ、規律にやかましいくせにいざという時の大胆すぎる行動。やっていることはただの不良警官。彼をよく知る者はそう評する。
「課長……?」
『フレン・シーフォ捜査官』
「は、はい」
『先程の帰還命令は撤回、あなたに一週間の休暇を与えます。少し頭を冷やしなさい』
見透かされているな。フレンは直感した。
千早冴子という女はあり得ないほど勘がいい。それに人のことをよく見ている。おそらく、このままフレンが命令無視で突っ走るだろうということなどお見通しなのだろう。
そしてそれが、冴子の思惑通りでもあることも。
『休暇中の捜査官の行動について、私は一切の関与はしません。では、有意義な休暇を』
「……分かりました。ありがとうございます」
それを境に、ブラックハウンドからの通信は途絶えた。
組織の歯車として動かされていることを実感しつつも、今は彼女に感謝してフレンはアサクサへと急いだ。
Appendix
用語解説
スタイルは変わっていない…データ的には、ユーリはイヌからフェイトへとスタイルチェンジを行っている。だが、キースタイルであるカタナは変わっていない。
フレンの妄想…ユーリとフレンは、お互いにハート<肉体>のコネを取得している。つまりそういうことだ。
帰還命令…神業の効果によるもの。使用者はブラックハウンドを買収し、捜査を強引に打ち切らせた。これに異を唱えられる隊員はキャストであるフレンのみである。
御堂茜…ブラックハウンド現隊長。N◎VA司政官との強力な癒着関係があり、稲垣の犬呼ばわりされている原因のひとつ。