Novel

夜明けの約束-TROUBLE IS MY BUSINESS- 1

 ──遠い遠い世界のお話。

 魔法の力が失われ、それぞれに孤立していた街同士の行き来は困難で、人々は生まれた街から出ることも無く、文化は廃れていく一方でした。
 しかしある時、東の国に住む一人の賢者が、人の力で街道を作り始めました。街道があれば、人々が安全に街を移動できると考えたのです。
 街道作りはとても困難でした。道が運ぶものは人や交易品だけではないからです。戦争や疫病なども運ばれてきます。それでも彼は街道作りをやめませんでした。
 資金援助は打ち切られても、彼は私財を全て投げ打って、汗と泥にまみれながら、西へ向かって土を均し、街道を整備していきました。
 やがて、そんな彼の志を継ぎ、街道作りを引き継ぐ者達が現れ始めます。そして、何年も、何十年もかけて、ようやく街道は完成したのです。
 彼らの子孫は西の果てに小さな村を作り、今でもそこにひっそりと暮らしています……



 花の街ハルル。かつて結界として機能していた大木の下に座り、子供達に囲まれて、楽しそうに物語を紡ぐ少女がいた。
「はい、今日のお話はこれで終わりです」
「面白かったー!」
「お姉ちゃん、また来てね!」
 少女が笑顔と共に両手を叩くのを合図に、子供達は口々に感想や感謝を述べて、ハルルの中心部にあたる丘から駆け下りていく。
 そんな彼らとちょうどすれ違った時、長い黒髪が風に舞った。

「相変わらず、お子様にモテモテだな」
「ユーリ!」
 からかうように言って片手を上げると、少女が表情をぱっと輝かせて立ち上がる。
「さっきの話もエステルが考えたのか?」
「聞いてたんです?」
 少女──エステルがきょとんと目を開く。
「ああ、まあな」
「あれはハルルの村長さんにお借りした本に書かれてあったお話です。ユーリは知りません? 『自由人たちの街道』って物語」
「さあ……聞いたことねえな」
 首をひねると、特徴的な黒髪がさらりと揺れた。

 絵本作家になってハルルに住みたい。それがあの旅の途中でエステルが見つけたささやかな夢であった。だが現実にはそれは困難なことだった。
 副帝としての執務をこなすためには、やはり帝都にいなければ難しい。そのため、エステルは現在もザーフィアスに住みながら、時々こうしてハルルに通う……という、エステルの希望とは逆の生活を送っているのだ。
 そして明日が、エステルが帝都に戻る日。ユーリ達、ギルド“凛々の明星”は、彼女を送り届けるためにハルルに滞在中なのである。

 ユーリは腕を組み、ハルルの樹にもたれかかった。
「街道、か……」
 呟いて、空を見上げる。一面の青空に薄紅色の花弁が舞う光景はとても幻想的だ。あの空を取り戻したはいいが、世界は未だ危険に満ち溢れている。
「ユーリ? どうしたんです?」
 いつの間にかエステルが隣に立ち、不思議そうにユーリの顔を見つめていた。手をひらひらと振って何でもない、という風に目配せすると、ユーリは樹の傍を離れる。
「いや何、ちょっと考え事だよ。……そうか、街道って手があるのか……」
「……ユーリ?」
「なあエステル。結界が無くなってからの街から街への移動はどうだ?」
「えっ? えーっと、そうですね……今はユーリ達がついて来てくれているので、前に旅をしていた時とそんなに変わりませんが……」
「旅人の数、減ったと思わないか?」
「そういえば、確かに……結界の外から出ない人は多かったですけど、無くなってからはそれ以上に自分の街を出ないって人が増えたかも知れません」
「護衛も無しで外に出るのが危険なのは前と変わってねえからな。けど、今は結界の代わりに人の手で街を守る必要がある」
「はい。騎士団の仕事も増えたと、フレンも言っていました」
「やっぱそうか……あの野郎、オレには何にも言わねえくせして、結局負担はでかくなってんじゃねえか……」
「あの、ユーリ? 今の話が何か……?」
 今度は親友に向かって何やら文句のようなことをブツブツと呟き始めたユーリ。エステルは首をかしげた。
 自分に外の世界を見せてくれたこの青年は、一体何をするつもりなのだろう。

 そんなエステルの疑問をよそに、ユーリの中では一つの決意が固まった。
「下町も何とかやってるみたいだし、そろそろ次にやること見つけないとなって思ってたんだ」
 口元にニヤリと笑み。瞳には何か面白いことを見つけたように輝いている。
 未だ要領を得ていない様子のエステルの頭をぽんと叩き、ユーリは元来た道をゆっくりと下り始めた。
「ユーリ?」
「お楽しみは帝都に戻ってからだ」
 まだそうと決まったわけじゃないしな、とだけ告げて、ユーリは宿へと戻っていく。

 一人だけで始めた、なんてのは物語の中だからできることだ。今のユーリは、仲間と協力することを知っている。仲間じゃなくても協力できることを知っている。
 だからまずは、話を通すことから始めよう。そう決めたユーリの表情は、心なしか楽しそうだった。

---

あとがき。

まあ何を決めたのかはすぐに分かるかと思います(笑)
冒頭の物語は『ソードワールド』から。SFC版二作目の元にもなった伝説です。
あと、今回ユーリとエステルしか出てないですが、この話はフレユリです(笑)