Novel

夜明けの約束-TROUBLE IS MY BUSINESS- 2

 宿に戻ってきたユーリの足取りは、いつもよりほんの僅かに浮かれていた。彼をよく知る者達──ギルドの仲間などでなければ気付かないくらいの、小さな変化。だけどもそれは、確実に彼らに感じ取られる。
「あれ? ユーリ、何か機嫌いい?」
「そう見えるか?」
 部屋に入ると、まず出迎えたのが小さなギルドマスターのそんな言葉だった。利き手にぶら下げていた刀を肩に担ぎ、別に何でもないように振舞ってみせる。
「別に、いつも通りだろ」
「あら、ごまかしても駄目よ。顔に出てるわ」
 帝都に戻るの、楽しみなんでしょう。と笑顔で言われ、さすがにユーリも観念して苦笑を返す。
 確かにジュディスの言うとおりだった。帝都はユーリの生まれ故郷で、そこには馴染みの顔がたくさんいるし下宿先だってまだある。
 だが彼女が言いたいのはそこではないのだろう。ジュディスは笑顔のまま続けた。
「楽しみね本当。何ヶ月ぶりかしら」
 ユーリが再会を待ち望んでいる人間のことを、彼女は言外に告げていた。

 彼らのギルド“凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)”は、歴史も浅くまだ規模が小さい。メンバーは今でも数える程度だ。しかも、いつも必ず全員で行動しているわけではない。現在ここにいるのは、創設時にいた者達──今回の依頼人であるエステルを除けば、三人と一匹の少数精鋭である。
 人数が少ないゆえか、はたまたギルドの特色なのか、凛々の明星はメンバーの結束の固い、『仲良しギルド』であった。仲間内の心の僅かな機微などは、あっという間にばれてしまう。読心術でも心得ているのだろうかとすら思える人物(ジュディスだ)だっていることだし。
(こりゃ隠し事はできねえよな、ホント)
 心中呟いて、ユーリはベッドに倒れこんだ。
「元気にしてっかねえ、アイツ。ストレスで胃炎でも起こしてなきゃいいけど」
 答えの代わりに、大丈夫だとでも言わんばかりに相棒がユーリの足元で寝そべった。艶のある毛並みを足に感じながら、彼は懐を探って小さな石を取り出した。
「それは?」
 部屋の中の明かりで照らされた石は、ユーリの手の中で複雑な色の輝きを放っている。最初に気がついたのはエステルだった。身を乗り出して視線をその石に向ける。適当なカットを施されて、指輪に加工されているのだが、指にはめるのには抵抗があるのか、輪の中に細い鎖を通して首にかけられるようにしてある。
「うわー、綺麗な指輪だね」
「どうしたんです、それ?」
 うっとりした表情で指輪を見つめるエステルとカロル。ユーリは上体を起こし、何でもないことのように答えた。
「ああ、前にフレンがくれた」
「フレンが!?」
「ええっ!? 指輪を!?」
「まあ」
 寄って来ていた二人は驚きの声をあげ、それらを少し離れたところから見ていたジュディスが何かを含んだ笑みを見せる。
 構わずユーリは続けた。
「はめると剣持ちにくいからぶら下げてるんだけど……何て言ったっけ、これ?」
 ユーリは鎖を持ち、宝石をかざしてみせる。光の差す角度が変わったためか、石はその色を変えた。
「アレキサンドライト……」
 するとそれまでうっとりと指輪を見つめていたエステルが、淡々とした声で喋りだす。
「『金とベリル』を意味する、クリソベリルという希少な鉱物の一種で、金緑石の変種。光の種類によって色を変えるとても珍しい宝石。……です」
「へえ……それで色が変わるのか」
 指先につまんだまま、ユーリは石を色んな角度に傾けてみる。そのたびに、なるほどエステルの言うとおり、宝石は微妙に輝き方を変えた。
「とてもロマンチックな石ですよ。確か宝石言葉は……」
「秘めた思い、ね」
 ジュディスが継いだ言葉を、何とはなしに心の中で反芻する。秘めた思いか。秘めた……

「!!」
「ワウッ!」
 いきなり勢い良く起き上がったことで、傍らのラピードが驚いたように吠えた。
「まさか、あいつ……」
「ユーリ? どうしたんです?」
「あぁ、いや……」
 珍しく焦りの色を浮かべたユーリを心配したのか、純粋な目でこちらを見てくるエステルから顔をそらして、口元を拳で押さえる。肝心の指輪はその中に握りこんだ。
「心当たりでもあるのかしら」
「……ノーコメントだ」
「何? 何のこと?」
 先程から全く変わらず笑顔を見せているジュディスに、さっぱり事情が飲み込めないカロルが何度も聞こうとしている。どうやらユーリの心情を察してくれたのか、彼女は何も言わずに曖昧な頷きだけを返して、エステルを連れ自分達の部屋へ戻っていった。
「ねえ、ユーリ〜」
「なーいしょ」
 努めて明るく答えると、カロルに背を向けるようにして再びベッドに横になる。
「もう! 僕だけ仲間はずれにするんだから!」
 どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。しょぼんとした我らの首領を慰めるように、それまでベッドに丸まっていたラピードがのそりと起き上がり、今度は少年の傍に向かう。

 もうそろそろ日も暮れる。ユーリはそのまま寝ることにした。


「……秘めた思い、か」

 その夜、ふと目を覚ましたユーリは再び例の指輪をかざして見る。僅かな星の灯りに照らされたそれは、昼間とはまた違った神秘的な輝きを見せていた。
「覚悟決めろ、ってことかな……」
 フレンには見透かされていたのだろうか。だからあいつはこんなものを寄越したのだろうか。『君のことで知らないことなんかないよ』って。

 目を閉じる。瞼の裏に黄金の麦の穂を思わせる彼の金髪が浮かんできた。そのままユーリは、二度目の眠りについた。

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あとがき。

シークレットミッション(略してSM)みなさんは達成しましたか? 私はここだけは毎回取ります。
まあ、アイテムとしてはあんまり使えないというのはご愛嬌。
ユーリは何を秘めていたのか……って、最初に「これはフレユリです」って書いてある以上バレバレか(笑)