Novel
夜明けの約束-TROUBLE IS MY BUSINESS- 3
巨大な体と羽ばたきが、帝都の昼下がりに影を落とす。
「ありがとう、バウル」
彼の親友たる美女の微笑みと言葉で、影──バウルがいったん去っていく。
凛々の明星のザーフィアス入りは、こうして少々派手に行われた。
「さて、さっさと城まで送っていくか」
先頭に立ち、そのまま散歩でもするかのようにぶらりと歩き出すユーリを、エステルが呼び止める。
「待ってください、ユーリ。その前に、下町の皆さんに挨拶して行きたいです」
「そうだよ! ユーリだってみんなに会っておきたいでしょ?」
「のんびりしてていいのか? フレンや陛下だって待ってんだろ?」
「あら、下町の名物さんはフレンに早く会いたいそうよ」
「だっ……」
途端、ユーリの顔にさっと紅がさす。からかわれたことへの多少の恥ずかしさと、おそらくは図星をつかれた焦りから。
正直、ジュディスが何をどこまで悟っているのかまったくもって分からない。フレン本人にさえ伝えていないことすら、彼女には知られているような、そんな気までしてくる。
ギルドの仲間に囲まれて、さてどうしたものかとユーリが頭を抱えたその時だった。
「バウッ!」
「おわっと、ラピードお前まで……分かった、分かったよ!」
服の裾をくわえて引っ張られ、行けばいいんだろう行けばと半ばやけになりつつも引っ張られていくユーリ達を追って、一行は下町へと続く長い坂道を下り始めた。
久し振りに訪れた下町は、普段よりも少し騒がしかった。
「あれ、どうしたんだ皆?」
「あっ、ユーリ!」
中央の噴水──かつては水道魔導器のあった場所だ──にあふれる人だかりの中から、小柄な少年がユーリ達に気付きやって来る。
「テッド、何かあったのか?」
「へへっ、それがさぁ」
ユーリを見るテッドの表情は何やらにやけている。普段は全く敵わない人間の些細な弱みでも見つけたかのような、ある意味楽しげな顔。
「何だよ、気色悪いな……」
「酷いなユーリ。あのさ、前に井戸掘ってたじゃない? 今日、新しく地面を掘り返したら……出て来たんだよね」
「何が出て来たんです?」
「こっち来て!」
エステルのその問いには答えず、テッドは一行を人の輪の中心へと招く。
心なしか、皆のユーリを見る目が生温かいものに満ちていた。
そして中央にあったのは、
「じゃーん!」
「げっ……」
それを見て、ユーリがぎくりと顔を歪める。
噴水の縁に綺麗に並べて置かれた、古びた缶の箱とパッと見ガラクタにしか思えないもの。
「お前達が10年前に埋めたタイムカプセルじゃよ」
横合いから老人の声がかかる。この声は下町の住人であるハンクスのものだ。
「やっべぇ……すっかり忘れてた……」
悪戯が見つかった子供のような表情で、ユーリは顔に手を当てて嘆息した。
「へー、何か面白そう!」
「タイムカプセル。カプセル状の容器にその時代のものを入れて地中に埋め、ある年月後に開けるもの。……です」
淡々と説明するエステルだったが、その瞳は好奇心に輝いている。
「ユーリ、見せてもらってもいいです?」
「たいしたもんは入ってねえぞ。ガキの頃に集めた宝物適当に詰めただけだからな」
「宝物って?」
「川で拾った綺麗な小石とか、ラムネのビー玉とか、お菓子の包み紙とか。あとセミの抜け殻とかだな」
「男の子のロマンですね……」
「あとは手紙だな」
「手紙?」
「10年後のお互いに向けて手紙書いたんだよ。ま、ガキの遊びだしどうせろくなこと書いてねえだろうけど……」
噴水に歩み寄り、古い羊皮紙を指でつまんでひらひらと振ってみせる。ちゃんとした便箋でないのは、もちろん買うお金がなかったからだ。
「なんて書いたっけな」
紙を広げると、メンバーが我も我もと寄ってくる。一番背の低いカロルの目線に合わせて、皆で手紙を覗き込んだ。
「えーっと、何々……? 『フレンへ……』」
『フレンへ
げんきですか?
おれはげんきです。
たぶん10年ごもげんきだとおもいます。
おれもフレンといっしょにきしになろうとおもいます。
かくことがないので、この手紙はこれでおわり。じゃあな。
ユーリ』
「…………」
読み終わると、微妙な空気が流れていた。
「ねえユーリ……これ、12歳の時に書いたんだよね?」
ジト目で見てくるのはカロル。顔には「僕だってもっとまともな文章書くよ」と書かれている。
「随分シンプルな手紙ね」
「えっと、すごくユーリらしいと思いますよ?」
「……悪かったな、手紙なんかろくに書いたことがなくて」
一方、全く変わらない笑顔のまま実にストレートに感想を述べるジュディスと、困ったような笑みを浮かべて何とかフォローしようとするエステルとに挟まれて、ユーリにはそう返すより他はなかった。
「……あーもう、オレのことはどうでもいいだろうが! とっととエステル返しに行くぞ!」
「ふふ、照れてるわね」
「ワン!」
図星をついたジュディスの言葉をなんとか無視しようと噴水の人の輪から抜け出そうとするユーリだったが、ふとあることを思い出し立ち止まる。
そう、手紙は『10年後のお互い』に向けて書いたものだ。ということは、あの古びた缶の中にはもう一通、手紙が入っていないとおかしい。
ユーリはハンクスを振り返った。
「じいさん、手紙もう一通入ってなかったか?」
「いいや、それ一通だけじゃよ」
「マジかよ……あの野郎、手紙書かなかったな」
自分は恥ずかしい想いをしたのに、フレンは『昔書いた手紙を公開される』という羞恥プレイを免れたのだ。
後で文句言ってやる、と憤慨して、ユーリは先程降りてきた坂道へと向かった。
「もう、ユーリ! エステル置いてってどうすんのさー!」
背後から追いかけてくる小さなボスの声が聞こえた。
──ザーフィアス城
「それで、本当に文句を言いに来たのかい?」
エステルを送り届けると、ユーリは忘れ物したなどと適当な理由をつけてこっそりと城の庭へと入り込んだ。ちょうどいい具合に枝を伸ばしている大木に登ると、まるでユーリを迎えるように鍵の開いた窓からするりと侵入する。
そこはフレンの部屋だった。
「別に。ちょっと顔見に来ただけだよ」
「それにしては、いつもと雰囲気が違うから」
部屋では当然のごとくフレンがユーリを待っていた。とりあえずベッドに腰掛けて足を組むと、つい今しがた下町で起こったことをかいつまんで話す。その口振りには、あまり『文句』という形容はつけがたい。
そのことをおそらくフレンも分かっているのだろう。ふと真面目な顔になると、ユーリと向き合うようにしてベッドの前に立つ。
「ユーリ……僕に話があるんだろう」
「ああ……」
つられてユーリも表情を引き締める。これからするのは至極真面目な話なのだ。──少なくとも、ユーリにとっては。
懐を探り、ペンダントトップにしてある複雑な色の宝石を取り出す。それはかつて、夕暮れのオルニオンでフレンから渡された、アレキサンドライトの指輪。
立ち上がって顔を上げ、真っ直ぐにフレンを見つめる。
「こいつの意味を聞きに来た」
静寂の中、フレンがこくりと息を飲むのが分かった。
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あとがき。
少年の夢の詰まったタイムカプセル。フレンの夢は入ってませんでした。
次回あたりでようやく(とりあえずは)くっつきそうです。というか告白できそう。その後第二章にいけそうです。
……それにしても12歳ユーリをちょっとおばかにしすぎたかも知れん……