Novel

夜明けの約束-TROUBLE IS MY BUSINESS- 4

「こいつの意味を聞きに来た」

 ユーリの指に絡まっている細い鎖。そこに通されていたのは、かつてフレンがユーリに渡した、あのアレキサンドライト。
「……それは」
「エステルに聞いた。『秘めた思い』……なんか意味があんだろ、これ」
「そうか、エステリーゼ様に……」
 呟くフレンの言葉が肯定の証だった。彼はやはり、何か意味があってこれをユーリに渡したのだ。
 どんな意味なのか、ユーリはここに来るまでに大体の見当をつけていた。だからなのか、彼の顔からは普段のいい加減な雰囲気はなりを潜めていた。怒っているようにも見える。

 それはそうだろうな。ユーリを見てフレンは自嘲する。
 何も言わずに押し付けるように渡した石の意味は、察しの良いユーリならば気付いて当然だろう。

「お前、分かっててこんな──」
「気付いたのか、僕の──」

 同時に声を発する。二人の主張は、言いたいことは、ほぼ正反対のことだった。
 僅かな沈黙の後、先に動いたのはユーリの方だった。
「……お前から言えよ」
「分かった、それじゃ……」
 こういう時に、フレンは遠慮はしない。お互いに譲り合っていたらいつまでたっても終わらない。それは思考や行動がある意味似通っている二人にとっては致命的だ。だからこういう時フレンは、ユーリに譲られたら従うようにしているのだ。
 一呼吸置いて、フレンは話し始めた。
「君がそれをどう受け取ったのかは知らないが、それは僕の気持ちなんだ」
 ユーリが目を丸くする。どうやら宝石言葉の意味は知ったものの、フレン自身の気持ちには気付いていなかったのだろう。
「本当は、あの夕陽のオルニオンで告白しようかとも思った。でもあの時はお互い他に優先すべきことがあった。だからかわりにそれを渡した。君は宝石言葉なんて知らないだろうからって、気付かれなくてもいいと思って……」
「ちょっと待て!」
 突然、ユーリの焦った声が聞こえた。
「何だい?」
「これってオレへの忠告じゃなかったのか? 『お前の気持ちなんて僕はお見通しだ』っていう」
「ど、どうしてそうなるんだ!?」
「だってお前、気付いてたんだろ? オレがお前のこと好きだって……だから『隠し事なんてするな』って意味で、この石くれたんじゃねえの?」
「何言ってるんだ、そうじゃない! 大体、好きなのは僕だ! だけどあの時直接言えなかったから……!」
「えっ」
「あれ……?」

 再びの沈黙。お互いが相手の言葉を反芻し、理解するのに、今度は数秒はかかった。
「え……好きって、お前が、オレを?」
「ユーリが僕のことを……?」

 マジか。嘘だろ。
 珍しく狼狽するユーリに、突然何かがのしかかってくる。
「ユーリ!」
「うわっ」
「好きだ! 本当なんだ、ユーリが好きなんだ!」
「フレン……」
 のしかかっているものが何であるか、呆然としたまま呟いた後にようやく理解する。抱き締められていることに気付いたのは、目の前のアクアブルーの瞳に焦点が合った時だった。
 フレンの表情は必死だった。よく知っている。物事がどうにも立ち行かなくなった時の最終手段にぶちかます体当たり、まさにそれが今なのだ。
 しかもおそらくは、フレンの告白がにわかに信じられない自分のために。

 もしそうなら、これ以上フレンに体当たりさせておくわけにもいかない。
 届かない想いを叫ばせている、などと錯覚させることすら申し訳ない。貰った指輪の本当の意味にすら気付けなかった自分の落ち度だ。
 ユーリは自らを抱き締めているフレンの腕に手を乗せると、顔を上げた。
「フレン、手ぇ出せ」
「……?」
 その言葉に反応して僅かに顔を離すフレンの鼻先に、ある物が突き付けられる。フレンにはすぐに分かった。それがかつてユーリに渡したものと同じ、そして今も彼の首にかけられているペンダントトップと同じ、複雑な輝きを見せる宝石だということを。
「これは……」
「ハルルの合成屋に作ってもらったんだよ。持っとけ」
 自分を抱き締めているフレンの腕を放させ、もう一つのアレキサンドライトを渡そうとした。フレンは少し考えた後、受け取るより先にその場で左の籠手を外し始めた。
「何やって……」
「ユーリが嵌めてくれないか」
「お前、そんなもん」
 邪魔になるからつけなくていいだろ、と言う前に、がしゃん、という音と同時にユーリの手首が掴まれる。外した籠手を床に落とし、目の前に出された久し振りに見るフレンの素手は、ユーリの手で指輪を嵌めてもらうのを今か今かと待っている。
「仕事中はつけないようにするけど……でもこれって、そういうものだろう?」
「…………っ!」

 急に意識した。ユーリは頬が熱くなるのを感じた。
 フレンの瞳はどこまでもまっすぐで、ユーリから贈られた指輪の意味を疑ってすらいない。彼なりに全力を傾けて答えを出してくれたのだろう。
 観念して、ユーリはフレンの左手を取った。


「今日はゆっくりしていくんだろう?」
 鎧を脱いだ姿で、フレンが窓際に立つユーリに声をかける。その左手の薬指には、先程ユーリに嵌めてもらったアレキサンドライトが輝いている。「無駄にならずに済んだ」とはそのユーリの発言ではあったが、それは彼なりの照れ隠しだろう。
「久し振りの帝都なんだ、少し落ち着いてからでも……」
「そういうわけにもいかねえんだ」
 振り向くユーリの顔には少々の名残惜しさが見える。頭をかくその左手には、フレンと同じ指に同じ指輪が嵌められていた。
「ここからダングレストは遠い。ノードポリカも、オルニオンも」
「ユーリ……?」
「帝都と、ユニオンの街と戦士の殿堂の街と、それからみんなで協力して作り上げた街。もっと近づくべきだとオレは思う」
 ユーリは窓から外の景色を見ていた。城を中心に小高い丘のようになっているザーフィアスの街並みを通して、その外に広がる世界全体を見渡している──フレンには何故だかそのように感じられた。
 彼が外の世界に出て、自分なりの道を見つけるよう願っていたのが遠い昔のことのように思える。実際には、自分は責任ある立場ゆえとはいえ未だ帝国内で忙殺されていて、彼は既にフレンの一歩も二歩も前に進んでいるのだ。
 せっかく想いが通じたというのに、何故だかその分だけユーリとの間に距離を感じてしまって、フレンは無意識にユーリに歩み寄った。それが分かっていたかのように、真後ろまで近づいたところでユーリがくるりと振り向く。
 その時の彼の表情は不敵に口元を引き上げていて、それはフレンのよく知る何かを企んでいるときの顔だった。
「道を作る」
「道?」
「ああ、誰もが世界中を安全に行き来できるような道だ」
 強い意志を秘めたユーリの瞳。それがふっと緩められる。
「まだオレが思いついたってだけだけど、最初にお前に話しときたかったんだ」
「それは……簡単ではないよ。かなり大規模な事業になる」
「分かってるよ。でも、何かしないと何も始まらねえだろ?」
 ユーリは本気だ。この大仕事を、まだ個人のアイデア段階でしかない壮大な計画を、本気で遂行しようとしている。確かに世界規模で街道が整備されれば、今よりも騎士団を各地に派遣しやすくなるし、物流もスムーズになる。だがこんなことはギルドだけでも帝国だけでもできないことだ。それを彼は、もう一度双方で力を合わせてやり遂げようとしているのだ。
 だからフレンも本気で答えた。今の段階では無理と言うしかないことだが、それでも。
 空に輝いていた凛々の明星にかわり星喰みを退け、世界を変えてしまった彼ならば、本当にやってしまうかもしれない。
「……そうだな。その時は騎士団の全力を持って協力させてもらう。約束するよ」
 それならフレンの答えは一つしかなかった。
 ユーリはその答えに満足そうに頷くと、来た時と同じように窓枠に足をかけ、そこから外へ抜け出そうとする。
「待ってくれ、ユーリ」
「ん?」
「帰る前にもう一度だけ……抱き締めさせてくれないか」

 少しの間待つと、ユーリが窓にかけていた足を下ろした。

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あとがき。

フレユリには『相互片思い』という言葉がよく似合うなー。本当は相思相愛のはずなのにどこかすれ違うの。
そんな妄想ばかりしてはニヤニヤしてますよ、はい。
というわけで、第一章はユーリの決意とフレユリ告白編。次回から第二章になります。