Novel
不破の騎士-CRYSTAL WALL- 1
──カプワ・ノール
「ユーリ〜!」
「うおっ、と」
街の入り口すぐを右に曲がり、この街で拠点としている港に一番近い宿屋へと向かおうとしたところで、ユーリは胴のあたりに向かってくる殺気じみた気配を感じ、ひょいと横にステップする。
気配はそのフェイントには騙されなかった。直前で急ブレーキをかけながら軌道を修正すると、今度こそユーリの腰にしがみつく。
勢いの殺された突進だったため、なんとかバランスを崩さずに済んだ。ユーリが下を向くと、黒い海賊帽で見えなかった金色のおさげ髪がふわりと舞って、突進してきた気配の主が顔を上げる。
「久しぶりなのじゃ!」
「パティ? 確かトリムで待ってるって言ってなかった?」
凛々の明星の他のメンバーは一連の様子を生温かく見守っていたわけなのだが、思わぬ再会を果たした少女を見ると僅かに驚きを見せる。
パティ、と呼ばれた少女が自分に声をかけたカロルの方をくるりと向く。歳のわりに含蓄のある目で(もっとも、彼女の場合は見た目どおりの年齢ではないというのもあるのだが)自信満々に答えた。
「そうなんじゃが、みんなうちが恋しいじゃろうと思っての、こっちまで迎えに来たのじゃ!」
「そうだったのか、ありがとな」
「ユーリ〜、再会のキスなのじゃ」
唇を突き出すパティの頭をぽんと叩くと、トレードマークの海賊帽を目深にずり下ろす。
「あう」
視界を塞がれたパティはユーリから少し離れ、そのまま少しの間ふらふらとよろめいたが、やがて帽子を元に戻すとまたユーリのところへ駆け戻ってくる。
「ユーリは照れ屋なのじゃ……それじゃ、さっそく出発するかの」
何事もなかったかのようにパティが意気揚々と港へ向かって歩き出す。
パティ・フルールは、登録されている、ギルドとしての“凛々の明星”の正式なメンバーではなかったが、星喰みの事件(そう、『事件』だ。まだ世界は続いている)の後も何かと行動を共にすることが多かった。
メンバーの切り込み隊長などとあだ名のついているユーリが彼女のお気に入りであるのも理由の一つではあったが、何だかんだ言って、あの旅の仲間達は、今でも交流や協力が続いているのだ。
ギルドという枠にとらわれない、彼ららしい関係といってもいいだろう。
「あらパティ、私には挨拶してくれないのかしら?」
颯爽と港へ向かうパティの後姿をジュディスが呼び止める。
「ワンッ」
そしてラピードのひと吠え。パティが無視できるわけもなく、少女の体が歩いているポーズのままぎぎぎっと180度回転し、先程と同じような歩調で戻ってくる。
「ジュディ姐、意地悪なのじゃ……もちろんジュディ姐もカロルもラピードも、また会えて嬉しいのじゃ!」
「お前ら大げさだろ……この間会ったばっかりじゃねえか」
「細かいことは気にしたらいかんのじゃ! 会えなかった時間の長さは関係ないのじゃ。また会えたということそのものが嬉しいんじゃからの」
先程ユーリにしたように、今度はジュディスに抱きつくパティ。なんでもない光景を肩をすくめて見守るのが、今も昔も変わらない仲間内でのユーリのポジションだ。
一通り『感動の再会』とやらを堪能した後、パティが先頭に立ち改めて一行は港へと足を進めた。
ここに係留してあるフィエルティア号に乗りノール港から直接船を出し、ダングレスト近くの入り江まで向かう寸法だ。
それまで一行は、船の上で到着を待つことだけが仕事となる──要するに、暇だ。何か起きない限りは、何もすることがない。
その暇な時間を利用して、ユーリはいまだ自分ひとりの考えでしかない計画を、ギルドの仲間に話すことにした。
「街道ぉっ!?」
「ああ」
カロルの驚いた声が波に消えていく。ユーリは驚かれるくらいは予想していたためか何でもないことのようにただ頷いたが、次に「あれっ」という顔をした首領の様子を見て、ふと腰をかがめた。
「どうした?」
「っていうか、街道って……あるよね?」
「今あるやつだけじゃ駄目だ。煉瓦で整備して、あとは街灯、中継点に宿場を作って……それを管理する仕組みも必要だな」
「でも……」
カロルの反応は芳しいものではない。それは当然だ。
街道作りの事業の提案は、いまだユーリの思いつきの域を出ない。そんな計画に、いくらギルドの仲間とはいえやはりすぐにも乗ることはできないらしい。
「他の大陸には、街道では渡れないのじゃ」
船縁にいたはずのパティがいつの間にか近くまで来ていた。船室の扉近くにもたれかかっていたジュディスも含めて、四人と一匹は甲板に輪を作る。
「そこは定期船を運行すればいい。新しくヒピオニアへの海路も開いて、オルニオンの近くに港町を作るのもいいかもな」
「なんか、話が壮大すぎない?」
「うむ……うちももちろん協力したいのはやまやまなのじゃが、全部をいっぺんには無理なのじゃ」
「分かってるよ。何もオレ達だけでやろうってわけじゃない」
一度言葉を切り、ユーリはみんなをぐるりと見回した。現在四人と一匹。他の仲間を入れてもあと四人。これだけの大事業を行うには、あまりにも少なすぎる。
「えっと……みんなでやるってこと?」
「でも他のギルドは他なりに色々とあるでしょうし、専門外のギルドだってあるわ。私達が発起人になるとしても、とても人手が足りないと思うのだけれど?」
「帝国の手も借りればいいだろ」
「そ、そんなことできるの……?」
「オルニオンの時だってできたんだ。やれねえことはねえだろ。第一、やる前から諦めんのは嫌だしな」
ジュディスの鋭い指摘に、僅かだがほころんでいたカロルの表情が再び渋いものになった。だがユーリはこともなげに答える。
元よりスムーズに事が進むなどと、思っていない。
「それに、オレ達だけでできなくても、跡を継いでやってくれる奴は必ず現れる。何年かかっても、オレはやり遂げる」
「うむうむ。千里の道も一歩から、オール一本でも、漕ぎ続ければ必ず陸地にたどり着くのじゃ」
「じゃあ……?」
「グッピーの群れのように、皆の力を一つにまとめるのじゃ!」
そんなユーリの思惑にいち早く気づいたのがパティだった。彼女は小さい体をうんと伸ばすと、拳を振り上げて叫ぶ。
「それにしても、そこまででっかいことを企んでおるとは〜、さすがはうちの見込んだ漢なのじゃ」
勢いのまま、パティは再び船縁へと走っていく。何があっても協力を惜しまないという、彼女の決意が滲み出ていた。
そしてカロルが食事の準備のために船室へと消えていった、その少し後。
「凄いわね、あなた。頼まれもしないのにそんな一大事業を、しかも独断でやってしまおうなんて」
「褒め言葉として受け取っとくぜ。で、一人で興味なさそうにしてるジュディはどうなんだ?」
「私? もちろん協力するわ。ひとりはギルドのために……でしょ」
「ワォンッ!」
微笑む二人に、ラピードが追従する。
航海は希望に満ちていた。根拠の無い自信とやる気に溢れていた。
その頃帝国を覆っていた暗雲とは逆に。
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あとがき。
今回から第二章に入ったわけなんですが……『不破』でも『騎士』でもねえってツッコミはやめてよね(笑)
次は帝国側のターンなので、『騎士』は出てきますから!……多分。
ユーリはフレンがいなくてもそこそこ出来る子。いたらもっと頑張れるけど、そんなことのためにフレンの手を煩わせない良く出来た嫁です(嫁?)