Novel

不破の騎士-CRYSTAL WALL- 2

「話は分かりました。しかし、すぐに実行に移すのは難しいでしょう」
 ユーリがなにやら壮大な構想と共に帝都を出発してからしばらく後、ユニオンを通してギルド側からの正式な書状が現皇帝ヨーデルのもとへ届けられた。
 厳密な検閲を終えた書状を読み終わるとすぐに、彼はそう答えた。

 ヨーデルの正式な返答だ。フレンは騎士団を預かる者として、その時謁見を許されていた。伏せていた頭を上げると、ヨーデルはいつもと変わらぬ柔和な表情をしていた。
 出来るならば力になりたい、そう言いたげな顔。隣に立つ副帝エステリーゼも同様だ。
「陛下、では……?」
「焦らないでください。私としても、これはとても魅力的な提案だと思います。ただ、現状では問題が多すぎるのです」
「……存じております」

 ユーリ・ローウェルが提案した街道作りという一大事業。当然、雇用の増加や各地方間の交流の活発化など、メリットはある。
 だが事が大きすぎる。事業が決まれば労働力として駆り出されるであろう騎士団や、それらを動かすことになるフレンにとっても、そう簡単に派遣できる状態ではないのはよく分かっていた。
 何しろ先のアレクセイの反乱や、魔導器のなくなったこの世界のために、騎士団はいまだ人材不足なのだ。この上街道整備事業に割ける人手はない。

「おそらく評議会も、この件について何か動きを見せるでしょう」
「評議会が?」
「はい。何人か、この計画に積極的な姿勢の者がいるようです。ですが……そこが問題なのです」
 ヨーデルの表情が僅かに翳った。
「一体、何が……?」
「簡単に言ってしまえば、派閥争いです」
「派閥争い、ですか?」
「評議員の中に、この事業のスポンサーを買って出ようとする者が複数いるのですが、彼らは皆、事業によって得られる利権などを独占しようとしているようなのです。あわよくば、ギルドをタダ働きさせて、自分たちは利益だけを得ようと……」
「そんな……」
 エステルの目が悲しげに伏せられる。
 星喰みの浄化と魔導器の消失、福音と試練が同時に訪れたこの世界では、何よりみんなで力を合わせることが大事だとエステルはあの旅を通して学んだ。
 それなのに、脅威が去った今また、自らの利益を追い求めることだけを考える者たちが存在するのだ。そのことを思うと彼女の心は痛む。
 そんな彼女を一瞥すると、ヨーデルはゆるりと首を振り、続けた。
「そういうわけで、評議会は現在、睨み合いが続いている状態です」
「それで派閥争い、なんですね……」
「ええ……だからといって、彼らの協力が得られなければ事業を動かすことも難しい。評議会を運営する貴族たちは、帝国の財政を担っているといっても過言ではありませんから」
「でも、オルニオンの時は、うまく行ったじゃないですか?」
「あの時とは、事業の規模が違います。街一つ分と全世界を繋ぐ街道とでは……オルニオンは、ギルドの方たちが資金や資材、人材を自発的に集めてくれましたが、今回は既に評議会に話が回ってしまっていますから」
「……何にせよ、話し合いが必要ですね」
「ええ」
 頷き、再びフレンに視線を向ける。
「聞いての通りです。フレン、あなたは先にダングレストへと向かってください。書状に返事もしなければなりませんし、そろそろ定時の派遣の時期でしょう。私も後から向かいます」
「はっ」
 短く返すと、フレンはそのまま退室を命じられ、彼はその足でさっそく出立の準備に向かった。

「あの、ヨーデル。私も……」
 フレンが出て行った扉を名残惜しそうに見つめながら、エステルがおずおずと口を開く。だがこの甘いわりに意外とやり手な皇帝は、笑みを絶やさぬまま彼女の言葉を遮った。
「エステリーゼ。あなたには、他にやってもらいたいことがあります」
「やってもらいたいこと、です?」
「評議会はこの件に前向きな姿勢の者も多いですが、それを表立って公表する可能性は、おそらく低いでしょう。発起人がいちギルドの構成員、しかも元騎士で、帝都を出てから成功した方ですから。面子の問題でもあるのでしょうね」
「では、私にやってもらいたいことというのは?」
「彼らを計画に協力するよう説得してほしいのです。評議員の誰でもいい、誰かを『言いだしっぺ』にするんです」
 ヨーデルの計画はこうだ。
 皇帝自身が動くのではなく、副帝を名代として遣わすことにより、帝国側の立場が上だと評議会に思わせる。
 それによりいくらか腰の軽くなった議員のうちの誰かに打診し、金を出させる準備を整える。そうして、ユーリの発案を実行できるまでこぎつけるのだ。
「帝国側……評議会の指揮をあなたが採るんです。評議会はいまだにあなたの力を見くびっています。ですが、そこをつけば逆に彼らを御しやすい……」
「私に、できるでしょうか……」
「大丈夫ですよ。それに、エステリーゼは彼に協力したいのでしょう?」
 不安そうなエステルを励ますようにヨーデルは微笑んでみせた。だがその表情には、何やら悪戯めいたものが伺える。
 それで気づいた。事業の責任者になれば、ギルドの者たちと顔を合わせる大義名分ができる。これはヨーデルなりのサービスなのだとエステルは悟り、彼の言葉を承諾した。


 それから数時間後。出発が決まったその日のうちに遠出の準備を済ませて、フレンが城内に戻ってきた時には、帝都はもう夜になっていた。
 彼がよく出入りに使っている自室の窓からなんとはなしに見上げた星空。つい探してしまうおとぎ話の星を見ようとして、ふと気づく。

「……ああ、そうか。もう無いんだ」

 千年もの間、伝説としてテルカ・リュミレースの空を守ってきた星“凛々の明星”。それはザウデの陥落とともに消え去りその役目を終えてしまった。
 かの星に代わり、星喰みを退けた知られざる英雄は、この地上でどことも無く生きている。
「ユーリ……」
 夜空にあるたくさんの星。そのうちの一つが見えなくなっただけでなぜこんなにも寂しいと感じるのだろうか。凛々の明星はザウデの人工衛星──本物の星ではなかったというのに。
 会いたい。
 やはり間違いなく、自分はあの星に彼を見て、重ねていたのだ。
「……会いたいよ、ユーリ」
 この空の下のどこかで、彼もこうしているのだろうか。こんな弱音を吐いている自分を、彼が見たら何と言うだろうか。
 少しでもユーリと何かを共有している実感が欲しくて、フレンはしばらく空を見上げていた。

---

あとがき。

殿下→陛下にランクアップした彼の台詞は何かちょっと難しいんだぜ…!
しかし、初めてフレン側からのユーリへの心理描写(?)的なものを書いた気がする。真面目に。
本編中、離れて行動してた時はもうホント、一言でいって「I miss you」だったんでしょうね……!