Novel

陛下を怒らせてしまいました。

 きっかけは些細なことだった。
 だが確実に、完全に、これ以上ないってくらいに怒らせてしまった。

 アルは両手のひらを胸の前で合わせながら、主人でもある薄紅の髪を揺らして前を歩く少女を追った。
「なぁ、姫さん……悪かったって」
「……」
「ホントに! この通り!」
「…………」
「ごめん! すまん! 申し訳ありませんっ!!」
「……ふぅ」
 溜息をついて、主人──ピアニィが振り向く。形のいい眉を吊り上げ、頬をぷぅっとふくらませている様子はそれはそれで可愛らしい。だがアルは必死だった。なんとか機嫌を直してもらいたい、いつものようなほやーんとした笑顔に戻って欲しい。その一心で、
「何でもする! だから許し……」
「……もぅ、怒ってませんよ」
「え?」
 恐る恐る顔を上げる。ピアニィの顔からは怒りの表情は消えていた。かわりに花がほころぶような微笑みが零れて、それがアルに近づいてくる。
「姫さん……」
 ピアニィの細い腕がアルの手を下ろし、そっと絡まる。二の腕に何やら柔らかいものが当たった。
「アル」
「な、何だ?」
 小さな唇から発せられる甘い声。自分の名前をここまで可憐に発音されたことに少々驚きながら、アルはピアニィに視線を合わせた。
 そこにはやはり、花のような笑顔の少女がそっと囁くように──

「……ちょっと、14へ行きましょうか?」

(殺されるッ!!)

 小柄な少女からはありえないほどの恐怖と殺意を感じ取り、アルは全力でそこから逃げ出そうとした……が、ピアニィの細い腕はアルがどれだけ力を込めようとも、決して振りほどけることはなかった──


出展:フェリタニア怪談集・ゲームブック女王 民明書房刊

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あとがき。

※14へ行け…ゲームブック用語で『死ね』の意味。
小説版のアルって、やたらと陛下に夢見てるような感じがしますが、
当サイトではそれらすべてをぶち壊しにします(笑)