Novel

期待値勝負の罠

「アル! どこに行くんですか?」
「げっ……」
 夜も更けてきた頃、ピアニィはこっそりと城を出て行こうとするアルの姿を見つけて呼び止めた。
 彼女は小脇にルールブックとマスタースクリーンを挟んでいる。これからフェリタニア恒例『徹夜でTRPG』の時間なのだ。
 そのためにアルを呼びに来たのが幸いして、こうして彼が城を抜け出そうとするのを見つけることができたのだ。
「悪い、姫さん。今日はちょっと用事が……」
「ええーっ、今日は成長点が溜まったから上級クラスにクラスチェンジする予定なのに!」
「ああ、だからそれは悪かったって……」
「あたしのセッションより優先する用事なんですかっ!?」
 胸の前で手を組み、上目遣いになって詰め寄るピアニィに、アルは一瞬言葉に詰まる。

 自分のもともとの目的を果たすための用事とTRPGセッションのどちらが大事かといえば、心情的にはTRPGセッションと言いたいところであったが、実際はそういうわけにはいかない。
 しばし考えた後、アルは懐から『あるもの』を取り出した。
「じゃあ、勝負して決めよう」
「勝負?」
 ピアニィが首を傾げる。ただしその一瞬、彼女の目がぎらりと光ったのは錯覚ではない。明らかにやる気だ。アルはそっちに持っていかないように改めて言い直す。
「勝負って言っても、別にホントに戦うわけじゃねえぞ。そうだな……ダイスで勝負って言うのはどうだ?」
「構いませんけど……で、ルールは?」
 戸惑いつつも、あっさりとピアニィは食いついてきた。さすがだ……とアルが感心する間もなく、すぐさまルールの確認をしようとするところがピアニィのピアニィたるゆえんだろう。アルは頷くと、ルールの説明を始めた──そう、まるで『あらかじめ決めておいたかのように』。
「これを二つ振って、10回中1回でも7の目が出たら姫さんの勝ちだ」
「え……?」
 途端に意外そうな顔になるピアニィ。アルが仕掛けた勝負にしては甘すぎるのだ。
 2d振って7が出る確率は6分の1。単純に考えても、6回振れば1回は7が出る。
「それって……ずいぶんあたしに有利じゃありません?」
「そんなもんはやってみなきゃ分からねえだろ?」
 ピアニィの疑問に何でもないことのように答えるアルに、ああ、と彼女は確信した。アルは負けてくれようとしているのだ、と。自分の用事よりも、あたし(とのTRPGセッション)を優先させてくれるつもりなのだ──と。
「分かりました。その勝負、受けますっ!」
 ピアニィが笑顔で言い、アルは彼女にダイスを二つ、手渡した。
 フェリタニアでの、心暖まる日常の一コマだった。ピアニィの手に、アルから渡された『木製のダイス』の感触が伝わるまでは。

 その直後、アルの視界が絶対零度の閃光に染まった。


「……で? 今度は何をしたんだ?」
「コレだよ畜生っ!?」
 ああまたか、といった風のナヴァールに、ボロボロになったアルが木製のダイスを見せる。
「まさか姫さんが知ってるとは……」
「ははは、『あの』陛下が、カタンダイスを知らぬはずがないだろう」
「うう……」
 ナヴァールの乾いた笑い声が、再びアルの心に深く傷を抉っていく。

 もちろん、あの後戦闘不能状態から回復したアルは、ピアニィにみっちりと付き合わされ徹夜セッションをやったのだった。
 そして翌日のこの時、己の迂闊さを呪いながら、アルは今度こそその場にぶっ倒れた。

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あとがき。

※カタンダイス…『カタンの開拓者たち』というボードゲーム付属の木製ダイス。期待値(7の目)が出ないことで有名。
ダイスネタ第二弾です(笑)陛下なら知ってるかなぁと思いつつやってみました。
知らなかったらどうしよう。王子や社長は知ってるだろうけど……