Novel

5分で命名! フェリタニア式苦手克服術

「アル〜」
「うぉおおわぁぁぁぁぁっ!?」

 昼下がり。にこやかに騎士を呼ぶ女王の声に、その騎士──アルはあからさまに驚いた声をあげ、両手で顔をガードしながら思い切りバックステップで飛び退った。
「……そこまで、驚かなくても……」
「わ、分かったからその手に持ってるものを近づけないでくれっ!? あと、肩に乗ってるふさふさしたドラゴンもっ!!」
 相変わらず両腕いっぱいで顔を覆い、がたがたと震えているアルに、ピアニィは少々切なくなりながらも溜息で返した。
 彼女の腕の中には、生まれたての可愛らしい仔犬が一匹、きゅーんとおさまっている。
「可愛い仔犬が生まれたから、アルにも教えようと思って来たのに……そんなことじゃ、この先の戦いが思いやられますよ?」
「た、戦いは関係ねえだろっ!?」
 自らの肩にちょこんと乗っているルミナスドラゴンの幼生体を振り返っては双方頷いてみせる。女王とその使い魔の(多分本人たちにしか分からないであろう)やり取りにも、アルは震えながら叫んで返した。
 だが女王は引き下がらなかった。
 つま先にぐっと力を込め、体を前にのめらせてはアルに詰め寄る。つられてアルが一歩下がると、またずずいっと一歩、近づく。

 しばらく攻防は続き、やがてアルが壁に追い詰められたところでピアニィはこう断言した。
「関係ならあります。敵部隊の召喚士たちが、アルに一斉にファミリアアタックをかけてきたらどうするんですか? 普通なら可愛いだけですけどアルの場合物理的だけじゃなく精神的ダメージまで来るじゃないですか!」
 言われてアルは思わず、戦場で一斉に自分に飛び掛ってくるふわふわもこもこした仔犬軍団を思い浮かべていた。
 異様というか、シュールな光景である。好きな人にはたまらない環境だろう。だがアルにとっては地獄に等しい光景だ。想像しただけで、アルの背筋はピアニィの魔術の直撃を食らったかのように凍りついた。
「勘弁してくれ……!」
 気付けばアルは、その場にしゃがみ込み、身を縮めていた。よほど恐ろしかったのだろう。

 しかし女王はそれを許さなかった。
 仔犬を抱っこしたまましゃがみ込み、アルと視線を合わせると満面の笑みを浮かべる。
「だ・か・ら! 今のうちに慣れちゃえばいいんです! この子とってもおとなしいんですよ? ほらっ!」
「うわぁっ!!」
 ひょいと鼻先につきつけられたつぶらな瞳。次の瞬間アルは足をもつれさせ、尻餅をついていた。ピアニィの肩のドラゴンが、呆れたかのように溜息を漏らす。
 そしてピアニィの方はというと、
「というわけで、この子の名前、アルがつけてあげてください! それで仲良くなりましょうっ!」
「無茶言うなーっ!?」
「早く早く! 5分以内につけてくださいよ? じゃないと大変なことになります!」
 力の限り抵抗しようとしたが、すぐ目の前にもふもふのわんこを突きつけられているため普段の能力が発揮できない。やはり尻餅をついた体勢のまま、硬直して──

 と、

 ぺろり

 ふと鼻の頭にざらついた感触がした。認めたくない。認識したくない。だが恐怖に見開かれたアルの瞳は『それ』をはっきりと見てしまっていた。
 仔犬がアルの鼻を舐めたのだ。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」

 どさり。
 そんな音とともに、アルはバーランド宮の渡り廊下に倒れ伏した。
「1分経過ですよ〜?」
 命名を急かすピアニィの声が、むなしく響いた。


「……あ、気がつきました?」
「はっ?」
 目を覚ますと、そこは再び渡り廊下。心配そうに覗き込むピアニィも先程となんら変わりない。よく見ると、肩に乗っていたドラゴンも、抱きかかえていた仔犬も、そこにはいない。
「ごめんなさい、アル。ちょっと、荒療治でしたね」
「いや……ちょっとどころじゃねえっていうか……」
 額を押さえながら起き上がる。あたりを見回してみてももふもふのかけらも無い。どうやらこの女王が気を遣ってくれたらしい。
「まあ、苦手なもんはおいおい……少しずつ克服させていってくれ……」
「はい」
 頷くピアニィに、ふとアルは気を失う直前のことを思い出す。そういえば、5分以内に名前を決めろ、とか何とか。
「そういえば、さっきの犬、結局名前どうなったんだ?」
「ああ、アルが気絶してからとっくに5分経っちゃいましたから……」

 そこでピアニィは、再びふわりと微笑んで。

「5分で決められなかったので、あの子は『地獄極楽丸』に決定です!」
「はぁっ!?」
「とっても喜んでましたよ、地獄極楽丸。ねっ?」
 後ろを振り返って同意を求めるように笑いかける彼女の視線の先には、ちょうど死角になってそれまで見えなかった生まれたての仔犬(命名・地獄極楽丸)の姿が──

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 絶叫して思い切り仰け反るアル。彼の背後には先程追い詰められた壁。
 後頭部に激しい衝撃を受け、再びアルの意識は遠くなっていった。

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あとがき。

※地獄極楽丸…天羅万象において5分以内にPCの名前を決められないとこうなる。テラガンの場合はジョン・ドウ。
犬嫌いネタでした。アルピィというか、『地獄極楽丸×アル』のような気がしないでもない!(笑)
もふもふ軍団ファミリアアタックを食らってみたい奴は挙手しなさい。私も食らいたいです!