Novel

女王という偶像に恋をした。

 竜輝石戦争も終わりを見せたある日のこと。
 アル・イーズデイルはまたも自国を離れ、大陸のどこかを彷徨っていた。もうそうする必要はなくなったはずなのだが、まあ彼にもいろいろあるのだ。
 大陸が平和になれば、自分のような取り立てられただけのお飾り騎士はいらなくなるかもしれない。そうなったらまた旅をするのも悪くない。
 そうぼんやりと考えていたことは確かなのだが、アルの脳裏にはもうひとつ、離れがたいものが存在した。
「姫さん……今頃どうしてっかな」
 無意識に呟いた言葉に驚いて照れることすらしない。それほどアルの心の中ではピアニィの存在が自然なものになっているのだ。
「まあ、今考えても仕方ないか」
 軽く笑って、ノルウィッチへと続く山道を再び上ろうとしたその時である。

「……アル!」
「!?」
 アルの視界に、ピンクと赤の何かが飛び込んできた。
「ひ、姫さん!?」
 それはアルの胸にためらいなく抱きつくと腰に手を回しぎゅっと抱きしめてきた。至近距離でアルを見上げる澄んだエメラルドグリーンも、可愛らしくも殺意に満ちた表情も、すべてが先程アルが思い浮かべていた少女であった。
「な、なんでこんなところに……」
「アルに会いたくて、ここまで来ちゃったんです」
「え……」
 はにかんだピアニィに、そこでようやくアルは戸惑いの表情を浮かべた。
 果たして一国の女王がこんな山道を護衛もつけずほいほいと歩いているものだろうか。いや、護衛ならばアルがすればいいだけの話だし、そもそも彼女との出会いはレイウォール王宮の地下牢だ。今更山道に出没したとしても何もおかしくはないのかもしれない。
 だが。
 アルの頭の中に、ふと違和感が浮かぶ。
「なあ、姫さん……ここまで一人で来たのか?」
「え? ええ……だって、誰にも邪魔されたくなかったんです」
「そっか。俺がいない間のフェリタニアはどうなってる? ナヴァールの旦那やベネットは?」
「そんなこと、今は関係ないじゃないですか。せっかく二人きりになれたのに」
「そういうわけにいかねえだろ」
 さすがに焦り、アルはピアニィから離れようとした。だがピアニィの方は体をぴたりとアルにくっつけたまま、離れる気配はない。
 いや、むしろ爪先立ちで先程よりも顔を近づけ、潤んだ瞳でアルの目をじっと見つめている。
「だって会いたかったんです。アルがいないと寂しいです……」
「だからって……」
「アル、あたし本当は……アルさえいてくれれば、国のことなんてどうだって……!」
「お前誰だ?」
「え……?」
 ぎらり。
 抱きついていた腕は力任せに振りほどかれ、神速の動きでピアニィの喉元に剣先が突きつけられていた。彼女を見るアルの表情も、それまでのものとは全く違う。

 “敵”を見る目だ。

「誰って……あたし、ピアニィですよ」
「俺の知ってる姫さんは、戦闘狂でバトルジャンキーでウォーモンガーで」
「そ、それ全部同じ意味……」
「TRPG大好きだし殺意は高いし人のこと役に立つ戦力くらいにしか思っててくれてなくて!」
 言葉に熱がこもる。剣を握る手にも力が入り、切っ先がピアニィの白い首につぷりと傷をつけた。
「何より国のことを一番大事に考えてる奴なんだよ! それを放っぽってこんな所にのこのこ出てくるような奴じゃない!」
 ここへ来てようやく、彼女は自分がピアニィだと偽るのをやめた。
「…………ばれちゃ、しょうがありませんね」
 くすり、と偽ピアニィが微笑む。その次の瞬間、彼女はアルから大きく距離を取り、呪文の詠唱を始めていた。
「アル・イーズデイル、死んでもらいます」
「はっ、最初からそうしとけっての。手間かけさせやがって」
「あなたにピアニィの姿をしたものが斬れますか?」
「馬鹿にすんなよ?」
 特に驚いた風でもなく、アルは二本目の剣を引き抜く。その瞳には、ピアニィを騙った少女に対しての怒りだけではない、何か熱いものが宿っていた。
 片目に青く光る紋章が浮かび上がる。口角を少し引上げ、
「それに、姫さんとは、一度本気でやりあってみたかったんだ」

 アルとピアニィの本質は同じである。
 戦闘には手を抜かない。それが大切な人の姿をした者であっても。きっとピアニィだって、アルの姿をした刺客が現れても同じようにするに違いない。

 勝負はあまりにもあっさりとついた。
「なんだ、本物には遠く及ばねえな」
 ピアニィはもっと強い。倒れ伏した偽ピアニィを見下ろし、アルは期待外れだと言いたげに溜息をついた。



「……そんなことがあったんですか」
「ああ。姫さんは今や大陸一の有名人だしな。気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます、アル」

 ノルウィッチに戻ったアルは、今回のことを早速ピアニィに報告した。彼女を騙るバルムンク・ノヴァらしき存在のことを。
 彼の女王からのお言葉は、お約束の「自分も戦ってみたかった」との感想と、見事偽物と見抜いたアルへの感謝と喜び。
「よく分かりましたね、その子が偽物だって」
「当たり前だろ? 俺が姫さんを見間違うわけないって」
「アル……」
 おそらく無意識になんの計算もなく出てきたであろうアルの言葉に、ピアニィは頬を染める。その様子を不思議そうに見てから、アルはこう続けた。
「だいたい一国の女王がなんであんな山道にいるっていう……まあ、その可能性は姫さんならあるかもしれないとはちょっと思ったけど」
「な、何ですかそれっ!?」
「それに、本当の姫さんなら、俺なんかと国を秤にかけるわけがない」
「…………!」
 それまで冗談を言い合っていたのに、ピアニィの表情はそこで急激に凍りついた。
 うまく言葉が続かない。しかしアルはそれには気づかず、まるで笑い話のように手を振って見せる。
「もしそこで俺を選ぶような奴だったら、俺は今ここでこうしてないからな」
「アル……あの、あたし」
「おっと、もうこんな時間か。悪いな姫さん、時間とらせちまって」
「あ……」

 ピアニィが引き留める間もなく、アルは部屋を出て行った。名残惜しげに伸ばした手を、ピアニィはきゅっと握りしめる。
「アル……」
 そう呟いた彼女の横顔は暗い。表情に浮かんでいるのは一言で言うなら罪悪感。
「あたし本当は……」
 刺客として現れた偽ピアニィは、意図せず本物の思考までも真似ていた。

「本当はあたしだって、アルさえいてくれれば……」

 その先はどうしても口にすることができなかった。
 本当の気持ちを知られてしまえば、アルはきっと、フェリタニアから──ピアニィから、離れて行ってしまう。
 幻滅されたくない。アルの理想で居続けたい。だから彼女は、アルのためにアルの理想の女王で居続けなければならないのだ。

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あとがき。

とりあえず、偽ピアニィとリージュ(@ゲッタウェイ)は関係ないです、たぶん(笑)
アルからの矢印が分かりづらいけど、このアルピィは両片思いの関係なんですよ?
でもアルは殺意女王やってるピアニィが好きなので、世界よりアルが大事な陛下とはすれ違っちゃってるのです。ふふふ。

アル「ピアニィはこんなこと言わない」
ピアニィ「え、言いますよ?」
GM(…………言うのかよ)

こんなイメージ(笑)