Novel

KAWATANA SWITCH

 一度離れた唇を、名残惜しいと、離し難いと、そう言いたげに手が伸ばされた。
「まだ、欲しい……のか?」
 吐息混じりに、覆い被さった方が言う。言葉の端がどもりがちなのは、おそらく照れのせい。
「……欲しいですよ」
 一方の、覆い被さられた方。こちらはやや憮然として、それでも熱を帯びた視線はそらすこともなく、すっぱりと言い切る。

 だがこの時、覆い被さられた方──すなわちトラン=セプターは、生まれて初めてと言ってもいいほどの焦りに頭を支配されていた。
 原因は、覆い被さったクリスの首筋に向けて伸ばされた、自らの手であった。少し汗ばんだクリスの肌は、トランの手のひらを通して彼の熱を送ってくる。
 だがそれだけではない。
 引き寄せて、もう一度口付けるために伸ばしたはずのその手のひらに、異様な感触が刻まれているのだ。

 それは小指の先サイズの、ポチッとした感覚だった。
 トランの手のひらに、それが三つ、微妙な距離で触れている。

 どう考えても、それは『ボタン』だった。

(押してぇぇーーーーー!!)

 脳内で叫ぶ。
 力を込めてクリスの首元を引いてしまえば、「つい、うっかり」で済ませられるほどの状態に、現在置かれている。

 よし、押そう。

 そうと決まればトランの行動は素早く、そして的確だった。
 手のひらの位置を少しだけずらし、指の腹に『ボタン』が来るようにすると、思い切り引き寄せる──ふりをして、一番上についているボタンを押した。
 一瞬、びくりとクリスの肩が震える。

(……おや? 別段変わった様子は……)
 訝しげにクリスを見上げる。トランに応えようとしているのだろう、自らの手のひらをトランの頬に押し当て、ゆっくりと顔を近付ける。
「……トラン」
 掠れ気味に呟くと、真っ直ぐにトランを見つめる。

 この時点で、トランは気付くべきだった。
 クリスの言動から、先刻までの『照れ』が全く消え失せていることに。

 なるべく体重をかけないように、慎重にクリスの体が降りてくる。
「今まで、立場上こんなことは口が裂けても言えなかったが……」
「……?」
 真摯に注がれるクリスの視線にはて、と目を細める。
 次の瞬間出てきたのは、こんなシチュエーションでは今まで一度も聞いたことのないような、とろけるような声と言葉だった。
「お前が……好きだよ、トラン」
「…………」

 一瞬ぽかんとして、トランは黙り込む。
 信じられないものを見た、といった表情で。
 しばらくそのままだったが、やがて気の抜けたような返事をかえした。
「……はあ、そうですか」
「何だその反応の薄さは!」
「そう言われましても……何の罠ですか、リアクション取りづらいですよ」
 クリスは憤りの声を上げたが、無理もないことだ。
 同衾するようになってだいぶ経つが、こんな甘ったるい睦言の類がクリスの口から出たことはないのだ。というか、告白すらままならない間柄だったはずだ。
 もしかしたらトランに対してだけで、相手が違えば言うことも変わるのかもしれない可能性はあったが、少なくとも、トランは聞いたことがない。
 つまりは、こんな爛れた関係にある二人の間には、出てこないはずの言葉で。

「本当のことだぞ。お前は、どうなんだ……」
 トランの疑問と戸惑いをよそに、クリスは今度は耳元で囁き始める。少し顔を上げて、視線だけは、トランの顔に向けながら。
「どうなんだ。俺のことを少しでも好いてくれてると……」
「じゃなきゃ、こんなことしないでしょうっ。全くこれだから……、っ」
 お決まりのセリフを言う前に、唇を塞がれる。
(絶対おかしい……)
 舌を吸われて朦朧としながらも、何とかそれだけ心の中で言う。

 普段軽口を叩き合うばかりの相手からいきなり熱烈に口説かれて、いかな人工生命体といえど、照れないわけがない。
 そのせいか、手が、滑った。
 ぽちっ。
 気がついた時には、そんな間の抜けた音と共に、トランの指は二番目のボタンを押していた。

 クリスの動きが一瞬止まる。やがておもむろに頭を離すと俯いて見せ──……

「……だから俺の魂のロックを聴けぇぇーーーーーっ!!」
「ええええええええええー!?」

 トランの驚きの声も聞こえないのか、彼は跳ねるように起き上がると、ベッドの上に立った。
 当然、コトに及んでいた最中のことだ。クリスは(トランもだが)一糸纏わぬ姿だった。
 慌てて上半身を起こし、必死に押しとどめようとする。
「く、クリス、落ち着いて! とりあえず全裸でエアギターはまずいですっ! あなたそれじゃただの変態ですよっ!?」
「何っ、変態!? 変態は許しませんよ!」
 と、クリスの目がギラリと光った。何故だか真剣な表情で、起き上がったトランに詰め寄る。

「そんなことより、おにぎりではなくおむすびです! 宇宙の真理がそう告げているのです! 両者の違いは情熱の赤! それが俺のジャスティス……はっ!?」
 一体何の電波を受信したのか、おかしいことを垂れ流していたクリスの口がやっと止まる。  同時に、不可思議な挙動をしていたのも止まった。

「わ、私は今何をっ!?」
「……元に戻ったようですね」
 思わず安堵の溜息が漏れた。
 どうやら一定時間経つと効果は切れるらしい。クリスは周りをきょろきょろと見回しながら、妙にシリアスな声を出し、自身に何が起こったのか必死に思い出そうとしている。

 そんなクリスをよそに、トランは頭の中で冷静に今までの状況を組み立てていた。
 先程からおあずけを食らっているはずの体も今は放っておく。
(つまり、一番上のボタンを押すとくさくてかっこいいセリフを垂れ流すようになり、二番目のボタンを押すと頭の悪い電波発言をするようになる……)
 思案して、次に思考が向かうのは、当然ながら三番目の、アレ。自然と視線はクリスの首の辺りに集中する。
(と、いうことは……三番目のボタンを押すと……?)

 そろそろと、気付かれないように三たび手をクリスの首に持っていく。
 が、その腕は触れる前に、再びトランに覆い被さるように伏したクリスの手によって掴まれる。

「首は駄目だ、押すな!」
 彼は何やら非常に焦った様子だった。
(ボタンがあったら押したくなるのが人情でしょう!)
 内心そう毒づきながらも、トランはもっともらしい理由で切り抜けようとする。
「つかまっていないと不安定なんですが……」
「それでも駄目だ! つかまるんなら背中にしてくれ」
「……分かりましたよ」
 渋々、クリスの誘導に従い彼の背中に手を伸ばす。

「……と見せかけてもらったぁー!!」
「!!」

 するり、と抜いたトランの手がクリスの首元目掛けて迫り来る。が、彼はそれを避けようともせず。

「《プロテクション》っ!」
「何ぃ!?」

 短く唱えると、目に見えない不思議な力場が発生し、トランの手を弾いた。

「ちっ……」
「ふ、ふふふふふふ……」
 小さく舌打ちをしてみせるトランに、クリスはプロテクションを発動した体勢のまま、笑い声を上げ始めた。
「っていうか突き指したっ……痛……って、クリス?」
 さすがに不安になってきたのか、様子をうかがうように見上げる。そこで、油断した。

「これ以上押される前に……」
「今度は何ですか……ってちょっ……!」
 低く言うと、クリスは人差し指を突き出したままのトランの手首を取り、シーツに縫い留める。
「押そうなんて考える前に、お前をヘロヘロのメロメロのトロトロにして気を失わせてやる……っ」
 彼は真剣だった。一方のトランはたまったもんではない。
 抵抗する間もなく、深くベッドに沈められ。


「ちょ、っと待……!」


 数十分後。


「……わ、わたしはもう駄目です……っ」
「勝、った……!」

 掠れた声で先にダウンしたのは、やはりと言うか何と言うかトランの方。
 ガッツポーズをしながら、続けてクリスがその横にぐらりと倒れこむ。

 やがてどちらからともなく、静かな寝息が夜のしじまに流れ出し……た所で、ぴくりと動く、影。

「ふ……甘いですよクリス。いかにわたしの体力を奪おうと、知的好奇心に勝るものなどない……」
 影はトランだった。
 フラフラの状態から起き上がり、息を乱して、隣で眠るクリスの首元を確認する。
 これが本当の『寝首を掻く』というやつか……などと考えながら、金の髪をかき分け、ボタンを探り当てる。

「そーれ、ぽちっとな」
 ついに、禁断のボタンが押されてしまった。そして──……


 翌日。

「クリスさん、おはようございます! ……って、あれ? トランさんはまだ寝てるんですか?」
「さあ……私が起きた時にはまだ寝ていましたが」
「そうなんですか、珍しいですね……トランさんが寝坊なんて」
「何を言うんですか。アイツは悪党ですからね、夜更かし朝寝坊くらい日常茶飯事です」
「なるほどぉ、そうなんですか〜」
「…………」

 もっともらしいクリスの言葉に頷いてみせるノエル。それに口をはさめず見守るエイプリル。
 この時トランの身に何が起こっていたのか……それはこの先、決して語られることはない。

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あとがき(?)

ま た 中 の 人 ネ タ か よ ! ? という苦情は受け付けません(笑)
トランがヘロヘロのメロメロのトロトロになった過程はご想像にお任せします。
それと三番目のスイッチで何が起こったのかも。
まあ私としては最強攻めスイッチが入って明け方までy(ボルテクスアタック)うわーだめだー

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おまけ

クリス「ぴっぴろぴっぴろぴっぴろぴ♪」←二番目のボタンを押した
ノエル「ぽっぽこぷー」←素

トラン「駄目だこいつら……早く何とかしないと(月のあの表情で)」