Novel
KAWATANA SWITCH その後
二人の夜。
まるでそうすることが当然であるかのように伸ばされたクリスの手を、トランはべしっと払いのける。
「……何だ、嫌ならそうと……」
「そうすることにやぶさかではありません、が」
少し残念そうに払いのけられた手をさするクリスの言葉も制し、トランはくるりと彼に向き直った。
「その前にひとつ、聞きたいことがあります」
「聞きたい、こと?」
はて何かあっただろうかと首を捻るクリス。トランはかまわず続けた。
「この間のことですが」
「この間って?」
「あなたの首の……」
「ボタンのことは忘れろっ!?」
「忘れられるか、あんなもん!?」
平静を装っていたトランだったが、ここまできてその仮面は剥がされる。更けかけた夜空に大きく物音が響いた──トランが椅子を大きく蹴り飛ばして立ち上がった音だ。
「と、とにかく」
こめかみをピキピキ言わせながら、何とかトランは落ち着こうと努めた。というか、そうしないとトラウマとなって蘇ってきそうだったから。
クリスの首についていた三つのボタン。あれに触れる恐怖をこの世界でただ一人知る人物、それが彼だ。
「……まあ、一万歩譲ってボタン自体については言及しないことにしましょう」
派手に倒れた椅子を直して、その脇に立つ。怪訝な表情で見つめてくるクリスに指を突きつけた。
「他に何か?」
「ありますとも。一つだけ聞き捨てならない台詞が!」
が、ここまで言うとトランは急に口ごもる。
「……その」
「?」
微妙に目をそらす。やはり何のことだか分かっていないクリスの視線が痛い。
このままこれを言っていいものか……僅かな逡巡の後、トランはやはり話すことにした。
「わたしが、好き……だと」
「うっ」
瞬間、クリスは妙なポーズのまま固まった。
ピキーンという効果音まで聞こえてきそうな感じだ。
おそらく一瞬だったのだろうが、やけに長く感じられた。体内時計の機能が不調なのだろうか? とトランは思ったが、どうやらそうではないらしい。
ややあって、クリスが躊躇いがちに頷く。
「……あー、ええと、その。うん」
「それじゃ分かりませんって」
「嘘じゃ……ないぞ」
「っ……」
そう言って見つめてくるクリスの瞳は真剣そのもの。腹を決めるとこの男はこっぱずかしいセリフをおくびにも出さずに言うことは、トランだってよく知っている。
だからこれは本当のことなのだろう。
証拠の言葉が、今、まさに。
「好きなのは、本当だ」
今度はトランが照れる番だった。
「……? どうした?」
口に手を当て黙り込むトランを覗き込むようにして見る。
「い、いえ。何でもありません。というか、今ので納得いきました。やっと心が体に追い付いたということですし」
「そーいえば、そう、だよなぁ……」
「というかあの時は、わたしが答えようとしたのをあなたが無理矢理」
「あーあー聞こえなーい」
耳を塞ぐクリスの腕を引く。もちろん力ではクリスには敵わないから、手をどかすことはできなかったが、しばしそうやってじゃれ合っていた。
が、ふとクリスは腕の力を緩めた。
その反動で、トランの体は後ろにぐらりと揺れる。
背後にはベッド。
押し倒されるな、とトランが思った時には、既に遅く。
衝撃は思ったよりも軽かった。
ベッドに倒れ込む直前にクリスがトランの腰に手を回して支えていたためだ。どこか心もとない浮遊感と共に、トランは仰向けに寝転がっていた。
「答えを……言った方がいいでしょうか」
「分かりきってるが……聞きたい」
シーツとトランの背の間に手を入れたままの体勢。そのためクリスの顔が近い。こんなに接近したことは……何度もあるはずなのだが、妙に気恥ずかしい。
だからそのままにはせず、少し顔の位置をずらしてクリスの耳元に口を寄せる。
クリスにしか聞こえない声で、クリスだけが望む答えを、トランはそっと囁いた。
『CLEVER SWITCH』へ続く……?
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あとがき(?)
先に謝っておきます。どうもスイマセン! サーセン!
どうもキリのいいところで『いい話』で終わってしまったので、いったん切ってみました。
思えばここで終わっておけばよかったのだ……!