Novel

X-DAY

 クリスマスである。
 聖なる祭りであるはずのその夜、神官のはずの彼は当然、彼の信仰する宗教にのっとった厳かな夜を……過ごそうとは、していなかった。

「トラン! クリスマスの予定なのだがっ!」
「はぁ?」
 彼は俗世に染まりきったイベントの一環として、この聖なる夜を恋人と過ごそうとしていた。
 恋人──トランは彼のその張り切った言葉に眉を顰めると、心底馬鹿にした口調で返した。
「なんでわたしが神殿のイベントに現を抜かさなきゃならんのですか」
 もっともな言葉だった。

 トラン=セプターは、悪の秘密結社ダイナストカバルの人造人間である!
 何の因果か、敵対する神殿に属する者であるクリスと恋仲になってしまってはいるが、そこだけは揺るがない彼のアイデンティティ。そんな彼が、クリスマスなどというものに興味を示すはずがない。
 いや、それよりも幹部である彼ならばむしろこのクリスマス商戦を利用して小金を稼いだりするのに忙しくて自分が楽しむどころの話ではない。

 だが、ここでクリスはひとつ勘違いをしていた。
「いや、そういう話ではなく……」
 やや恥ずかしそうに頬をかきながら、言いにくそうに何事かをもごもごと呟いている。だが意を決し、真剣な表情で話し始めた。
「神殿の行事に参加しろと言っているわけではない。その……俺と、二人で」

 彼が言葉を紡げたのはそこまでだった。

「カップル……ボ・ク・メ・ツぅぅぅぅぅぅっ!!」

 瞬間、二人の背後に強烈な殺気を感じ、クリスは振り向いた。咄嗟に身をそらすと、そこを黒い衝撃波が通り抜ける。
「な、何だ、なんだぁっ!?」
 衝撃が収まると、そこには人影があった。突然の展開にクリスはついて行けず、慌てふためいたままそちらを見遣ると、影はゆるりと立ち上がる。

 およそ普通の"ヒト(ヒューリン)"とは思えなかった。彼の皮膚は茶色い毛に包まれていて、鼻は赤く、二本の角が生えていて、ファー付の赤いコートとお揃いの赤い三角帽子をかぶっている。だが赤いその衣装は、所々どす黒く変色していてとても不気味だった。
 言葉を失ったクリスの横から、普段と同じ冷静な声でトランが言う。
「我がダイナストカバルの怪人、その名も『テンタクロース』です」
「てんたくろーすぅぅっ!?」
「サンタクロースとトナカイを掛け合わせてみました、シーズン限定品です。ちなみに、彼の台詞の後には(C.V.田中天)とつけることをお勧めします」
「んなことは聞いてないっ! なんでこんな変態がここにいるんだっ! せっかくのクリスマスなのに!」
「何言ってるんですか、クリスマスだからに決まってるじゃないですか」
「意味分からんわっ! 大体だな……!」
 怪しい眼光を放つテンタクロース(C.V.田中天)を放って、クリスはトランの両肩をがしりと掴む。やれやれまた神殿がどうの聖なる夜がどうののお説教だろうとトランは舐めてかかった。
「大体、クリスマスっていうのは……」
 ほらやっぱり。軽くため息をついてから、思いっきり馬鹿にしてやろうとトランは次の言葉を待った。
「クリスマスというのは、統計によれば一年に一番多くのカップルがセックスする日なんだっ!!」

 沈黙。

 すがすがしく言い切ったクリスの表情には一点の曇りもなかった。一番上のかっこいい台詞をさらさら垂れ流すボタンを押した時のような真面目な表情だ。
 トランは無言で指をぱちんと鳴らした。

「クリスマスにいちゃつくカップルは……カップルはぁぁぁぁぁぁっ!!」

 0,1秒後、そんな咆哮と共に、クリスは謎の衝撃波を背中から食らってぶっ倒れた。
 地に倒れ伏すクリスの目に最後に映ったのは、勝ち誇った表情のトナカイ男(C.V.田中天)と、腕組みした格好で蔑んだ表情のトランであった。
 さらにその周りには、顛末を見物していた街の人たち。トランが腕を解いて周囲に手を振ると、わっと歓声が湧き起こる。
 だがいい見世物になった、と思ったのもつかの間だった。見物客の中には、クリスマスを目前にこの一時期だけ増殖する、たくさんのカップルの姿があったのだ。
 そのうちの一組に目標を定めると、テンタクロース(C.V.田中天)が大きく跳躍する!

「アンタに彼のナニが分かるって言うのよォォォォォォ!!」

 直後、その場は阿鼻叫喚と化した。
 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う人々、大暴れのテンタクロース(C.V.田中天)と高笑いするトラン、そして倒れ伏したままのクリス。
「ふははははは! 今年もダイナストカバルは、クリスマスを寂しく過ごす毒男の味方です!」
 それを聞いたのを最後に、クリスの意識は急速に刈り取られて──


「……す……クリス」
「はっ!?」
 かわりに自分を優しく揺り動かす温かい手のひらの感触にクリスは目を覚ました。
 そこは街中ではなく、四角い机の上に布団をひいた悪魔の暖房器具の中である。そこに座って、毛布を肩にかけ、どうやら自分はうたた寝をしていたらしい。
 声のした方を振り向くと、自分の方に手を伸ばしたまま微笑むトランがいた。
「風邪引きますよ」
「あれ、お前……えーと、いや、そうだな」
 表情と同じ優しげな声に、ようやく意識が覚醒してくる。

 夢だったのだ。全てに納得してクリスは突っ伏していた体を起こした。そうだ、この現実ならばトランとも現実的なクリスマスの話ができるはずだ。
「なあ、トラン」
「はい?」
 それでもなぜだか消えない不安とともに。確認を取るように、クリスはゆっくりと尋ねた。
「クリスマスとは、何をする日だか知っているか?」
「当たり前じゃないですか」
 すぐに馬鹿にしているのか、とでも言いたげな声が返ってきた。
 トランはにこりと微笑んで続けた。

「いちゃつくカップルどもをぶちのめし、寂しい毒男に夢と希望を与えて我が組織に引きずり込む、絶好のチャンスです」
「…………へ?」

 一瞬噛み砕けなかった答えと、同時に何故か背後から感じたどす黒いオーラを感じて、クリスは硬直した。


 Endless Nightmare...

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あとがき。

書いちゃったぜトンデモクリスマス(?)ー!
ARA世界にクリスマスは無いだろうと思ったのですが、まあきくたけ作品だし(笑)
もうちょっと某しっとマスクっぽさを出したかったのは秘密。

おまけ(?)

おいシャバ憎、クリスマスメッセージってことでなんか喋れや。
トラン「あ゛ぁ!?(青筋ビキビキ)」
誠にあたたかいコメント、ありがとうございました。(やりたかったんじゃ、やりたかったんじゃよー!)