Novel

UGN忘年会

 今日ではないいつか。
 ここではないどこか。

 七村紫帆の賢者の石が異常を見せ、そのためUGN鳴島市支部が緊急事態に陥っていたその日。
 同じ組織であるUGNの秋葉原支部、通称『喫茶ゆにばーさる』にて、UGN主催の忘年会が行われていた。
「ではみなさん、人との絆、ロイスを確かめ合うことと、UGNのますますの発展を願って……乾杯!」
「かんぱーいっ!!」
 霧谷の音頭により、参加者がめいめいにグラスを合わせる。
 UGNは世界規模の組織だ。ゆえに、全員を集めての忘年会ともなると巨大になりすぎる。そのため、メンバーを小分けにして同じ日時に別々の場所で開催されるのだ。各員は、参加しやすそうな場所に行くことになる。
 もっとも、メイド喫茶という形態のこの秋葉原支部会場は、日本支部長直々の参加ということも手伝って、他の支部以上の盛り上がりを見せていたのだが。
 乾杯から数分と経ってもいないのに、会場は予想以上の賑わいに包まれていた。
 普段は任務などで離れている知り合いと再会し、話に花を咲かせるものもあれば、自前のギターを持ち込んでアピールしようとするもそのことごとくをあっさりスルーされてへこむもの、さらに壇上では空手パフォーマンスまではじまる始末。
 一歩間違えれば大惨事である。

 そしてそんな大賑わいから少し離れた角の席の一つに、高崎隼人と藤崎弦一は並んで座っていた。
 隼人は半分ほどになったオレンジジュースの入ったコップを、藤崎は氷だけになったブランデーグラスをそれぞれに持って、目の前で繰り広げられている宴会芸を黙って見つめている。
 そこだけは、周りの騒ぎも届かない静けさを保っているように感じられた。いや、実際は全然そんなことなくてうるさいのだが。
 それでも、ちゃんと耳を集中させていれば、互いの話し声は聞こえるだろうという、微妙な距離間の中。

 からん、と音を立ててグラスの中の氷が融けたのが合図であるかのように、藤崎は口を開いた。
「意外だったな」
「何が」
 小さな声だった。隼人はちらりと隣を見遣る。座っている男が動く気配はなかった。ただ、静かに続けるのみ。
「君はこういう催しが好きなのかと思っていたが」
 藤崎の声には普段よりも若干の暖かみがあった。酒のせいだろうか、それとも宴席だからだろうか。どちらにしても、隼人が自分を置いてさっさと宴に加わるだろうと思っていたその予想が外れたことに驚いているのだとは分かった。
 手元のオレンジジュースをぐい、と飲み干して、テーブルに置く。
「まあ、最初から本気を出して、後半でバテたらまずいからな」
「まずい?」
 やっとこっち向いた──怪訝そうに短く聞き返してきた藤崎と目を合わせて(といっても相変わらずミラーシェードで目を隠しているのだが)隼人は頷く。
「俺の本領は、この次のカラオケ大会だからな」
 自信たっぷりに隼人が言うのを聞くと、藤崎は視線を壁に張られた進行表に向ける。なるほどそこには確かに、『飛び入り参加上等・カラオケ大会』と書かれいてた。店内に機材まで持ち込んで、である。
 無表情のまま視線を隼人に戻す。
「歌が得意なのか」
「まあな。前の学校じゃ『平成の尾崎豊』と呼ばれたこともある」
 淡々とした藤崎の質問にはやはり自信たっぷりに答えて、隼人は腕を組む。そしてテーブルの上に足を乗せる。
 行儀が悪い、と諌めようとしたが、今夜は無礼講と言うことなので、藤崎は何も言わないことにした。

「ではこれより、『飛び入り参加上等・カラオケ大会』を行いますー! 歌いたい方は、早めにステージの方へ……はにゃぁっ!」
 司会進行役を任されていた秋葉原支部長、薬王寺結希が毎度のドジっ子ぶりを発揮すると、会場内の至る所から笑い声が漏れる。
 よしここからが俺の出番だとばかりに隼人が立ち上がった。そのまま藤崎の方を見もしないでステージに一直線に向かおうとしていた彼には、その瞬間当の藤崎が何をするのか全く見えてはいなかった。

「うおっ!?」
 席から一歩踏み出そうとした所で、隼人の体は大きく前につんのめった。たたらを踏んで何とかとどまるが、どうしてか、そこから先へ進めない。
「何すんだよ」
 後ろから腕を引っ張られる感覚があった。先ほど転びかけた原因は間違いなくこれだ。
 隼人は振り返り、原因──自らの腕を掴んで引きとどめている藤崎を睨みつけた。
 藤崎は既にグラスを置いていた。そして特に詫びるでも行動の説明をするでもなく、静かに言う。
「ところで」
「……何だよ」
 うんざりと隼人は返した。一体何だというのだ。半眼で続きを促す。
「熱唱中の表情は、性交時絶頂を迎えた時の表情と同じだそうだが」
「っ!?」
 隼人は目を見開いた。頬が熱い。一気に赤面したのだろう、と頭の中の冷静な部分が告げている。
 藤崎は声色も表情もいつも通りだ。特に冗談を言っているようにも聞こえなかったし、彼がそんな冗談を言うような人間ではないことは隼人も知っているつもりだったので、おそらく彼の言っているのは本当なのだろう。
 そのことを、まさに今カラオケで熱唱しようと意気込んでいた隼人に言うことの意味が取れないが。

 ただそのおかげで、カラオケ大会に参加しようとしていた隼人の足は止まったまま。もしかしてこれが目的なのかと思い始めたところで、執事姿にお盆を持った日本支部長が二人の前にやって来た。
「……おや? 隼人君、歌わないんですか? カラオケやるって張り切っていましたが……」
「悪いが、これで退散させてもらう。一人置いていくのも不安なので、彼も連れて帰るぞ」
「ふざけん……もごっ!?」
 藤崎が立ち上がり、反論しようとする隼人の口を背後に回って塞ぐ。あきらかに隼人の意思を無視した行為なのだが、霧谷はそれを咎めることもなく、二人を交互に見遣った後頷いてみせた。
「そうですか……まだ始まったばかりなのに、残念ですね」
「出られたら、新年会には顔を出そう。ではな」
「お気をつけて」
 そのまま羽交い絞めにされたかたちで店を出る。
 笑顔で手を振る霧谷の姿が、その日隼人が見た忘年会の最後の、そしてもっとも強く残った印象だった。


「ったく! 勝手だぜアンタ。せっかく俺の美声を披露しようと思ってたのに……」
 夜の秋葉原は人通りが全くといっていいほどない。
 誰もいない帰り道を、隼人は歩き出そうとせず、藤崎に向かってはぶつぶつと文句を言っている。
 それに対する藤崎の返答は冷静なものだった。
「そして『アノ顔』を皆の前に晒すのか?」
「うっ……」
 固まる隼人に、先に足を進めていた藤崎が戻ってきてその手を捕まえる。抵抗する間もなく腕の中にとらわれて、少しかがんだ藤崎の口元が、隼人の耳のすぐ横にきて。
「そんなに歌いたいなら、帰ってから思う存分歌え。……ベッドの上でな」
(それは歌じゃねえ……!)

 そのままほとんど引きずられるようにして、二人は帰っていった。
 今年が終わるまで、あと──……

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あとがき。
アライブにでミナリが忘年会のことを言っていたので、忘年会です。
場所はみんな大好き喫茶ゆにば。でも忘年会自体はほとんど描写してませんが。
そして藤崎隼人は帰ってやり納めするといいよ。年が開けたらすぐに姫始めすればいいよ(笑)