Novel

プレゼント・フォーユー

 柊蓮司はそわそわしていた。
 自宅のリビングにあるソファに座り、どこか落ち着かない様子で視線をさまよわせている。
 テーブルの上には綺麗にラッピングの施された箱。中から甘い匂いが漂ってきている。その横には純銀製のティーセット。おおよそ中流家庭のマンションには似つかわしくない装飾の施された、推定超高級品が二人分、揃えられていた。

(……なんで)

 それらをぼうっと見て、柊は嘆息する。
 家族はいない。全員外出中だ。今日が何の日か忘れたわけではあるまいに、いや、今日が何の日か覚えているからこそ、だろうか。
 高校も(無事に)卒業した、対外的にはフリーターの息子の誕生日を、わざわざ家で祝うことも無いと、多分、そう思われている。

(だからって、なんで!?)

 柊の頬はうっすらと赤く染まっていた。
 現在の柊家の状況を一言で言うならば──『家族が気をきかせた』。
 その証拠に、薄い壁の向こうからは、流れる水の音と機嫌の良さそうな女の鼻歌が聞こえている。

(だいたい、なんでっ!?)

 耐え切れず、ついに柊は立ち上がった。
 ずかずかと風呂場に向かい、今のこの状況を作り出している張本人に文句の一つでも言ってやろうとドアノブに手をかけた、その瞬間だった。
「柊さーん、ドライヤー、どこにあります?」
「んげっ!?」
 ドアは向こう側から開けられ、中からバスタオル一枚に包まれた銀髪の少女が顔を覗かせる。
 温かい湯気に混じってふわりと漂ってきた、ケーキとは違う甘い香りに、それまでうっすらと色付く程度だった柊の顔が、途端に真っ赤になった。

(なんで、俺んちで風呂入るんだよーっ!?)

 ご近所迷惑も考慮した手前、おおっぴらに叫ぶわけにはいかなかった。
 柊家のバスルームにいた少女は、何を隠そうこの世界の守護者アンゼロットであった。

「柊さん、ドライヤー」
「あ、ああもう、洗面台の戸棚の上だよっ!」
「届きませんわ。柊さん、取ってください」
「わ、分かった! 分かったから服着ろよっ!?」
 中から袖を引っ張られ、柊は脱衣所に半身入り込ませた格好になる。微妙に視線をアンゼロットから外しながらだったため、動きが至極ぎこちない。
「大丈夫です、下に水着着てますから」
「どこまで用意いいんだよお前は……」
 にっこりと笑うアンゼロット。それはそれで少しがっかりする柊だったが、なんとかドライヤーを引っ張り出しアンゼロットに押し付けるように渡すと、脇目も振らずにリビングまで逃げ出して行った。
「あ、柊さーん? わたくしが行くまでに、紅茶とケーキの用意、しておいてくださいねー」
「…………はぁ」
 ドライヤーの音に紛れて聞こえてきた声に、柊は再び嘆息した。


「ったく……なんで自分の誕生日に人の分まで準備しなきゃいけねーんだよ……」
 愚痴りながらも、手は動かす。結局アンゼロットの言葉に逆らえず、柊はケーキ皿を並べ紅茶を淹れる準備をしていた。
 ティーカップを温めるための湯を入れて戻ると、洗い髪をさらした少女が既に席についていた。
「あら、このわたくしが直々に、誕生日を祝って差し上げるのですよ? それくらいはやって当然ですわ」
「まあいいけどよ……」
 アンゼロットは既にいつもの服に着替え、いつもの笑顔で、カップを持つ柊の手元を見ていた。乾かしきれていない髪が頬にぺたりと貼り付いて、幼い外見ともあいまってそれが妙な色香を醸し出している。
 柊は雑念を追い払うように頭を振り、お湯を捨てて紅茶を淹れようと、お徳用インスタント紅茶缶に手を伸ばし──
「まあ! 柊さん!? 何ですかそのお茶は!」
「は?」
 横合いから伸びてきた小さな手に阻まれた。
「ティーバックならまだしも、インスタントの粉の紅茶なんて! いくら一般家庭とはいえ、手を抜きすぎです! せっかくのお誕生日が泣きますわよっ!?」
 アンゼロットは凄い剣幕でまくし立てた。これにはさすがに柊も呆れてしまった。
 人の家の事情まで口出してくんな、紅茶なんて飲めればいい。そう反論しようとしたその時だった。
「もう、柊さんには任せておけません。お茶はわたくしが淹れますから、ケーキを取り分けてください」
「ちょ、おい……」
 そう言って柊の手からカップを取り上げようとする。柊は一瞬、嫌な予感に背筋を震わせた。
 が。
「心配しなくても、何も下げませんよ。今日はせっかくの年齢が『上がる』日なんですから」
「なんか引っかかる言い方だが……まあ、いいか」
 読まれていた。アンゼロットの答えに、渋々柊はカップを手渡した。

 二人だけの、誕生日。
 隣に座ったアンゼロットからカップを差し出され、それを一口含む。紅茶は甘味も酸味も押さえ気味で、どこか優しい味がした。
「おめでとうございます、柊さん」
「アンゼロット……その……あ、ありがとな」
 普段の彼女の態度のせいか、それとも彼本来の性格からか、お礼を言うのにも柊はぶっきらぼうだ。
 だがそれでも、アンゼロットは満足したようだった。ちらりと横目で見た彼女は、とても嬉しそうに微笑んでいた。
 柊が、ついうっかり普段の彼女の振る舞いを忘れて可憐な乙女だと感じてしまうくらいに。
「それで、プレゼントなのですが……」
「ああ、別に期待はしてねえよ。今日一日、平穏無事に過ごせたってだけで十分だ」
「いえ、そうではなく……」
「ん?」
 思わず振り返る。アンゼロットは一瞬だけ、心苦しそうな表情を作ったのち、顔を上げた。浮かんでいたのはいつもの、まさしくいつもの、柊が『悪魔』だと評する微笑み。
「プレゼント代わりといっては何ですが、さっそく次の任務に……」
「絶っっっっ対、お断りだっ!?」
 カップを持ったまま、柊は立ち上がった。だがたとえ怒鳴ってみても、この女は揺らがない。
 アンゼロットは口元を手で隠し鈴を鳴らすように笑った。
「……ふふっ、もちろん冗談ですよ?」
「お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ……」
 ソファに座り直す。冷めた紅茶を飲み干すと、みたび深い溜息が吐き出された。それにしても先程から妙に体が熱い。叫んだからだろうか。
 と、そこまで考えて、柊はふと体の横に自分以外の体重を感じた。重くはない、だが熱くて柔らかい。
「……アンゼロット?」
 体重の正体はすぐに分かった。アンゼロットがもたれかかっているのだ。
「おい……どうした?」
 テーブルの上には、二人分だけ切り取られたホールケーキの残り、二人分の食器、飲み干された二つのティーカップ。
「柊さん……プレゼントはね……」
 ぞわり。甘い声に背中が総毛立つ。普段なら何やってんだ頭でも打ったのかと笑い流せるはずの状況、言葉。
 だが今、自覚した。アンゼロットの言うプレゼントの意味を理解した。そのせいか、柊の手は自然と彼女の背に回される。
「プレゼントは……」
「皆まで言うな」
 アンゼロットの細い肩を抱き寄せ、自分の方に向ける。彼女の恥らう表情は珍しいものである。本来アンゼロットがこんな風に大胆になるなんてことはなかった。おそらく、柊の誕生日だからと無理をしているのだ。
「プレゼント、ありがたく受け取るよ」
「柊さ……んっ」
 まっすぐにアンゼロットを見つめ、真剣に答える。安心したような、喜んでいるような、瞳を潤ませて微笑む彼女が自分の名を最後まで呼ぶ前に、柊はその唇をそっと塞いだ。

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あとがき。

王子&柊さん、誕生日おめでとうございます! 私からのプレゼントはこのSSです!(激しくいらねえ)
ソファが好きです(何)。ベッドほど寝心地はよくない、床よりは柔らかい、落ちると危険。
え? 柊のフラグスルー能力はどうしたって? 私は柊アンゼ萌えだからいいんだよ!