Novel

Was yea ra melenas en yanje yanje eterne pitod yor...

 庭に出ようとすると、その方向から歌声が聞こえたような気がして、一瞬アルはその足を引っ込めた。
 この城の主、彼の仕える女王の歌声は、なぜか近くにいる動物を惹きつける不思議な力を持っている。犬などの小さくてもふもふしたものが極端に苦手なアルは、そんな場所に出ることを嫌って庭に行くのを躊躇したのだ。
 だがよく聴いてみると、声はピアニィの高く澄んだものではなく、もっと低くて落ち着いたものだった。
 しかも、それまで小動物を警戒していたはずのアルの心を一瞬にして解きほぐし、もっと聴きたい、もっと近づきたい、と無意識に思わせるほどの。
 おそらく『歌声に惹かれる』とはこういうことなのだ。ピアニィが動物たちにやっていることを、この歌声の主はアルに向けてやっている。そうとしか思えないような声。
 気付けばアルは、なるべく邪魔をしないように歌声に近づこうと歩き出していた。

「おや……聴いていたのか、アル」
 さくり、と芝生を踏む音を遮って、歌声の主は背中を向けたままアルに呼びかける。よく分かったな、と答える前に彼──ナヴァールが再び口を開く。
「足音で分かる。それより……どうかしたのか? 随分驚いているようだが」
 振り返ったナヴァールの目はいつものように閉じられていた。見てないくせに何ていう洞察力だ、と心の中で思ってから、特に用事もなかったことを思い出す。
「いや……その、意外と歌うまいんだな」
 誤魔化すように出てきた言葉は、素直な感想だった。先程驚いているようだと彼に言われたのもそのためだ。まさかナヴァールが歌を嗜むとは思っていなかった。
 そのことをおそらく本人も自覚しているのだろう。ナヴァールは少し眉尻を下げ、照れたような表情を作る。
「私は陛下のようにちゃんとした音楽を習ったわけではないよ。昔、村で聞きかじったものをなんとなく、だ」
「でも、いい歌だと思うぜ。俺、歌は全然だけど、それでもあんたがうまいのは分かる」
 落ち着く声だ。そう言ってアルは芝の上に腰を下ろす。
 今言ったことは本心だった。ナヴァールの歌は優しくて落ち着く、彼そのものをあらわしているかのような歌声。まるで子守歌のようだ。

 褒められて悪い気はしないのか、心なしかナヴァールが得意気なように見えた。座り込んだアルの傍らにしゃがみ込み、やけに楽しそうな笑顔で顔を近づける。
「時に、アル。先程の歌……どんな歌か知っているか?」
「は? いや……知らねえけど」
 アルは首を傾げた。実際のところ、はっきりした歌詞を聞き取れたわけではないし、ナヴァールが歌っていたのは現在のアルディオンでは使われていない言葉で作られたもののように思えたのだ。
 そして、アルのその推測は当たっていたようだった。
「この歌は古い言葉でそのまま伝えられていてな、詳しい内容は不明なのだ」
「そうなのか?」
「だから少し調べてみたのだが……どんな歌だったと思う?」
「さあ……子守歌、とかじゃねえのか?」
「……違うな」
 じゃあ何だよ、と問うより先に、隣に腰を下ろしたナヴァールがまた小さく歌い始めた。すぐそばの木の枝に止まる小鳥にすら聞こえない、アルにしか聞こえない、小さな小さな歌声。
 それがとても心地良い。子守歌でないとしたら一体何の歌なのだろう。考えているうちにアルの瞼が重くなってきた。支えようという意思の無くなった頭がナヴァールの肩に降りていく。
 そんなアルのすっかり警戒という言葉を忘れてしまったかの様子に、ナヴァールはくすりと笑み、答えを耳元で言った。

「これはな……恋人を口説いてその気にさせる歌だ」
「っ!?」

 反射的にアルの頭がガバッと跳ね起きる。この一瞬で、彼の頬は沸き上がったかのように赤くなっている。
 よほどおかしかったのか、ナヴァールは笑いを抑えることもできないままに、とどめの一言を放った。
「効果覿面のようだな?」
「──う、うるせぇ……っ!?」
 相変わらず真っ赤な顔のまま返す反論の言葉には何の説得力も無い。この日結局、アルは『その気にさせられ』て、明日の朝日を見るまで放してはもらえなかったという。

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あとがき。

ナヴァールの『隠れた才能』ネタ。《ジョイフル・ジョイフル》だけしか取ってないということは、
つまりライフパスで取ったということで……つまり『実は歌がうまい』ということ!
タイトルに迷ったので、某造語をつけてみました。軍師様はこういう感じの歌を歌ったんじゃないかと思われます(笑)