Novel
スタイリッシュ・ロマンス
(まずい、死ぬ)
表情にはおくびにも出していなかったが、その時ナヴァールは心の中でそのフレーズを何度も繰り返していた。
「すまん、旦那……今それしか出せねえんだ……」
左手には、申し訳なさそうな顔をしつつも真剣に目の前のシートをチェックしているアルが。
「さあさあ、早くやるでやんすよ〜!」
右手には、何だかわくわくしたベネットが。
「どうしますか〜? 却下してもいいんですよ?」
そして正面に、にっこりと超笑顔を浮かべるピアニィが。
顔を引きつらせて、ナヴァールは先ほど心に浮かべた言葉を口に出した。
「し、死ぬ……死んでしまう」
「だから、迷ってる暇なんてねえだろ! これしか方法がねえんだっ!」
「そうでやんすよ〜、あっしも助けてあげたいのはやまやまでやんすが、こればっかりはどうにもならないでやんす」
慰めるかのような両側からの言葉も、今のナヴァールには何の効果もない。
再度、ナヴァールはその言葉を反芻した。
「死ぬ……っ、今ここでアルを口説かないと死んでしまうっ!!」
拳を机に叩きつけ、ナヴァールは視線を落とした。彼の眼前に投げ込まれた一枚のカードがそこにある。
カードには『No.35:ロマンス』と書かれてあった。
「いいからさっさとやれ! このままだとホントにブレイズトリガー足りなくて死んじまうだろうが!」
「そんなことは分かっている! だが……」
焦ったようなアルに叫び返して、顔を上げて真正面のピアニィに目を向ける。やはり相変わらずの(何だかちょっと怖い)笑顔で、顛末を見守っている。
「どうしますか〜? 破棄しますか?」
「い、いや、待ってください陛下……もとい、GM」
「んふふふふ〜」
現在、GMを務めているピアニィは、ゲームに関しては徹底的に真摯である。今もGMとしての役目──シナリオの展開、PC達の行動の裁定など──はきっちりとこなしている、はずだ。
だが、シチュエーションカードをプレイするという建前があるにしても、『アルを口説く』という行為が目の前で行われようとしていることに、彼女の嫉妬心が疼かないわけがないのだ。しかも、怒ったところで『ゲームだから』で済まされてしまう。
もちろん、仮にそこを問い詰められとしたらナヴァールには『ゲームですから』とはぐらかせる自信はあった。たとえ本当に、アルに対しての秘めた想いがあったとしても、だ。
そう、問題はそこではないのだ。
(口説かなければ確実に死んでしまう……しかし、口説いても『プレイOK』と言われるかどうかは分からない)
少し待ってもらう許可をいただき、ナヴァールは普段は軍事や作戦に使っている脳をゲームのためだけにフル回転させていた。
(そして一番の問題は、アルを口説いた瞬間に、問い詰められる間もなくプレイヤーの私が殺されかねないということだ)
そこまで瞬時に考えると、ナヴァールはキャラクターシートを確認する……ふりをして、そっと己の装備を確かめた。
常に纏っているローブは、戦闘時にも着用しているもの。もしもの時のために、懐には『生命の呪符』を忍ばせてある。そしてかたわらには、いつ何が起こってもいいように、陛下より賜った『ケセドの杖』──
(…………いける!)
ナヴァールは竜眼を見開き、シチュエーションカードを手に取った。
どうせ死ぬかもしれないのなら、口説かずに死ぬより口説いて死んだ方がいい。カードを持ったのとは別の手で、アルの顎を掬い取った。
「アル」
「おう、やっと腹括っ……!?」
アルの次の言葉は、ナヴァールの唇に飲み込まれていた。
瞬間、室内の空気が異様に冷えたのはおそらく気のせいではないだろう。たっぷりとアルの口の中を蹂躙してから、しれっとしてナヴァールは答えた。
「……ふぅ。そんなに『さあ口説け』と急かされては、さすがの私でも我慢はできないよ」
「なっ……あ、あれはっ、システム上の発言で……っ!?」
「というわけでGM、プレイしましたよ」
うろたえるアルをよそに、ナヴァールはピアニィに向き直る。たぶん彼の予想通りになっていた。
「ナヴァール……覚悟は、いいですか?」
冷気をまとったGMが、超笑顔でこちらを見ていた。
---
あとがき。
『セイント・アンガー』での社長の名(?)台詞ネタ。ナヴァアルというか、アル争奪戦になってしまいました。
アル受けに限っては、老若男女にモテモテが望ましい。特に老(笑)これで王子も大満足だね!
ちなみに、ケセド・プロテクションがあるので平気でした(笑)
※ガンメタル・ブレイズは、有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチの著作物です。