Novel

タクティクス・ロマンティック!

「ナヴァール!」

 軍師の執務室の扉が派手な音を立てて開かれる。
 顔を真っ赤に染めて、肩をいからせ、おそらく走ってきたのであろう息を上げて、ステラ・ヴェレンガリアが開いたドアに手をかけたまま寄りかかるように立っていた。
「おや、ステラではないか。どうした?」
「どうしたではないっ! お前は何とも思わないのかっ!!」
 かなりの爆音だったにも関わらず、ナヴァールは相変わらずの泰然とした態度のまま、椅子に腰掛けていた。まるでそよ風に気がついたかのように扉の方を向くと、宙に浮いた椅子がくるりと回り、ステラに向き合う。
 手には彼女(がお使いを頼んだマルセル)からの白羽扇を手に、首を傾げてみせる。
「何とも……とは?」
「私とお前が、その、こ、こ、恋……っ!」
「何だ、そのことか」
 ナヴァールは笑みを絶やさずなんでもないことのように言う。それがステラには我慢ならなかった。

 ステラがレイウォールから救出され、フェリタニアに降った時のことだ。
 ナヴァールは配下の密偵をレイウォールに放ち、こんな噂をばら撒いた。
 曰く、『フェリタニア王国軍師ナヴァールとレイウォール第一王女ステラは恋仲にあり、ステラがフェリタニアに駆け落ちした』のだと。
 それは真実ではなかった。

「何だではないっ! こ、このようなふざけた噂が立ってしまっては……」
「撤回して欲しい、と。残念ながらこの噂は既にレイウォール中に知れ渡ってしまった。今からあれは嘘でしたというのは骨だぞ」
「だが……っ!」
「まあ聞け、ステラ」
 椅子がすっとステラの傍まで動いてくる。いまだ激昂する彼女の肩をぽんぽんと叩くと、ナヴァールはふと表情を引き締めた。
「私とお前が恋仲だという噂のせいで、レイウォール軍の中には、明らかに私個人に対し恨みを募らせる者が多くいるという」
「そうだ、だからこそ、疑いを晴らし……」
「敵意が私に向けば、その分負担が軽くなり楽になる者もいる」
「それは、もしかして……」
 ステラはとんでもなく鈍い女だが、同時に賢い女でもあった。彼女は瞬時にその者の姿を思い浮かべる。
 大事な妹である女王ピアニィ。フェリタニアへと自分を迎え入れてくれたこの国の者達。そして妹のすぐ傍で彼女を守ってくれているのであろう、琥珀の瞳をした騎士……そのいずれにも、ステラはもうこれ以上負担や迷惑をかけたくはなかった。
 その中にはもちろんナヴァールだって入っている。だが、彼の意志は固い。おそらくは、自分をかくまったためにレイウォールから受ける恨みつらみの重責を、彼は一人で受け止めようというのだ。
自分と深い仲だから匿ったのだ、という嘘を貫き通すことで。
「……」
「分かってもらえたかな?」
 ナヴァールは押し黙ったステラに、赤子をあやすように問いかける。だが微笑まれてなお、ステラの表情は浮かないものだった。
「どうした?」
「だが、それではあまりにも、お前が」
「私が?」
「……っ、辛いだろうっ! 誤解を受けているのだぞ!?」
 一度頭を振って、ステラはナヴァールに食って掛かった。その瞳には怒りとは別に、悲しそうなものが見え隠れしている。
「ステラ……」
「知っているんだ、お前の想い人のことを……お前は、本当は私の……」

 視線が交錯する。ステラは次の句を言い出せなかった。
 恋仲だと勘違いされているこの二人が知るには辛い現実だろう。おそらくナヴァールには気付かれている、だがそれでも、ステラには言い出せなかった。

 二人の間に存在する、琥珀の瞳の騎士のことを。

 ナヴァールが嘆息し、ステラの肩をぽんぽんと叩いた。
「ステラ、疲れているだろう。今、何か飲み物を入れよう」
「……あ、ああ……」
 ここまで来てまだ兄弟子としての優しい表情を崩さないナヴァールに、もうステラは返す言葉を持たなかった。何を言っても、彼の策を覆すことはできないことが分かっていたからだ。


「本当は私の恋敵のくせに……どうしてお前は、そんなに優しいのだ……」
 ナヴァールが茶を入れに立った後、ステラはぽつりとそんなことを呟いていた。そこにあるのは、悲しみとか悔しさとか嫉妬とか、そんな色々な感情が複雑に入り混じったものだ。

 ナヴァールがあの騎士に想いを寄せていることは、フェリタニアに移った後すぐに分かった。
 それだけではない。この国の者達は大なり小なり、皆アルに好意を抱いていた。あのピアニィでさえ……生まれてからよりステラがずっと溺愛してきた最愛の妹さえも、アルを前にして、今までステラや兄にも見せたことの無い表情を見せるのだ。
 最初はそんな彼にやきもきしつつも、ナヴァールの想い人であるアル・イーズデイルに些細な嫉妬をしたこともあった。
 だが、そんな風に考えていたのは最初のうちだけだった。
 アルの人となりを近くで見ていて、ナヴァールが惚れるのも無理はない人物だと思いかけていた際に気付いたのだ。ステラは自分自身すらも、既にアルに惹かれてしまっているということを。
 そしてそんな自分の気持ちにうすうす気付いていながら、現在レイウォールに広まっている噂を払拭することをしないナヴァールの策は妥当なものであるとも考えてしまっている。
 レイウォールからの矛先をナヴァール一人に絞っていれば、ステラ自身が非難されることも、アルやピアニィ、フェリタニアの民に余計な被害が及ぶこともない。
 何より、今更あの噂を否定でもすれば、今度はナヴァールは『ステラをかどわかした挙句捨てた男』という烙印を押されてしまう。そして今度は、ステラの今の想い人であるアルにレイウォールの怒りは向くことだろう。

 そう、理屈は分かっている。それでも。
 どうしてあんなに余裕でいられる。どうして彼に誤解されることも厭わない。どうして──
「所詮私など、お前の足元にも及ばないということか……」
 お茶を待ちながら、敵わないな、とステラは肩を落とした。

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あとがき。

タクティクスガイドでのとんでも発言ネタでした。あの『恋仲』は、絶対ナヴァールが利用するためにわざとやってると思ってます(笑)
そんなわけで、ナヴァ←ステ……と見せかけて、ナヴァ→アル←ステ、でした!最初はステ→ナヴァ→アルだったのは秘密。
そしてフェリタニアは総アル萌えというこの事実。どうだ見たか、私のアル萌えを!(ちっとも凄くないよ)