Novel
Research:1〜紅い月、昇る時〜
四人がまず知覚したのは、けたたましい機械音。
「わ、あ、あれれ?」
眉根をきゅっと寄せて、ノエルは気の抜けたような声を発する。
随分長い間何かに流されていたような気がするのだが、足元も十分しっかりとしていた。ふらつくこともなく、ただこのやけに澱んだ空気と、人でごった返す熱気とに、頭を捻るばかり。
「ここは……どこだ?」
「おそらく、異世界だと見て間違いはなさそうだが……」
「待て、なんでお前はそう冷静なんだ」
「慌てても何ともなるまい。問題は……」
ここに至ってなお普段の調子を崩さないレントに、対するクリスのツッコミはあまり冴えない。
さすがにいきなり変な所に連れて来られたのなら、確かにそれが正しい反応だ。四人はあたりを見渡してみる。
「わぁあーっ!?」
すぐさまノエルの叫び声が響いた。
「どうした、ノエル!?」
「は、箱の中で絵が動いてます……っ!」
震える声で彼女が指差していたのは、四角い灰色の建物の一番上に設置された大画面の──こちらの世界で言うところの『テレビ』である。そこには、趣味的な服装をした少女が妙なポーズをとっていた。
「ノエルさん……」
「は、はい」
深刻な表情でクリスが呼ぶ。ごくりと息を飲んで、ノエルは彼に振り向いた。
「そのネタは既に私が通った道です!」
「あ、あぅ!?」
至って真剣にクリスが言うのを、こちらも真剣に凹む様子を見せるノエル。彼らはいまだ、おのれの身に降りかかった非常識な事態を把握しきれていなかったのだ。
そう。
非常識、である。
彼らはまだ知らぬことだが、この世界は『常識』という名の結界によって守られている。人が常識を超えた超常の存在を目の当たりにした時、その存在を認識することができずに消えてしまうためである。この世界の人間たちは、そういった異常を見た時に、おのれの知りうる物差しで──すなわち『常識』で、それらを測ろうとする。
それは今、この瞬間さえも。『街中に突然現れた奇妙な格好の四人組』という異常を人々が見た時に、彼らが測る常識の物差し、それは、
「すいませーん、写真いいですかぁ?」
「…………へっ?」
見ればいつの間にか、彼らの周りに人だかりが集まっていた。その誰もが、手に四角い機械的な何かを持っている。中央にレンズがついているものもあり、それらをノエルたちの方に向けて、一斉に向こう側から覗き込むようにその四角いメカメカしい何かに顔を近付けている。
「あ、あのぉー……」
「今、写真、と言ったな。じゃあここはカナンか?」
「よく見ろ馬鹿。カナンはこんな風だったか?」
あわあわするノエルと、混乱抜け切らぬ他の面々をよそに、周りに集った人たちは何やら『撮影会』などと称していつのまにか順番に並び、誰ともなく名乗り出た有志による人員整理に従って、押し合いへし合い、彼ら──というか、おもに女性陣をその手に持ったカメラに写そうと騒いでいた。
この世界の名は『ファー・ジ・アース』。常識という世界結界に守られし第八世界。
そして、この街の名は──秋葉原。
そう、いきなり現れたこの非日常的な衣装を纏う四人を見て、彼らファー・ジ・アース人を包み込む世界結界は、彼らの知り得る常識内での判断をさせ、彼らの常識の範疇になんとかおさめようとした。彼らの常識による判断の結果は──……
「それにしても、凄い凝ってますねーそのコスプレ! 何のゲームですか?」
「え? げ、げーむ?」
「あれ、違うのかな。じゃあもしかしてオリジナル?」
「えっと、えっと……」
いきなり話しかけられてノエルは更なる混乱に陥っていた。
ここは秋葉原。電器と萌えの街。
彼らの持つ常識と照らし合わせてみた結果、ノエルたちの珍奇な服装は『コスプレ』と判断されたのだ。
他の街に出て、不審者扱いされるよりは、良かったと言わざるを得ない……のかもしれない。
仕方がない。ここは適当に話を合わせて退散するのが吉だろう。ノエル以外の三人はそう判断して、まずエイプリルが凄みを持った視線にてギャラリーを怯ませ、レントがノエルを庇うようにしてその前に立ち。クリスが前に出て、集まった人たちに対し時間を稼ごうとする。
「ええと、これは来年発売の『アリアンロッド・ルージュ』という……」
「うるせー!」
「男は引っ込め!!」
「なっ、何だとこの野郎!?」
適当な野次が飛ぶ。
思わぬ反撃を受け、クリスは思わず叫んでいた。彼は普通にしていれば整った顔立ちと言えるのだが、やはり男ではダメだったらしい。
クリスが言い返したことにより、周りの男達の反応もそれにつられて攻撃的な態度へと変わっていく。まずった、そう認識したがそれで何かが変わるわけではなく、男達の剣幕に押されて(まさか一般人に手を上げるわけにも行くまい)クリスはじりじりと後退を始めた。
ちらちらと後ろに視線を送り、どうしようかというような表情を作ってみせたが、後方から何か反応が帰ってくる前に、突如世界は時間を止めた。
それまでやたらと霞んでいたが一応は晴れの日の青空だったのが、一瞬で赤く染まる。
見れば今までやれどこのメーカーだの声優は誰だの騒いでいたギャラリーたちも、まるで凍りついたかのように動かなくなっている。意識は朦朧とし、そこにある『異常』を──彼らの常識外であるあの天空に浮かぶ紅き月を認識することができない。
紅き月。明らかにこの昼の時間に出現するにはおかしいその現象は、ファー・ジ・アースでは侵略の証と言われている。紅き月昇る時、世界は侵魔<エミュレイター>の脅威に晒されるのだ。
そう、それは今も。
時の止まった秋葉原に、闇を纏った異形が現れる。
「な、なんか変なのが出てきましたよ!?」
「街中で……エネミーか?」
「だがどうも様子がおかしい。一体何だ、こりゃあ……」
その中にあって、依然として活動を続けられている四人がいた。彼らはファー・ジ・アースのものではない。いわば別世界からの訪問者<ビジター>と呼ばれる存在である。彼らにはこの世界の常識は通用しないのだ。
もっとも、彼ら自身はそんなことを知る余裕も無く、目下大混乱中なのだが。
だからなのか、普段ならば即座に戦闘態勢を整え敵を殲滅する彼らの技も、力も、この瞬間、敵に放つことは叶わなかった。
『あらら、こっちに来たばっかりで上手く力が使えないみたい……』
ふいにどこからかそんな声が響く。あたりを見回したが、それらしき影はどこにも見当たらない。
『まずはちょっと腕試しだよ。あたしはこのまま高見の見物』
くすくすと笑うその声はだんだん遠くなっていった。おそらく本当に高見の見物とやらを決め込むつもりなのだろう、声が聞こえなくなると同時に、それまでお預けを喰らっていたらしき異形の魔物が即座に襲い掛かる。
「あ、あぅあうあ〜〜!?」
「ノエルっ!」
何とも運の悪いことに、それはノエルに狙いをつけ、その粘性の外見に反した素早い動きで彼女を絡め取ろうと這い寄って来た。
「しまった……っ」
そちらを振り返り、クリスは舌打ちした。なんで防御役の自分がパーティーから離れた所にいたのか。間に合わないまでもせめて、と、剣を抜きノエルの元に走り寄るが、そこでクリスは何やらおかしな感覚にとらわれた。
(……いつもの動きができない?)
彼の剣は身を守るためのもの、そして人を守るためのものだ。なのにそれがどういうわけだか、うまくノエルとエネミーとの間に入ることができない。今までできていたことが、できない。
まずい。
このままでは、
「ノエ……」
叫び声に悲壮なものが入り混じる。仲間を守れない剣など自分の剣ではない。それなのに。
見れば今にも異形の影がノエルに飛び掛らんとしている。彼女の剣は重く力強いが、それゆえ防御を捨てた所がある。
彼女の足りない防御力は自分がカバーしなければ。そうやって、今までうまくやってきたのだ。なのにあと一歩が届きそうにない。クリスが思わず目を閉じかけた、その時。
「《ディフェンスアップ》」
「え?」
後方より放たれた魔力とともに、ノエルの体は不思議なフィールドに包まれる。それらは敵の攻撃を容易く弾き、ノエルは何事もない自分の体を見下ろしていた。
「い、今のは……?」
安心のためか、呆けたような声を出すノエル。同じくやっと態勢を整えられた他のメンバーも、突如現れたこの不審者をちらりと向く。
だが確認する間もなく敵も動き出す。再びの危機にも謎の声は動じなかった。
「《アースハンマー》!」
先程より、やや強い声。だが唱えると同時に魔法は効果を発揮するのは、同じ。
敵の頭上に巨大な土のハンマーが現れ、その歪んだ体を押し潰す。勝負は一瞬でついた。
「た、助かりました〜……」
ハンマーが消えると同時に、あの気味の悪い謎の敵の姿も消えていた。ノエルは既に持っていただけに成り下がった剣を地に下ろし、ふと声のした方向を振り返る。果たして『彼』はそこにいた。
電飾で飾られた看板の上、赤の衣装に身を包み、目を覆う仮面をつけた一人の男が立っていた。
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あとがき。
ああんもうちょっとで合流! って所だったのに長くなったので分割ですよ!
仮面の男……もうお分かりですね、あの人です(笑)
またかよって気もしますが仮面がいっぱい出てくるのはきくたけの趣味であって俺は悪くねえっ!