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Research:2〜ファー・ジ・アース〜

 その突然の闖入者は、左腕に装着された銀色の篭手を右手でひと撫でして、眼下に呆然と立ち尽くす四人を見下ろした。
「……なるほど、彼女がわたしを寄越した理由が分かりました」
 そう呟くと、仮面で覆われていない口元を僅かにほころばせる。彼はここに来る直前のことを思い出していた。


「今、この世界は滅亡の危機に瀕しています。そのため、世界はそれを阻止するための手駒を欲しているのです」
 ベッドから降りたトランに最初にかけられたのは、そんな少女の言葉。随分いきなりだな、との感想を言う暇もなく、トランは彼女に確認を取るように静かに問う。
「……それで、わたしを復活させたんですか」
 少女──アンゼロットは、微笑みを絶やさぬままゆるりと首を振った。
「それは正確ではありません。あなたは、魂の状態で次元の狭間をさまよっていたところを、私の上位存在……この世界の神が転生させたのです。ファー・ジ・アースを守護させるために」
「随分身勝手な神様ですね……どこの世界も変わりませんか」
「まったくです。私も守護者になった経緯は今のあなたと同じようなものですし」
 皮肉を言ったつもりだったが、少女に同意されてトランは肩からがくりと崩れ落ちかける。
 しかし、元は神殿に敵対する悪の組織の幹部だった自分が、別世界とはいえ神によって転生させられた今のこの状況こそが皮肉だ。
「というわけで、トラン=セプター。この世界を守るため、私に力を貸してください」
 だからアンゼロットのこの無茶振りにも反対することはできなかった──というか本能レベルではとても彼女に反抗したくなっているのだが、心の中の別の部分では、彼女には従わなければならないという叫びがこだまする。
 それらの葛藤を溜息の一つで片付けられたのはもはや奇跡と言っていい。
「どうせわたしに拒否権は無いんでしょう?」
「当然じゃないですか」
 肩をすくめると、アンゼロットはとても楽しそうに──もとい、極上の微笑みを浮かべてトランを見上げた。
 手元の鈴を鳴らすと、すぐさま控えていたロンギヌス隊員が、トランの着替えと何やら銀色に光り輝く篭手を携えて部屋へと入ってくる。
「既にあなたは、我がロンギヌスの一員として登録してあります。そして『遺産』もここに」
「これは……」
 アンゼロットが篭手を取り、トランに直接手渡す。その色、形、そして重み、トランは忘れたことは無かった。それは、彼女たちと共に旅をしていた時、常に自分の左腕にあったものだから。
「アガートラーム……」
「漂流していたあなたが、唯一持っていたものです。おそらく、こちらの世界で転生する際に、前世で使っていたものを『遺産』として具現化したのでしょう」

 着替えとして一緒に持ってこられたロンギヌスの制服に袖を通しながら、トランはアンゼロットの説明を聞いていた。
「それはあなたにしか使えない、あなたのものです。ぜひ私のために役立ててください」
「やれやれ……」
 きっちりと着込んだ制服の上、左腕にアガートラームを装着する。その篭手は驚くほどしっくりとトランの腕に馴染んだ。


 そして今、仮面の男の意識は現在に引き戻される。彼の目の前、ファー・ジ・アースでは奇異な服装を身につけた四人の男女が、電飾の看板の上に立っている謎の人物──彼のことだ──を怪訝そうに見上げている。
(あーあー、あんなに口ぽかんと開けて……ますます間抜けに見えますよ)
 四人はそれぞれに驚いた顔や呆れた表情やらをしていた。ノエルとクリスは顎を外す勢いでこちらを見上げていたし、エイプリルは眉を顰めたまま硬直している。
 ただ、一人だけ。動じない者がいた。

 ざっ、とアスファルトを踏みしめる音がして、紅い空間に青のローブがはためいた。
 深い色の瞳は揺らぐことなく仮面の男を見据えている。その背格好と怜悧な視線にはどこか懐かしさを感じた。
 一歩前で進み出て、仮面の男と青のローブ──レントの視線とかち合う。まっすぐに引き絞られていた唇がうっすら開き、小さな、だがよく通る低い声で呟く。
「久しぶり、と言えばいいのだろうか……前任者?」
「……今のわたしは、そういうのじゃありません」
「……?」
 曖昧な返答にレントの眉がぴくりと跳ねる。

 ここだ。決めるならここしかない。仮面の男はすぅっと息を吸った。そして静かに吐き出す。

「わたしはロンギヌスD.C.……この世界を守護する、あるお方に仕えるものです」

 言葉と共に、展開されていた月匣が砕け散り、世界は元の色と時間を取り戻す。取り込まれていた人々は何ごともなかったかのように、その日の秋葉原を満喫し続けていた。  だがその中で、明らかに異質な人影が五つ。
「……やはり、この世界に来たことで、あなた方もウィザードとして覚醒したのですね」
 ローゼスと対峙していた仮面の男は、そのことに驚いたように──しかしどこか納得したように、口を開いた。

「……」
「…………」
 さらに僅かな沈黙。周りの喧騒とは正反対に黙する彼らにしまった滑った、と思ったが遅かった。
 月匣は既に解かれ、動き出しているはずの時がここら一帯だけ凍り付いているのは気のせいだろうか。
 やがてざわめきに消えそうになりながらかろうじて聞こえてきたのは、こんな呟きだった。
「……トランだな」
「トランだ」
「トランさん以外の何者でもありませんっ」
「…………」
 あのわたしの話聞いてました? とうっかりツッコミ入れそうになったがぐっと我慢して、仮面の男はあくまで冷静に話を進めようとした。
「ええと、とりあえずわたしの主人があなた方をお連れするようにと……ですね」
 ただし口調はガタガタだったが。

「どういうことですかっ、というか、さっきの何なんですかトランさん!?」
「……だから、その名前で呼ばないでくださいって」
 先程から驚くことの連続で休まる暇もない、といった風にノエルが詰め寄り、すっかり疲れた風の仮面の男に畳み掛ける。仮面の男は、どうやらその怪しげな風体に反してどこか……そう、一言で言えば『いい人』臭であふれている。
 この男はやはりトランなのだろう。四人はそう確信していた。だが他のものはどうか。

 何度も言うが、ここはファー・ジ・アースである。常識という名の世界結界に守られたこの地では、人々がおのれの理解を超える超常を目にした時、その精神を守るために彼らの持つ常識の範疇にことをおさめて判断させる。
 この妙にトランっぽい仮面の男を常識に照らし合わせた結果は──……

「うわ、何アレ、変態?」
「変態だ、変態がいるぞ!」
「ままー、へんたいがいるよー」
「しっ、見ちゃいけません」

「…………」
「………………」
 彼らはあらためて現状を把握した。看板を指差す道行く人々。そして、沈黙する、五人の影。

「……場所を、変えましょう」

 泣きそうな声で仮面の男は言った。

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あとがき。

堕ちて秋葉原。なんとかトランと合流です。二話に分けてしまいましたが今回は展開早く行きます!
ちなみにトランに対する変態コールは、プレイヤー達が自発的にやったものだと思われます(笑)
クリスの中の人とか、特にね!(注:作者はクリトラスキーです)

それからトランのデータですが、転生者/キャスターのつもりで書いてます。
属性は地/冥。魔法、装備品その他は適当でスイマセンですが(笑)
とりあえず《遺産所持》でオリジナル遺産アガートラームを取得してます。

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おまけ。

GM「変態だ変態だー、と言われながらトランは泣く泣く君たちを連れて行く(笑)」
レント「連呼しないでくださいよ、俺が言われてるみたいじゃないですか!(思わず素に戻る)」
通りすがりの鈴吹太郎「はっはっは、まだまだ修行が足りないでどりぃ〜む(笑)」