Novel
Research:3〜夜闇の魔法使い〜
アンゼロット宮殿。
その次元の狭間に位置するという不可思議な城に、一行は招き入れられた。
「本日のお茶は、ダージリンのファーストフラッシュです。爽やかな季節に相応しい、甘い香りをお楽しみください」
「は〜、いいにおいですねぇ」
「……美味いな」
既に女性陣は、宮殿の主の差し出す紅茶を飲みながらまったりムードでくつろいでいる。満面の笑みでティーカップを両手で持つノエルはまだしも、あのエイプリルでさえ、ほのかな甘みを口に含んで僅かに微笑を見せている。
「な、何がなんだか……」
「…………」
そのくつろぎ空間の中では、突然のこの状況に対応できていない男性陣の方が異常なのではないか、とすら錯覚させた。
円形のテーブルは小さめで、アンゼロットを含む女性陣が席を占領してしまい、彼ら二人はノエルたちの脇に立ったままである。ちなみにアンゼロットの脇には控えるようにしてトラン──『ロンギヌスD.C.』などというトンチキな名を名乗る仮面の男が立っていた。もしや自分たちは、アンゼロットに仕えているらしいあの男と同列なんではなかろうか。そう考えると少し嫌だった。
そんな彼らの思考を読んだのか、カップを置いてアンゼロットが視線をゆっくりとローゼスの四人を巡らせた。
「さて、では……本題に入りましょうか」
「やっとか……」
クリスが呻く。アンゼロットはその吐息を見逃すことはしなかった。
「あら、私は、まずは落ち着くのが重要と考えてお茶を振舞ったのですが……どうやらお気に召さなかったようですね」
「振舞うも何も、私は茶なんぞ飲んでないっ!?」
「わたしも飲んでませんが」
「まあ、お茶を飲んで英気を養う間も惜しんで問題に取り掛かりたいと!? 何と素晴らしいのでしょう!」
「は、はぁ!?」
ツッコミを入れたつもりだったが、少女には通用しなかったらしい。逆に目を輝かせて、穏やかだった微笑が花がほころんだような笑顔へと変わる。
「クリスさん、と仰いましたね。私とウマが合いそうですわ」
がたんっ!
その言葉に反応してびくっと肩を揺らした者が三名ほど。
「う、ウマはまずい……っ! ウマがあったらまずいんだっ!!」
笑顔でこちらに向くアンゼロットに、自然と足が後退していく。こめかみに汗を流しながらこの時クリスは人生最大と言っていいほどの危機を感じていた。
そんな彼の窮地を救ったのは、他ならぬ仮面の怪しい男だった。
「アンゼロット様、いいから本題に入ってください」
「わ、分かってます。んもう、無粋な男ですわねっ」
「あっあのっ」
アンゼロットが(さもつまらなさそうに)話を元に戻そうとした時だった。彼女の隣の席でちょんと小さく手を挙げている少女が一人。
「どうしましたノエルさん?」
「あのー、あたしすっごく気になってることがあるんですけど……」
言いながらノエルは、アンゼロットの横に控える男に視線を向けた。そしておそるおそる切り出す。
「この人、トランさん……ですよね?」
「そこですかっ!?」
「はい、そうですよ」
「ってあんたもあっさり答えんなっ!?」
「だってーホントのことじゃないですかー」
仮面の男(確定でトラン)のツッコミも無視して拗ねた口振りをしてみせるアンゼロット。その口調は先程までの威厳あるものとはかけ離れたもの。思わずまじまじと少女の様子を見つめてしまうローゼスの視線をふと感じ取り、慌てて取り繕うように咳払いをする。
「ん、ん。お察しの通り、このロンギヌスD.C.はトラン=セプター、つまりかつてのあなた方の仲間ということになります」
アンゼロットが彼を指すと、四人の視線は今度は自然とそちらに移る。仮面をつけているせいでその表情は見て取れなかったが、確かに声はトランのものだと分かる。
彼──トランは溜息を一つついて、四人に向き直った。
「コードネーム意味無いじゃないですか全く……まあ、そういうわけです。すみませんね、ややこしくして」
溜息と共に言うトランに、ノエルが向き直った。その表情は真剣そのものである。現在の状況把握もままならぬというのに、それでもどうしても聞いておかねばならないことがあった。
「トランさん、あたしどうしても、聞きたいことがあったんです。何で……どうしてあの時、一人で残ったんですか?」
「あの……時?」
少女の言葉を反芻する。ノエルが頷くのを見て、トランは思い出した。彼がアンゼロットに拾われる直前──前回の『霧の粛清』事件のことである。
「ああ……あの時はご心配をおかけしました」
「そうですよっ。クリスさんなんて、あの後すっごい落ち込んでたんですよっ!」
「のっノエルさんっそれは他言無用だとあれほど……っ!!」
途端にクリスが慌てだすが、ノエルはそれを敢えて無視した。もう一つ聞きたいことがあった。
「あと、仮面は取らないんですか?」
素朴な疑問である。
確かにそう思うのは普通のことだろう。彼らが知るトランは普通に素顔をさらしていたのだし、仮面というと過去の事件を思い出して何だか微妙な気持ちが蘇ってくる。
トランは伺いを立てるようにアンゼロットをちらりと見た。
「駄目です」
「……駄目だそうです」
即答されて、トランは力なく言った。
「お話を……戻してもよろしいですか?」
かちゃりとカップとソーサーが擦れて音を立てる。アンゼロットは先程と変わらぬ笑みだった。だがその中に今までより恐ろしいものを感じ、一行は再び口を閉じて頷く。
「まず、あなた方はここ、ファー・ジ・アースとは別の世界より現れました。この時、次元の歪みが生じた地点にて、月匣が確認されています」
「げっ……こう……?」
「常識を遮断する結界のことです。紅い月を見ませんでしたか? それが月匣の出現したあかしです」
四人の脳裏に先程の光景が蘇った。あの鮮やかで禍々しい、異形の月。
「そして、その中では普通の人間は行動することができません。動けるのはウィザードとエミュレイター……常識外の存在のみ、というわけです。簡単に言うと、月匣の中にいれば常識に縛られずに魔法とか使えるわけです」
「え? 魔法って、魔法使いの人なら普通に使えるんじゃないんですか?」
ノエルが首を傾げた。おそらく他のメンバーも同じような感想を抱いただろう。彼らの世界では──エリンディルでは、魔術師は魔法を使うのが当たり前の常識だったのだから。
アンゼロットは溜息をついた。
「全く、ファンタジー世界はこれだから……いいですか? この世界、ファー・ジ・アースでは、表向きには魔法など存在しないことになっているのです。ですから、魔法とか、そういう不思議なことを起こすためには月匣を張らなければならないのです。詳しいことは、『ナイトウィザード The 2nd Edition』を参照してください」
「それ凄く危険なメタ発言ですアンゼロット様」
しゃあしゃあと言ってのける少女を慌てて抑えようとしたトランだったが、それはあっさりと無視された。
「えーと、つまり……あたしたちがこの世界に来たのはもしかしていけないことだったんでしょうか〜……」
だから変なエネミーに襲われたりしたんでしょうかとあわあわしながら訴えるノエルに、アンゼロットはふと微笑みを返した。
「そんなことはありませんよ。あなた方はいわば"訪問者(ビジター)"です。おそらく何者かが次元を歪め、その際にこちらに迷い込んできたのでしょう……あるいは」
ちらりと後ろを振り向く。視線の先にはやはりすぐ後ろに控えていたトランの姿。
「かつての仲間に引かれて、やって来たのかもしれませんね」
「……まさか、偶然でしょう」
「あら、そうでもありませんよ? 運命というのは、そういった者達を自然と引き寄せるものです。ウィザード同士は引かれ合う、とも言いますし」
「アンゼロット様、それ、システムが違……」
「お黙りなさい」
ツッコミを入れるトランをぴしゃりとはねつけて、アンゼロットはノエルたちに向き直った。
そう、この四人の来訪者は、月匣の中にいて普通に動けたのだ。いくら『異世界からの訪問者』という常識外の存在とはいえ、主八界でもない異世界からやって来た人間がいきなりそんなことが出来るとは考えにくい事態だった。
それらが指し示すことといえば、それはつまり。
「つまり、もしかしたらあなた方にも……」
アンゼロットがその説明を終えることは叶わなかった。
少女が言おうとした瞬間、彼らの眼前に『何か』が降って来たのだ。
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あとがき。
最後に降って来たのは……何でしょう(笑)
この話は、ずーーっと『夜が来る!』の主題歌聞きながらもりもり書いてました。さすが元ネタ。
それにしても、途中アンゼロット様が止まらなくてどうしようかと思いました。
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おまけ。
クリス「バラすなぁぁーーーーーっ!?」
ノエル「あぅー、だってだってすっごい落ち込んでたじゃないですかー!」
GM「紙面(?)の都合で削ったけど、あの落ち込みっぷりは凄まじかったからなあ(ニヤニヤ)」
クリス「うぅっ……ううぅ……」
エイプリル「それは置いといて、実際のところトランが帰ってこなかった理由って何なんだ?」
GM「ああ、それは簡単。あの時トランが一瞬復活したのは、ノエルの《ガイア》によるものだろう? あの奇跡は一時的なもので、《ガイア》の効果はセッション終了時に失われる。つまり、シナリオ的にも最初からトランは戻ってこない予定だったのだ」
ノエル「はぁ〜そーだったのですね……!」
GM「そしてあの後、次元の狭間に飲み込まれた彼は第八世界にたどり着き……今に至るわけだ(笑)」
レント「なんでファー・ジ・アースだったのか、凄い作為的なものを感じるんですが」
GM「ふっふっふ、そのために前回のラストから張っておいた伏線だからな!」
一同「嘘つけぇええええーーーーーーっ!?」
レント「……ところで、このトランレベルいくつですか? 前回120とか言ってませんでしたか」
GM「ん? 11だよ。君らと同じ……時に」
レント「何ですか?」
GM「君は本当にレベルが下がるのが好きだな(笑)」
レント「(トランになって)あんたがやったんだっ!?」