Novel

Research:4〜輝明学園〜

 チャイムの音。
 見知らぬ教室の一番真ん前に立ち、生徒たちの視線を受け、ノエルは今、初めての経験をしていた。
「転入生の、ノエル=グリーンフィールドです。よろしくお願いします〜」
 にっこり笑いながら一つお辞儀をすると、教室内の空気がそれにつられてほころぶのが分かったような気がした。

 何の因果か、ノエルはここ、学園秋葉原校高等部三年に、転入生として通うことになったのだ。
 アンゼロットいわく、『世界の危機は輝明学園から』『必ずそこにヒントが隠されている……はず』とのことなのだが、語尾がかなり曖昧だったように聞こえたのは気のせいか。
 ともかく原因がはっきりするまでここで学生として過ごすことになるのだ。裕福な家庭に生まれ、それまで『学校生活』というものを体験したことの無いノエルにとって、それは新鮮で、心躍らせるに十分な事件だった、はずだ。

 ただしこの後彼女は、別の意味で、新鮮で心躍らせる事態に巻き込まれていくこととなる。
 発端となったのは、あのアンゼロット宮殿にて出会ったあの男だ。

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「どわぁああああ〜〜〜〜〜っ!?」

 ひゅう〜、ごつっ、どさっ、べちゃり。
 いやいや『べちゃり』は無い。

 話は少し遡る。ノエルたちがアンゼロット宮殿にて、その主たる世界の守護者より説明を受けていたその時、彼女らの目の前に一人の男が落下してきたのだ。

「あら、遅かったですね柊さん。時間管理能力が下がったのではありませんか?」
 その男を見るなり、アンゼロットはそう言い放った。心なしかやけに楽しそうだ。
「しかも上から落ちてくるなんて……さすがは『下がる男』としか言いようが無い……!」
 男はそれには答えず、がばっと起き上がるとおもむろにアンゼロットに歩み寄る。そして、
「今度は何の用だよアンゼロット! 毎回毎回、拉致られる俺の身にもなって……!」
 そこまで叫んだところで、男は駆け寄ってきた数人のロンギヌスによりアンゼロットと引き剥がされた。

「…………」
「………………」
「あ、あわわわ……」
 そのショートコントのようなやりとりをローゼス達はしばらく黙って見ている羽目に陥っていた。
 いきなり現れたその男──まだ若い。年はノエルより少し上くらいだろうか。明るい茶髪に、動きやすそうなジャケットを羽織って、わりとひねくれた感のする顔立ち。
 彼はいったん落ち着くと、あらためて周囲を見回し、どうやら今回の『ゲスト』であろうノエル達の方を向いて──ふと、動きが止まった。

(……何だ、この感じは?)

 それは青いローブを纏った男から発しているように思えた。そしてもう一人、『遺産』らしき篭手を装着した、仮面のロンギヌスのうちの一人からも。
 どこか懐かしい、会ったこともないはずなのに、何故か相手のことをよく知っているような、そんな気分になる。
 最初に口を開いたのは仮面のロンギヌスだった。
「な、何だか……」
 残る二人も、同じように頷いて、低く呟く。
「ああ……他人のような気がしねえ……」
「……不可解だ。だが同意せざるを得ない」

 これが二人のセプターと柊蓮司との、まさに運命の出会いであった。

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(あれ? でもなんでそれであたしが学校に通うことになったんだっけ……?)

 教室のまん前に立ちながら、ノエルの頭にはふと、そんな疑問が浮かんできた。
 すぐさま「面白いからです♪」との世界の守護者の笑顔も一緒に浮かんできたが、それらは教室内のざわめきによってすぐにかき消される。

「ラッキー、結構可愛いじゃん」
「でもちんちくりんだぜ?」
 かなり失礼なざわめきだった。

「ち、ちんちく……っ!」
「失敬な」
 ノエルがショックを受けたその直後だった。

 涼やかに声が響き、一瞬遅れて教室のドアが吹き飛ばされる。
 もうもうと湧き起こる水蒸気の中、人影が一つ、教卓の前に出現する。視界が晴れてくるにつれはっきりと見えてくるその男の顔を、ノエルはよく見知っていた。
「れ、レントさん……?」
 輝明学園の男子制服に身を包んだ長身。人形のように整った怜悧な外見は、高校生と言うには大人びている。
 彼、レント=セプターはいまだ呆気に取られる教室内をぐるりと見回すと、静かに口を開いた。
「ノエルは確かにちんちくりんですが、出る所はちゃんと出ています。むしろ17歳の少女としては申し分ない大きさと言っていいでしょう。それをちんちくりんと言う理由だけで安易な判断を下すなど何と愚かな。大体この件に関しては佐々木あかねの絵柄の問題でもあり……」
「れ・ん・と・さぁん〜〜〜!?」
 隣で顔を真っ赤にして睨んでくるノエルが視界に入ると、そこでやっとレントは微妙に熱烈な主張をやめた。咳払いを一つ。

「……と、自己紹介が遅れました。わたしはレント……柊、蓮人」

(柊っ!?)

 一瞬教室に走った戦慄に、ノエルは幸いなことに気付かないままだった。


 嵐のような転入生紹介が終わり、二人は空いている席へとつかされた。ちなみに、ノエルの席は真ん中の列の中段あたり、レントの席は一番後ろの窓際の風が吹いている席である。
 風に吹かれるレントはさておき、ノエルが椅子に座ると、横から彼女の腕をちょんちょん、とつつく細い指があった。
 振り向いて、目が合う──にっこりと笑った女生徒の姿。癖のある黒髪を肩まで伸ばした、コケティッシュな感じの少女である。
「あたし、メアリーっていうの。メアリー・藤吉。よろしくね、ノエルちゃん」
「あっ、はいよろしくです〜」
 にこやかに挨拶されて、ノエルも笑顔で返す。こちらはほわんとした温かい笑顔だ。
「実はあたしも、この間転校してきたばっかりなんだ。転入生同士、仲良くしようね」
「はいっ、こちらこそ」
 かくんと頷くノエルにやはり笑顔のまま、しかし少女──メアリーの視線はどこか定まらないように見える。
 その瞳は、ノエルを通り越して窓際の風の吹く席へと向けられているように思えた。
 だが初めての学園生活、初めてのクラスメイトに浮かれたノエルは、そのことに気付かないどころか、そもそも何故学校に通うことになったかという大事な疑問すら吹っ飛んでいた。

 そして一気に放課後。
 隣のメアリーに教科書などを見せて貰って、ノエルは彼女と既に打ち解けていた。メアリーは少々意地悪そうな見た目に反してわりと気さくであったためか、それとも疑うことを知らない純真なノエルの性格のためかはともかくとして、特にたいしたトラブルもなく、その日の授業は恙無く終了したのだ。
 だが、輝明学園への転入生に待ち受けている真の地獄はこれからだ。
 鞄を持ち、廊下へ出ようとしたノエルの眼前には、人だかりが待ち受けていた。
「…………あれ?」
「転入生の君! 剣に興味はない? 剣道部に入って、体を鍛えてみない?」
「え? あ、はぃいえそのっ!?」
「そこのあなた、星は好き? 女の子は星が大好きよね! 天文部に入らない?」
「え、えっとえっと……」

 輝明学園名物、部活勧誘である。毎度のことながら、この学園にはさまざまな部活・同好会が存在し、そのほとんどが部員をめぐって激しいバトルを展開しているのだ。
 中でも真っ先にノエルに飛びついたのは、剣道部らしき胴着姿の少女と、眼鏡の奥に不思議な輝きを秘める天文部らしき少女。
「ちょっとー葵先輩、私が先に声かけたんですからね」
「あら十文字さん、大事なのは順番じゃなくて、本人の意思だと思わない?」
「あ、あぅう……」
 なぜか似てる二人に挟まれて、困惑するノエルの背後から、救いは現れた。

「申し訳ありませんが、既にわたしとノエルは、新設された『ダイナストカバル部』への入部が決定しています。無駄な勧誘はしない方が身のためです」
「だ、だいなすとかばる部……っ!?」
 ひょい、と、まるで荷物でも持つようにノエルの肩から手が回され、二人の間から引き戻される。背中に当たった感触となんともトンチキな名前の部活動に驚いて振り向くと、やはり予想通り、柊蓮人というやけにパチモンくさい名前を名乗ったレントがいた。
 レントは自分の方を見上げるノエルには構わず、勧誘行動にいそしむ大勢の生徒達をひと睨みする。そして彼らがひるんだ隙に、ノエルの手を引いてさっさと人気のなくなった教室内に戻っていった。

 とりあえずの勧誘からは逃れたものの、さてこれからどうやってアンゼロット城まで戻ろうか、とレントが思案をめぐらせた時、ようやく状況を把握したらしいノエルがほっと息をついて話し始めた。
「ホントにびっくりしましたよぉー、いつの間にそんな部活に入ってたんですかあたし?」
「いえ、あれは嘘です」
「えぇっ!? 嘘なんですかっ!?」
「部活動にかまける時間も惜しいですからね、我々は一刻も早く、元の世界に戻る方法を探し出さなければならない」
「でも、嘘はだめですよっ、悪いことですよっ!」
「は、わたしは悪の組織の幹部なので……」
 真顔で言ってのけるレントに、思わず「なるほどぉ〜」といつもの調子で返しかけたが、ここでノエルはふと思い出した。

 冒頭の、彼らが学校に通うこととなったその理由である。

「あ、でもどうしてレントさんまで……あたしの護衛は、確かヒイラギレンジさんという人がやるんでは〜」
「柊蓮司は学校に来ることを嫌がったので、代わりににわたしが」
「なるほどぉっ」
「我々は囮の役をやるわけですから、どうしたって護衛は必要でしょうし……柊蓮司は、何かあった時のために外で待機という形になりました」
「囮……ですか?」
 ノエルが首を傾げたその時だった。

 それまでノエルの方向を向いて話していたレントの表情がふと怪訝なものになる。
 ノエルは背中にとんとん、と誰かにつつかれている感触に気付いた。
「……メアリーさん? どうしたんですか?」
「うん、用があるのはノエルちゃんじゃなくて……」
 それまで気配すら見せなかったメアリーがいきなり現れたのもそうだが、何か違和感をこの少女に感じる。レントは警戒したが、それは無駄に終わった。
 メアリーはノエルを通り越し、レントに近づいて行き、そして──


 その時刻、輝明学園内で大規模な『月匣』が確認された。

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あとがき。

オリキャラ登場。苦手な方はすみません。でも既存キャラに割り振るにはアレな役回りなので……
ノエルが学校に通うことになった理由も、実はちゃんとあります。
アンゼロット様には深遠なるお考えがあるのですよ。多分、いや、きっと!

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おまけ。

ノエル「ひ、ひいらぎれんと……っ!?(爆笑)そ、それいいですっ、あたしも何か偽名使った方がいいですかっ?」
GM「いや、別に輝明学園は留学生とかも多いのでそのままでも……」
レント「(GMを遮り)『力丸乃える』というのはどうでしょう?」
(一同大爆笑)
ノエル「えぇぇえええ〜〜っ!? そ、それ、あたしの、あた……そ、それ……っ(机に突っ伏して笑う)」
エイプリル「おい、セッションにならないぞ」
レント「……すみません、やっぱりそのままで(笑)」