Novel
Research:5〜大脱走〜
「やっと会えたね……エリンディルの柊蓮司」
メアリーはうっとりと呟くと、右手を上げる。それが自らに伸ばされてくる僅かな刹那で、レントは彼女に関する情報を頭の中で検索していった。
「えっと……? どういうことですか〜?」
横ではノエルがおろおろしている。全く、こんな困惑させる事態に引き込むべき人ではないというのに。そんなノイズを挟み込む余裕すらなく、レントの脳裏にひとつ、思い当たるものが引っかかった。
それはファー・ジ・アースへとやって来る直前のこと。
あの時、この世界へと飛ばされてくる際に響いたあの声は、そして秋葉原の街中で微かに聞こえた、試すような遊ぶような嘲りの声は、この少女のものではなかったか。
「……お前は」
まずい、と思った時には、既に彼女がレントの腕にしなだれかかるようにして、その細い指のどこにそんな力があるのか分からないくらいにがしりと掴まれていた。
「れ、レントさんっ!」
ノエルが叫ぶ。だがレントを見ての台詞ではない。ノエルは、教室の窓から大きく映る、赤い月を見ていたのだ。
「ようこそ、あたしの……魔王メアリー=スーの月匣へ」
蟲惑的な笑みがその言葉とともに口端をにぃっと引き上げた狂笑へと変わる。同時に窓の外には、それまでの青空が嘘のような紅く禍々しい満月が昇る。
「ま、魔王〜〜〜〜〜〜っ!?」
ノエルの叫びは、魔王の作り出した月匣(べつせかい)の中に消えていった。
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──同刻、アンゼロット城。
「……かかりましたね」
女性のロンギヌスに耳打ちされ、アンゼロットは待ち望んでいたかのような笑みを見せた。
手を振ってロンギヌスを下がらせると、すぐさまテーブルで紅茶をご馳走になっていたゲストへと向き直る。
数滴垂らすだけのはずのブランデーをどぼどぼとカップに入れていたエイプリルと、ロシアンティーに入っていたジャムにうっかり混入していた苺の芯を思い切り噛んでしまったクリスにつかつかと歩み寄ると、いつもの笑顔、いつものトーン、いつもの口調でいつものように話し始める。
「クリスさん、エイプリルさん。これからするわたくしのお願いに、『はい』か『イエス』でお返事してください」
「……は?」
「俺らにか?」
「はぁい」
面食らうクリス、あからさまに怪訝そうな表情のエイプリルにも動じず、アンゼロットはにこやかに頷いた。
ちりんと鈴を鳴らすと、テーブルの真上、空中にモニターが映し出される。突如出現したそれに二人は目を見張った。
「あなた方をこの世界に呼び寄せたと推測される存在が動き始めました。つきましては、お二人にはこのロンギヌスD.C.と共に、秋葉原にてあることを調査してきたいただきたいのです」
アンゼロットの言葉と共に、モニターに映る映像──秋葉原一帯の地図のそこかしこにぽつぽつと浮かび上がる光点が示されていく。
「あること?」
視線を戻したエイプリルが、続きを促すように呟く。アンゼロットは小さく首肯して続けた。
「ええ。以前より観測されていた世界結界の揺らぎを通って、あなた方のような異世界からの招かれざる客人が、これよりやって来るでしょう。その人達を、保護していただきたいのです」
有無を言わさぬ口ぶりに、二人は嘆息した。だが、もともとじっとしているよりも動く方が向いていることもある。これは、行くしかない、か。
「まあ、元の世界に戻るため、とあっちゃあしょうがねえか」
「……だな」
「では、早速行っていただきますね」
「え?」
笑顔を絶やさぬまま、アンゼロットは上から垂れていた紐をえいっと一気に引いた。
次の瞬間、クリスとエイプリルの足元の床がすこーんと開く。もちろん、傍に控えていたロンギヌスD.C.ことトランの足元も同様である。
「アンゼロットォォォォォォォッ!?」
三人は恨みの入った叫び声もろともに穴に吸い込まれていく。
「ふふふ、柊さん移送用のシュートを残しておいて正解でしたわ」
「……おい」
満足げに頷くアンゼロットに向かって、冷ややかに告げられる声。異世界からの客人が全ていなくなったこの状況で、世界の守護者たる彼女にそんなぞんざいな語りかけができる人物は一人しか存在しない。
「どうかなさいましたか、柊さん?」
アンゼロットはくるりとドレスを翻して言った。だが、その声色にはそれまでの愉快そうなものは含まれていない。
振り向いた視線の先、大勢のロンギヌスにぐるりと包囲された状態で箒を突きつけられ、それでも普段の(いわゆる不良っぽい)態度を崩さず、柊はアンゼロットを睨み付ける。
「俺は何のために呼ばれたんだよ」
「あら、何を言っているんですか。ノエルさんの護衛にと一緒に輝明学園に通うように言ったら「俺はもう卒業したんだー、絶対行かねえぞこのやろー」と仰ったのは柊さんではありませんか」
「用がねえんだったらさっさと返せよっ!?」
「いいじゃありませんか、どうせ帰っても猫さんと日向ぼっこするだけなんでしょう?」
「う、うるせぇっ!?」
ひとしきりいつものやり取りを繰り広げた後……ふと、柊の表情が引き締まった。
「アンゼロット、本当のことを言え」
「わたくしが嘘をついてると仰るのですか?」
「てめぇとはそれほど長い付き合いってわけじゃねえが……それくらいは分かる。お前は、そいつにやらせるべき任務は何があってもやらせる奴だ。俺が卒業したのにもかかわらず学校へ通わねえと世界が滅ぶってんなら、引きずってでも通わせてるだろ」
「やれやれ、疑り深いですわねぇ」
おどけたように言った直後、アンゼロットの顔から表情が消えた。
「……部屋を用意してあります。柊さん、あなたはそこで待機してください」
「質問に答えろ!」
「……仕方ありませんね、こうなれば力ずくでも部屋に入ってもらいます」
鈴を鳴らす。それを合図に、ロンギヌス達は一斉に捕獲のための魔法を柊めがけて撃ち出した。
「ち、そーいうとこだけはいつもと一緒かよ!」
叫び、柊は魔法の届かない場所──真上へとジャンプした。瞬間彼の体が属性を象徴する光に包まれ、一瞬後には柊は、空中庭園の外周の手摺の上に立っていた。
アンゼロットがそれを見上げ、哀れむような、儚むような、悲痛な声をあげる。
「以前までのわたくしならば、遠慮なくあなたを生贄にしていたでしょう……けれど今回は、あなたに賭けることにしたのです。そうさせたのは、柊さん。あなたなのですよ」
「賭けだと……? くそっ、何が俺がそうさせただ! 俺は絶対てめぇの言いなりにはならねぇぞ!」
奥歯をぎりっと噛み、柊は月衣から魔剣を引き抜いた。そしてほとんど喚くようにそう言いながら、手摺の上を駆けて行く。
「あっ、待ちなさい柊さん! ……柊蓮司を捕まえなさい! 城から出してはなりません!!」
「はっ!!」
一瞬、あっけにとられたアンゼロット。だがすぐに正気に還ると、ロンギヌスに号令を下す。小さな拳が震えていた。
「柊さん……わたくしはあなたを失いたくないのです」
誰もいなくなった庭園に、その小さな呟きは消えていった。
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──再び、輝明学園月匣内。
「くっ……ま、まさか本当に『ウィザード』になってただなんて……」
紅い空間の中に、くぐもった呻き声が響いた。
声の主、魔王メアリー=スーは、脇腹を押さえてよろよろとレントから二、三歩離れていく。そのレントだが、自分の右手を──それまでヒトと同じ形をしていたはずの、異形へと変貌した右手を、呆然と見つめていた。
「こ、これは……」
レントの手は、刃のように細長く伸びて、目の前のメアリーの胴体に突き刺さっていた。レント自身は、ダイナストカバルによって造られた人造人間ではあるが、このような機能が自分に備わっているという話は聞いたことが無い。
「はぅあ〜〜っ!? れ、れんとさんれんとさんの手がっ手が大変なことに〜!」
「!」
だがノエルのその叫びに、冷静さを取り戻す。そうだ、彼女だけでも何とか脱出させなければ。
その方法を探るため、改めてあたりを見渡す──あった。教室の入り口方面に見える空は、いまだ青い。
まだ、月匣は展開されきっていない。
「ノエル。あちらを見てください」
「はい?」
ノエルが振り向くと同時に、レントは空いていた左手でノエルの背中をぽんっと押した。
「あわっ、わわわ〜!」
手足をバタバタさせながら、出口にふらふらと近づいていく様子を見て、再びメアリーに向き直る。どうやら向こうはノエルのことはどうでもいいようで、脇腹に深々と突き刺さったレントの右手を少女のものとは思えない怪力で無理やり引き抜いた。傷口があるはずの箇所にはぽっかりと穴が開き、そこから瘴気が漏れ出していく。
二人の対峙。先に動いたのはレントだった。
「魔王、と言いましたか。一応聞いておきましょう。あなたは何が目的で、わたしをどうするつもりなのかを」
「正直に答えると思う?」
「いいえ。作戦や目的を得意げに話すことは、失敗に繋がります。『冥土の土産』は本人が貰う法則ですね」
「分かってるじゃない」
くすりと嘲りの声を上げるメアリー。
ならば力ずくで聞きだすしかあるまい。レントはいまだ慣れない異貌の右手を掲げた。
最初の激突は、人知れず幕を開ける──
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あとがき。
レントさんウィザードになってみる、の巻。きっと人造人間→魔術師にクラスチェンジしてますよ!
いや、きっとすぐに魔術師にクラスチェンジしてると思いますよ、便利技能だけとって!(笑)
しっかしこの説明不足の伏線だらけな話は無事に伏線回収できるのか……?
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おまけ。
レント「…………う〜ん……」
GM「お、どうした?」
レント「いや、手が……ですね(一同爆笑)」
ノエル「あはははっ……! き、気にしてるんですねっ!?」
レント「いえ、わたしのスタイルクラスはおそらくキャスターなのに、ライフパスのせいでウィザードクラスが人造人間になってしまって……」
ノエル「? はい……」
レント「すっげー使えねーキャラだなー、と……!(一同大爆笑)」
クリス「そこかーっ!?(笑)」
レント「そこですよっ!?」
エイプリル「いや、お前はまだ良い方だろ。なんせこのパーティー……」
一同「?」
エイプリル「(超渋い声で)ヒーラーが……いやがらねえ……!」
一同「余計悪いわーっ!?(一同大爆笑)」