Novel

Research:6〜大魔王、立つ〜 -Master Scene-

 裏界にある、魔王の居城。
 全体的に暗い部屋の中、ソファの上にその城の主が座っていた。
 傍らには、巨大な本を大事そうに抱えた黒髪の少女がうずくまるように控えている。
「ふぅん……」
 気だるげに溜息をついて、城の主は手に持ったコンパクトをぱちりと閉じる。それにつられて、ふわりとウェーブした銀髪が揺れる。
 さも面白くなさそうに、金の瞳をきっと吊り上げるその銀髪の持ち主こそ、裏界の大公、全ての空飛ぶものの支配者たる蝿の女王、大魔王ベール=ゼファーである。

「面白い拾い物って、アレのことだったのね……確かにアレを使えば、世界結界を楽に弱体化できるかもね」
 声色に不機嫌さが滲み出ていた。抱えた本をパラパラとめくり、黒髪の少女がそれに追随する。
「はい……メアリーの計画が成功すれば、我々裏界の住人が表界に出入りすることも容易くなるでしょう……それは、この書物にも書かれている通り」
「気に入らないわね」
 きっぱり言い放ち、ベルは立ち上がった。黒髪の少女、リオン=グンタの視線がそれを追って上がる。
「世界結界が弱体化すれば、確かに表界を侵攻しやすくなるでしょうけど……そんなのつまらないじゃない。『強くてニューゲーム』で二周目攻略するようなもんだわ」
「ベル、最近のゲームは引き継ぎ要素が重要ですよ」
「はんっ、人間のゲーマーも軟弱ね。何が起こるか予想しながら進む一周目が一番楽しいに決まってんじゃない」
 持論を展開しながら、ポンチョをはためかせてベルの体がゆっくりと宙に浮かぶ。彼女がこれからしようとすることはただ一つ。
「リオン、奴の計画……ぶち壊しに行くわよ」
 高らかに宣言する。大魔王ベール=ゼファーにとって、表界侵攻はゲームなのだ。自分以外の者が干渉し、勝手に難易度を変えられるなど、許されざるものではない。まして、今回それを企んだのは、魔王の中でもかなり新参の部類に入るメアリー=スー。ベルから見ればそこいらにいる雑魚侵魔と同等な存在なのだ。
 そしてそんなベルに付き従うのが秘密侯爵リオン=グンタである。彼女は彼女で、独自に表界侵攻を企てることもあるのだが、大抵の場合はベルのサポートやベルいぢりをして遊んでいる。そっちの方が楽しいのだろう。

 だが、今回は違った。

 いつの間にか、ベルの眼前に同じようにしてリオンが浮かんでいた。その身の丈に合わぬ巨大な本を抱え、儚げな笑みを浮かべたまま。
「大魔王ベル、それには及びません」
「は?」
 眉を寄せるベル。だがこの魔王が、それだけで何か掴んだ情報を明かしてくれることなど皆無だ。ベルはさらに訊ねた。
「どういうことよ?」
 そのたった一言に、恐ろしいまでの威圧感がこもっている。ぴくり、とリオンの肩が震えた。本を抱えた手にぐっと力が入る。
 だが、あくまで冷静に努める。微笑は崩さないままに。
「あの程度の輩に、大魔王たるベール=ゼファーが手を出すまでもありません」
 ベルは怪訝な表情でそれを聞いていた。どことなく「その台詞って返り討ちフラグよ」とでも言いたげに。
「私は彼女の『天敵』ですから。今回は私一人で十分です」
「天敵ぃ?」
「ええ。ではベル、行ってきますね」
 リオンはそれ以上は説明不要とばかりに、ベルの居城を出ようとする。その背中に向かって、ベルは問いかけた。
「……あんた、また何か企んでるんじゃないでしょうね?」
 その問いに、空中に浮かび、スーッとスライドするように移動していたリオンの歩みがぴたりと止まる。振り返ったリオンの表情は、やはりいつもの微笑をたたえたままで。
「それは……秘密」
 呟くようなか細い声を残して、リオンの姿は消えた。

「…………」
 残されたベルは、しばし憮然とした表情のまま立ち尽くしていた。

 魔王メアリー=スーは、もとは裏界で生まれた生粋の裏界住人、本来の意味でいう『エミュレイター』であった。だが、今より約千年前に、どこかから大量のプラーナを手に入れてきて、その力をもって魔王としての地位と爵位を与えられ、あっという間に裏界の一勢力の末席に加えられたのだ。
 千年前彼女が手に入れたプラーナの出所も気になるところだった。メアリーは表界に特に侵攻するでもなく、きわめて穏やかに、かつスムーズにプラーナを集めてきたのだ。どこにそんなものがあったというのか。
 それについてもリオンなら知っているだろうか。

「……面白く、ないわね」
 リオンが去った空間の方へと視線を向ける。そこに見えるのはあの街。幾度も悪だくみを繰り返し、幾度もウィザード達に阻止されてきた、あの忌まわしい秋葉原。
 輝明学園を中心とした月匣を見下ろしながら、腕を組む。
「このあたしを差し置いて、一人で楽しもうだなんて」
 どこからともなく風が吹き込んで、ベルの銀髪と輝明学園制服、そして肩にかかったポンチョを揺らす。口元にはいつのまにか不敵な笑みが浮かんでいた。

「見てなさいリオン、それにメアリーとかいう雑魚魔王! 蝿の女王の実力を見せ付けてあげるわ」

 愉しげに言う。一層強い風が吹いたかと思うと、既にベルの姿は掻き消えていた。

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 ──同刻、輝明学園月匣入り口。

「ふぅ、ちょっと手こずっちゃった……でも残念、あんたは因子を持っているだけで、完全に並行世界の同位体ってわけじゃないんだね」
 教室の机に座って足を組み替え、メアリーはすぐ下に倒れているブレザー姿の男を見下ろした。レントだ。
 ファー・ジ・アースに来てウィザードの力が備わったとはいえ、ここはメアリーの作り出した月匣。魔王の力の源ではさすがに場所が悪かったのか、レントは床に伏したまま、動く様子が無い。
 メアリーが愉しげに髪をいじりながら言う。
「でも大丈夫、あんたにも『あの力』はあるみたいだし、あたしが有効に使ってあげるわ」
 指を鳴らすと、床から無数の黒い帯状のエネルギーが、生えるように伸びてきた。それらは瞬く間にレントの体を覆うと、床に沈むようにして消えていった。
 それら一連を嗜虐的な笑みを浮かべて見終わってから、メアリーは立ち上がる。
「さーて、そろそろ他の世界の柊達が引っかかるころだし、回収しに行かなくちゃ」
 そのままふわりと浮き上がり、次の瞬間にメアリーの姿は消えた。
 同時に窓の外から禍々しい光を放っていた紅い月が消え、教室は元の姿を取り戻す。まるで最初から何も無かったかのように。


 ──かくして、役者は揃いつつあった。全ては因縁の街、秋葉原へ。

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あとがき。

マスターシーンです。魔王のターン! です(笑)次からダイブフェイズ、つまり突入編に入ります。
台詞にある『面白い拾い物』についてはまだ、秘密……(柚姉ボイス)ということで。
実はベルよりむしろリオンの描写の方が楽しかったというわなんだこの蝿(ry