Novel
Dive:2〜魔王VS魔王
一方、秋葉原上空。
柊は魔剣を振りかぶり、メアリーに斬りかかった。だがそれは、メアリーにとっては僥倖であったのだ。
「今ここでてめえを倒しゃあ終わりだろ!」
「噂に聞いたとおりの単細胞ね、柊蓮司」
「うるせえええっ!!」
切っ先がメアリーの肩口に触れた。肉を裂く不快な感触はしない。相手は魔王──すなわちエミュレイターだ。
だから、手ごたえが無いことに、一瞬戸惑ったりはしなかった。
「っ!」
柊は慌てて剣を引き、メアリーを蹴って反動で下がろうとした。
「あれ、気付かれちゃった」
柊の蹴りを先程捕まえた切り株こと第三世界エル=ネイシアの柊であるらしき柊ントで防ぎ、メアリーはくすくすと笑いながら背後に浮かばせた黒い触手状の瘴気の塊を振り返る。柊はこれを察知していたのだ。
「まあいいや、柊蓮司は最後! 残りの柊を捕まえよっと」
スカートをぱんぱんっと振り払うと、空中で旋回し下降体勢に入る。メアリーの向かう進路上には、先程ロンギヌスを薙ぎ払って上昇したエルス=ゴーラ産の“鋼騎”と呼ばれる巨大ロボットが迫っていた。
だがそんなものは、メアリーを阻むに足りなかった。ちろりと舌を出し悪戯っぽく笑んでみせると、両腕を鋼騎に突き出し、
「《ヴォーティカル・ショット》」
甘い囁き声のごとく紡がれた呪文。直後、鋼騎の胴体がボコッ、とへこみ、見る見るうちに失速していく。
『うわーだめだー!!』
気付けば胴体部分がほとんど漆黒に押し潰された鋼騎の中から、フェダーイン・ヒイラギのそんな情けない叫び声が聞こえてきた。
次いでメアリーは、そのまま落下に任せている鋼騎の、辛うじて残った頭部に爪先で着地すると、黒い瘴気の帯を出現させてコクピット部分へと這わせていった。金属の曲がる音が響き、乗っていた柊によく似た男の姿があらわになる。
「第二世界の柊も確保っ!」
先刻、輝明学園に展開した月匣内でレントにそうしたように、瘴気の帯がフェダーイン・ヒイラギとついでに柊ントを包み込み、あっという間に一人と一株の姿が溶けるように消えた。
「ちっ……」
着地し、ちょうどトラン達とメアリーを挟み込むような形で距離を取ってその様子を歯痒く見守っていた柊。だがメアリーの猛攻はこれだけでは終わらなかった。
「おのれ、魔王めっ!」
鋼騎に乗ってトランの元へと降下していくメアリーの横合いから、黒き疾風が一閃する。怒りのエンジェル・ヒイラギが、人造天使の証である光り輝く槍を一突きにするべく迫った。
「ふふん」
「何っ……!?」
光の槍を受け止めるように突き出された手をもろともに切り裂いた、と思いエンジェル・ヒイラギは瞬間勝利を確信した。だがそれこそがメアリーの罠だ。
切り裂かれたはずのメアリーの左腕は、みるみるうちにあの瘴気の帯へと変貌し、エンジェル・ヒイラギを取り込んでいく。
「うわーだめだー!」
本日何度目かの同じ台詞を吐きながら、黒い翼を持った厨二病っぽい柊も消えた。
「さて……」
地面に落下した衝撃でスクラップとなった鋼騎の成れの果てからひょいと飛び降りると、メアリーは元に戻した左手をゆらりとトランに向ける。
それと対峙するように、トランも左腕のアガートラームを構えた。彼から見て、ちょうどメアリーを挟んだ反対側にこちらに向かってくる魔剣使いの姿が見える。
視線が合った。
やれる。そう確信したと同時に、トランは体内に構築してある魔法術式──魔装──を開放した。
「《アースハンマー》!」
「っ、と!」
メアリーは咄嗟に飛び退き、トランを捕まえるために伸ばしていた左腕を戻して顔の前で防御体勢をとる。
「ふふ、その程度の……」
「うぉおおおおおおおおっ!!」
「く、っ!」
いい気になろうとしたメアリーの無防備な背中に、突進した柊の魔剣が突き刺さる。トランの魔法攻撃は隙を作るための囮だったのだ。
柊は魔剣を逆袈裟に切り上げた。鮮血の代わりに、メアリーの背中からは黒い瘴気が吹き出てくる。例え相手が美少女でも容赦なしに効率良くHPを削っていくのが柊流(そしてセプター流)である。
しかしそれでも、メアリーが余裕を崩す様子はなかった。
「ちっ、大して効いてねえっ!」
舌打ちして、柊が再び距離を取る。その僅かな間に、トランは戦術を脳内シミュレートしていた。
(アースハンマーでは明らかに火力不足だ。アレに付け替えるとしてその時間を稼ぐには……)
この間、時間にして0,01秒、NW式カウント表にすると1カウントの100分の1だ。
だがトランが次の思考に移ろうとする前に、強烈な閃光が周囲を灼いた。
「いきなり《ディバイン・コロナ・ザ・ランス》っ!!」
光速よりも音速の方が遅い。だから魔法による閃光よりも後に呪文を発する声が聞こえたのはおかしいことではない。
だがその声の主がまずかった。
「そ、その声は……!」
「魔王級エミュレイター!?」
嫌な予感と共に、その場にいたものは全て声の方向──すなわち上を見上げた。
最初にメアリーが浮かんでいた空よりもさらに上。
鮮やか過ぎる紅い月の中央に、まるで絵画のような完璧な配置。
風に煽られて、ウェーブした銀髪と奇妙な柄のポンチョが揺れて。
その人影は、何もない空中に豪奢なソファでもあるかのように優雅な仕草で、脚を組んで座っている。
対峙するだけで分かるその膨大な魔力。先程の一撃も、彼女にとっては呼吸をするようなものなのだろう。
だがその呼気のひとつで、先程までヒイラギ達相手に無双かましていたメアリーに与えたダメージは尋常ではないものなのだろう、今ではメアリーの気配はほとんど無くなっていた。
「べ、ベール=ゼファー!?」
柊が警戒の声をあげ、それまでメアリーに向けていた魔剣を今度はベール=ゼファーに向けた。
「柊蓮司、今あんたに捕まってもらっちゃ困るのよねえ」
ベルはなんでもないことのように言うと、指をくるりと回す。すると彼女の影から、もう一人少女の姿がふわふわと現れた。
「あわ〜〜っ、とーらーんーさ〜〜〜〜〜ん」
「…………ノエルっ!?」
これにはさすがのトラン=セプターといえどもびっくりした。ノエルはベルの指の動きにあわせて空中に浮かび、それが落ち着かないのか手足をじたばたとさせている。
トランはぐっ、と奥歯を噛み締めた。
「ベール=ゼファー、わたしの仲間を人質に取りましたね」
「人聞きの悪いこと言わないで欲しいわね。あたしはこの子を助けてあげたのよ」
ベルはそれに、さも心外と言いたげに唇を歪める。その証拠、とでも言うように指を振り下ろすと、ノエルはそのままふわふわと地上まで降りてくる。
トランが両手を広げて受け止められる位置まで来ると、糸が切れたようにノエルの体は重力に引かれて、トランの支えを得て何とか着地した。
「ノエル、一体どういうことです?」
「そ、それが大変なんですっ、レントさんが黒いものにぶわ〜って消えちゃって……ええとそれで、だからっ……あああ、すみませんっ、うまく言えないけどとにかく大変なんです〜っ!!」
真新しい制服はあちこちが煤けていた。それも気にせず、ノエルはわたわたと手をばたつかせながら焦った様子で伝えようとする。
「ちょっと! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
そんなノエルの背後にスタッと降り立つ少女の影。見た目は少女だが正体は大魔王である。ベルはいつもと変わらぬ尊大な調子でずかずかとトランの方に近づいていく──後方からは、いまだ警戒を崩さないままの柊を連れて。
「そこの柊蓮司っぽいロンギヌス! 今はこのオリジン引っ張ってアンゼロットの所に行きなさい」
ノエルを後ろに隠したトランに向かって、ベルはくい、と親指で背後の柊を指差した。
どうも何かがおかしい。トランにはその違和感が何なのかは分からなかったが、どうやら柊には分かったようで、彼は魔剣を下ろしていた。
「……何かあんのか」
「ええ。柊蓮司、あんたがメアリーに捕まると、ちょっとあたしにとってまずいのよね」
"あたしにとって"
ここでふと、トランには思い当たるところがあった。
大魔王ベール=ゼファーは、表界侵攻をゲームのように捉えている。そしてクリアするのは自分をおいて他にはいない、とも思っている、そうだ。
メアリーと敵対し、こちらに味方するかのようなそぶりを見せるのはおそらくそのためだ。彼女はメアリーの野望の邪魔をしに来たのだろう。トランはアガートラームを向ける手を下ろした。
「理解が早くて助かるわ」
ベルが微笑む。外見は幼いのに妖艶な笑みだ。だが彼女の背後では、柊が嫌そうな顔をする。
「俺はごめんだぜ、あの女の保護下に入るなんて。第一、さっきようやく抜け出してきたってのに」
ふてくされたような柊の言葉に、ベルの微笑みが凍りつく。もちろん、ベルは今彼の方に背を向けているからして、柊がそれに気付く気配は無い。
「そんなことするより、ここで一気にあいつを倒した方が手っ取り早いってもんだろ」
「……あんた、何も分かってないのね」
底冷えがするような声で言い放ち、ベルはゆるりと柊を振り返った。
「あの子はあんたを欲しがってるの。つまり、あんたがあの子の手に渡ったら一手リードされるってことになるのよ、このあたしが」
確かにアンゼロットに預けるのは癪だけど。
付け加えるようにそう言ったベルの表情は、既に笑ってはいなかった。それでも決して怯まないあたり、柊とベルはわりと長い付き合いなのがうかがえる。
ともあれ今のうちだ。
トランは控えていたロンギヌスに合図すると、じりじりと柊達を取り囲むように配置させた。
彼も今はロンギヌスの一員なのである。アンゼロットの出した柊捕獲の命はいまだ有効だ。
「っておい、てめぇらいつの間に……!」
やっと気付いた柊が慌てて周囲を見回した時だった。
「やってくれるわ……ベール=ゼファー……!」
瓦礫の下から響く声。がらり、とそのかけらを取り払いながらメアリー=スーは立っていた。
あれほどの魔法攻撃が直撃したというのに、少女の体には傷一つついていない。さすがのベルも驚愕で目を見開いた。
「あんた生きてたの!?」
「驚いた? あたし今チート状態だから」
愉しそうなメアリーの言葉は、ゲームにおけるズルを嫌うベルの逆鱗に触れた。
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あとがき。
NW側(柊とかヒイラギとか柊とか)の描写を濃くしようと思ったらARA側が空気になっていた
な、何を言ってるのかわからねーと思うが(ry
そんな感じで、現在どう見てもNPCです本当に(ryなローゼス全員ベル様のお荷物状態に……
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おまけ。
GM「じゃあこのシーンはこのくらいで……次のシーンに行くよ」
ノエル「あのー、ところでクリスさんとエイプリルさんは? この場に一緒に来たんですよね?」
クリス「ええ……しかし、登場判定に失敗しましてっ!(一同爆笑)」
エイプリル「俺ら、まだウィザードですらないからな!(一同爆笑)」
ノエル「な、なるほどぉっ……!」