Novel
Dive:5〜約束のかわりに〜
──アンゼロット城・司令室
『うわーもうだめだー!!』
モニター越しに、柊たちの断末魔がこだまする。
「だ、駄目です! 各世界の柊たち、魔王メアリー=スーの月匣に次々と取り込まれていきます!」
「くっ……」
報告を聞くアンゼロット。その表情は苦々しい。
今回も後手に回ってしまったというのか。あるいは、自分がいつもの手段を──『世界を護るために小さな犠牲を出す』ことを、今回に限って渋ってしまったからか──
膝の上で握られた拳が小さく震えた。
「秋葉原へ派遣したロンギヌスD.C.の様子はどうです?」
「現在、月匣内部にて……は、反応、消えました! 生死は……不明!!」
「ガッデム!」
椅子の肘掛けを叩いて、アンゼロットが立ち上がる。反動で横のテーブルセットに置かれたティーカップががちゃりと音を立てて割れた。
状況は絶望的だ。
直接干渉できないこの身がもどかしい。
だが、後悔する時間すら与えられてはいない。それが世界の守護者の現状だった。顔を伏せるアンゼロットの耳に、後ろを振り返ってこちらを見上げるロンギヌスの声が、断罪のように突き刺さる。
「アンゼロット様!」
「今度は何です?」
だが、次に聞こえてきたのは断罪ではなく希望だった。
「柊蓮司が目を覚ましました!」
直後、司令室を走り去る小さな靴音が響いた。
「……う……」
清潔なベッドの上で柊は目を覚ました。正直、戦闘の後にこんな気持ちの良い目覚めがあるなどいままで想像すらしたことはなかった。
どこか居心地の悪さを感じ、柊はのそりとベッドを抜け出そうとする。鈍った関節を鳴らし、体を起こしてドアの方へと向く。
「柊さん……っ」
飛び込んできたのは、銀色の髪と黒いドレス。悲痛な叫び声は、今までに聞いた『彼女』の声のどれよりもか弱く感じられた。
「アンゼロット……?」
「わたくしの……わたくしのミスです! こんなことになるなんて……守護者の権限を越え、かつてあなたがそうしたように、世界とあなたの両方を救おうとした、わたくしの傲慢です!」
「……よく話が見えねえんだが」
ベッド脇に駆け寄り、アンゼロットは柊のそばにへたり込んだ。まるで泣いているかのような守護者の声に戸惑いながらも、柊は眼前で震える小さな肩に手を置く。
少し経って、アンゼロットは袖で顔をぐしぐしと拭くとやっと顔を起こした。
「ごめんなさい、柊さん。取り乱しました……今回の件について、聞いていただけますか?」
「ああ……」
目の前にあったのは、やはり柊の知る守護者としての顔を持ったアンゼロットだった。神妙な顔で頷く。はっと気が付いて肩に置いた手を退けると、アンゼロットは立ち上がり、話し出した。
「今回、このファー・ジ・アースを侵食しているのは魔王メアリー=スー。これだけならばまだ対処の仕様もありました。ですが、かの魔王は冥界より恐るべき力を手に入れました」
「……柊力、か?」
渋い顔をして柊が問うと、アンゼロットは首肯し、続ける。
「冥界に堕ちたアルティメット柊の遺体を復活させて世界結界の力を下げるつもりなのでしょう。そのために、ありとあらゆる並行世界より、柊さんの同位存在を呼び吸収した……」
「そこなんだよな」
聞きながら、柊はベッドを出た。関節をばきばきと鳴らしながら体の調子を確かめると、疑問を口にする。
「つまり、俺まで吸収されちまったらアルティメットが完全に復活する……ってことじゃねえのか?」
だからアンゼロットは自分を隔離しようとした。そしてそれが気に入らなくて、自分は命令を無視して出撃した、はずだ。だがアンゼロットはゆるりと首を横に振った。
「いいえ、その逆です」
「……逆?」
「冥界の力を得たアルティメット柊といえど、所詮は模造品……しかも、一度わたくしたちに敗れています。この件は、柊さん……オリジンたるあなたを吸収させてしまえば、アルティメットごと全ての柊さんが消失することにより、その能力が失われるはずでした」
「!!」
アンゼロットの視線がきつくなる。
「わたくしたちは、各世界の『柊蓮司』だけを犠牲に、この世界を守ることができる。メアリー=スーはその事実に気付いていないようでしたから、柊さんだけを送り込めば、この事件は解決するはずでした」
「おい……それって」
「……そう、かつてわたくしが、赤羽くれはや志宝エリスを犠牲に、この世界を守ろうとしたように」
柊は戦慄した。
今回のことは、すべてアンゼロットの無謀ともいえる勇気が引き起こしたのだ。しかもその原因が自分にある。常に彼女の言う非情な判断──仲間を犠牲に世界を守ること──に反発し、必ず乗り越えて戻ってきた自分に。
「けれど、わたくしにはそれができませんでした。いつもならば迷うことなく決断するはずなのに。誰から恨まれようとも、世界を守ることだけを優先させていた、このわたくしが」
アンゼロットの声は再び震え出した。懺悔のように。普段はそれらを聞くべき立場にある彼女が今この場で、初めて自らの罪を告白している。
「わたくしは愚かです。人には常に愛する者よりも世界を守ることを優先させておいて、いざ自分の番が来てみれば、人に強いたその選択が怖くなった……その結果がこのザマです」
「……ばーか」
「えっ……」
それ以上聞くこともないと思った。柊はアンゼロットの頭を軽く小突くと、視線をそらせながら小さく呟いた。
「ひ、柊さん?」
「要は俺に感化されたってことかよ……ったく、しゃあねえな」
「ど、どういうことですか?」
「世界が強いる最小限の犠牲……それを嫌ってどっちも守ろうとした、っていうのは分かったよ。俺のため……なんだろ?」
ぐいっと横を向く。なんとなく、アンゼロットの顔を見れなかった。ただ、守護者としての任務を放棄してまでそうしてくれたことを、嬉しいと感じるのはなんだか彼女に失礼な気がした。
だから柊は、再び前を向いた時わざと怒ったような顔を作った。
「いいか、アンゼロット。俺を見くびんな」
「なっ……何ですか!? わたくしだって……」
途端にアンゼロットの眉がつり上がる。だがその続きは言わせずに、柊は畳み掛けるように言った。
「そんな大事なこと俺に黙ってて、また一人で憎まれ役おっ被ろうってのか?」
「……柊、さん?」
「お前はいつも通りでいいんだよ。いつもみたいに、笑って無茶なこと言って問答無用で任務押し付けて、そうやって世界を守ってりゃいんだ」
「しかし、柊さんはそれを嫌って……」
「お前は『世界を守るためならどんなことでもする女』なんだろ? だったら、俺一人の犠牲ですむことなら俺を差し出せばいい。そしたら、俺がまた世界も俺自身も、両方救って戻ってきてやる。俺は常に、お前の言う小さな犠牲を出さずに最後まで足掻いてやる。……だから、俺を行かせろ、アンゼロット」
「柊さん……」
「それに俺、何だかんだでお前の依頼、断ったことねえしな」
頭をかく。この言葉は柊なりの彼女への、そして世界への誓約だった。
守護者は迷ってはいけない。非情な判断を下さねばならない立場の者が迷ってはいけない。誰を犠牲にすることになっても平然と指令を下せなければならない。
そうしたら、柊は自分自身が動くことで、それを覆せるのだ。覆すことで、彼女が誰かから恨まれることを防げるのだ。そうでなくては、彼女のもとで戦う意味がない。
そこで柊は、アンゼロットの顔をまじまじと見つめている自分に気が付いた。そこには、先程の迷いや後悔などの感情は一切残っていない。いつもの彼女だ。
「分かりました。では柊さん……世界のために、死んでください」
そして下される非情な指令。柊は笑ってそれに答えた。
「へっ……やなこった」
それを聞いたアンゼロットの表情も、どこか晴れやかなものに見えた。青空に朧気に浮かぶ、一見儚いようでいて、その内にはエミュレイターの紅い月さえも塗り潰す静かな強さをたたえた、真昼の月のような美しい笑顔だった。
「俺は生きて帰ってくるぜ? お前に「ほら見ろ、大丈夫だったろ」って言うためにな」
「そう言うと思っていました。しかしその約束はいたしません」
「当たり前だ。だって絶対帰ってくるんだから、わざわざ約束する必要もねえだろ」
「そうですわね。そのかわりに、柊さん……」
「え……」
アンゼロットは柊の横に回りこみ、服の裾を下に引っ張った。何事かとバランスを崩しかけながら、アンゼロットの頭の高さまで中途半端にしゃがみ込んだ柊の耳元に、甘い声で囁く。
「かわりに、守護者の『祝福』を」
「? 何だよ、祝福、って…………!」
今の言葉を聞き返そうと、首を捻ってアンゼロットに向き合おうとする直前、柊の頬に何か柔らかいものが触れた。
「……さて、ではメアリー=スーの月匣の中までお送りします」
僅かに上気した頬を隠し、気を取り直すかのようにアンゼロットが言うと、すぐさま司令部に残っているロンギヌスに通信を繋いだ。
「至急、衛星軌道上のレーヴァティン級バトルシップ・ヴァルキリーに電文を。送信する内容は──『主の行く道を開け』──と」
『はっ!』
「おい、今なんか、不吉な単語が聞こえた気がしたんだが……っ」
「何も心配することはありません。柊さんはそのまま、地上へ向かってください。えいっ」
通信を切り、アンゼロットが紐を引く。途端に柊の足元がパカッと割れて、彼はそのまま地上へと落下して行った。
「またこのパターンかよぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「柊さん……どうか、無事に帰ってきてくださいね……」
小さくなっていく柊の姿を見下ろして、アンゼロットは胸の前で手を組み、ひそやかに祈りを捧げた。
──そして魔法使いは、夜空を翔ける(FLY INTO THE NIGHT)!
「ちきしょおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
叫びながら、柊が覚悟を決めた瞬間のことである。ふいに遥か天空彼方より、奇怪な『声』が聞こえてきた。
『HA-----HAHAHAHAHAHAHA!! ゴ主人サマ、コノ私ガ道ヲ開ケマショーウッ!!』
「そ、その声、その喋り方はやっぱり……っ!?」
成層圏から落下していく柊は、空の彼方に何かが光ったような気がした。やっぱりアンゼロットが連絡を取ったのはアイツか? いや、ありえない。しかしそのあるはずがないモノが、確かに存在を主張するプラーナの光を放ち──
『ポジトロンライフル、発射シマース!』
「こ、この展開は……!」
『SHOOOOOOOOOOOOOOOOOT!!』
ゴキゲンな発射音とともに、柊のすぐそばを極太の光の束が通り過ぎていく。それは確かに、眼下の月匣に包まれた秋葉原の一画、輝明学園に向かって行ったわけなのだが……微妙に軌道をそれて東京湾の海水を蒸発させた。
『Oh! My God! 何トイウ事デショーウッ!? 外レテシマーイマシタ! シカシ、コレハ美味シイデース!』
「おーまいがー、じゃねぇぇぇぇよっ!?」
『HA-----------HAHAHAHAHAHAHAHAHAッ! ナイッスジョォークッ!!』
馬鹿笑いするイカれたヴァルキリーの声を最後に、通信は途絶えた。
下には無傷の月匣。柊はヤケクソで魔剣を引き抜き、垂直に構えたまま落ちていった。
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あとがき。
※後半はBGM:FLY INTO THE NIGHTでお読みください(笑)
途中までいいシーンだった気もするけど全部台無し……という感じで、いよいよ次回からクライマックスフェイズに突入です!
「ヴィオレットはナイトウィザードのキャラだ」ってじゅんいっちゃんが言ってました!(笑)
でも一応、
※アリアンロッドRPG、ナイトウィザード、アルシャードは
有限会社ファーイースト・アミューズメントリサーチの著作物です。
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おまけ。
GM「じゃあ次のシーンからクライマックスね。みんなお待たせ!(笑)」
ノエル「ところで……レントさんはどうなってるんでしょう……?」
GM「うむ! それじゃあそろそろキャラクターシートを交換しようか♪」
レント「そっすねー」(ごそごそ)
ノエル「え? え? どういうことですかっ!?」
レント(以下、柊)「というわけで、今回俺が使うキャラクターでーす。名前は柊蓮司、クラスは魔剣使い/アタッカー、属性は風/火です」
ノエル「えぇ!? あ、あの、えぇえっ!?」
エイプリル「……って、炎砦で使った手じゃねえか!」
クリス「二番煎じかよ!!」
柊「いやー、また同じ手を使うことになるとは思いませんでしたよ(笑)」
GM「スケアクロウはただの雑魚の一発キャラだったけど、今回はレントをダミーにしたからな。分かりづらかっただろう!」
一同「分かるかぁあああああっ!?」