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Climax:2〜下がる世界〜

 柊達、ウィザードの戦闘準備が整ったのとほぼ同時刻。
 中央に据えられた巨大なカプセル──そこに『デビル柊』とやらが入っているのだろう──から発せられる光が強まり、月匣全体を大きな振動が襲った。
 それを背後に感じ、メアリーが勝ち誇って言う。
「さあ、デビル柊! お前の主“冥腐王”メアリー=スーが命じる! お前の力で、第八世界ファー・ジ・アースを下げ尽くしなさいっ!」
「何っ!?」
 メアリーの声に呼応するかのようにカプセルが煙を撒き散らしながらゆっくりと開かれていく。それらは空気よりも重いのだろう、噴霧の後床を這うように広がって行き、先程出現した冥界の沼と一体化していく。
 これこそが、全てを下げる『柊力』に冥魔としての恐るべき力を兼ね備えた『超☆ハイブリッド冥魔王デビル柊』とでも言うべきものへと変貌した、アルティメット柊の成れの果てであった。
 そのハイブリッド柊力は、先にメアリーが召喚した腐沼の領域を瞬く間に凌駕し、ベルたちの足元にまで迫ってくる……そう、既にベルたちの足元まで迫って来ていたのだ。
「ふふふ……素晴らしいわデビル柊、いえ、デビル柊様! ……あら? なんであたしが下になってるのよ?」
 メアリーはここで初めて異変に気付いた。自らの足元が束縛されるような、全身の力が抜けていくような……
 焦る彼女の前に、ゆらりと動く影が四つ。

「よう……30秒、経ったぜ?」
「え、あ、あら?」
「ってことは、あと4分30秒ですねっ! だから、えーと……」
「落ち着け。カウント換算で約270だ」
「あら、えっと、みなさん……?」
 おほほほ、と口に手を当てて笑うメアリーを取り囲み、一同は武器を構えた。それ見たことかと言わんばかりの柊の声が、魔剣の唸りと共に訪れる。
「どうせこんなこったろうと思ったよ! てめえも思いっきり『柊力』浴びて弱体化してんじゃねーか!!」
「あンっ♪」

 剣が閃く。
 色っぽいような気持ち悪いような悲鳴を上げて、冥腐王メアリー=スーはファー・ジ・アースより消え去った。
「お、終わってみれば、あっけなかった……ですね」
「いや……まだだ」
 気が抜けたようなノエルに釘を刺すように、エイプリルは握った二挺の銃を、今度は巨大カプセル──すなわちデビル柊の方へ向ける。
 やがてゆっくりと、地響きのような音を立てて、カプセルの蓋が開ききった。中から何者かが出てくる前に、鋭い銃弾が二発、そこへ打ち込まれる。
 しかし。
「弾の速度が……下がった!?」
 エイプリルは目を見開いた。彼女の銃から放たれる一撃は必殺の速さを持っていた。だがそれらはカプセルの中にいた人物に届くことなく、失速し地面へと落ちる。ずぶり、とあっという間に沼が二発の銃弾を飲み込んだ。
 その頃にはようやく煙が晴れ、一行はそいつの姿を見た。

 瘴気でボロボロになったローブをまとい、髪は薄茶、俯いた顔から僅かにうかがえるのは、それが柊蓮司の顔と酷似しているということ。
「アルティメット柊……!」
 かつて柊たちが倒した男が、そこにいた。
「俺、は……柊……全てを、下げる……男……」
 もはやアルティメットとも呼べない柊の成れの果て。デビル柊は抑揚の無い声で言うと、両手を掲げてみせる。それを合図に──柊力が加速した!
「うぉおおっ!?」
「あわわわあああうっ!?」
 部屋全体が鳴動した。既にメアリー=スーの月匣は解除されているというのに、そのままになっている無数のカプセルが一気に揺れ始める。ガラスに亀裂が入り、デビル柊に力を供給していたパイプが引きちぎられ、崩れ落ちていく。
「この部屋全体が下がってるのか!?」
「ここは100階層あるダンジョンなんだ。階層ごと落ちたって不思議はねえ! ……が……!」
 驚くクリスに答えながら、柊は奥歯を噛む。究極の柊力を持った今の奴が、ダンジョンの一部屋に過ぎないここのフロアひとつを下げるだけで済むはずがない。加えて、捕まっていた他の世界の自分たちも、このままではどうなるか分からない。
 何が狙いだ……脳髄を高速回転させる柊の耳に、ふとノイズ混じりの聞き慣れた声が飛び込んできた。

『……さん……ひ……ぎさん……柊さん! 聞こえますか?』
「アンゼロット!?」
 可憐にして傲慢、そしてたまにシリアス。声の主は紛れもなくアンゼロットだった。声が届いたことを確認すると、アンゼロットの口から溜息が漏れる。
『良かった……まだ無事のようですね』
「アンゼロット、何が起きた?」
『わたくしが『何が起きた』か伝える時は、世界滅亡の危機が訪れた時だけです。よく聞いてください……第八世界ファー・ジ・アースが、冥界へと引きずり込まれつつあります』
「何っ!?」
 一行に衝撃が走った。どういうことだ。この世界を冥界へ落とそうとしたのはメアリーであり、デビル柊の力を行使していたのもまたメアリーであったのではなかったのか。
「どういう原理だ!?」
 柊は月衣から通信機器──0-Phoneを取り出すと耳に当てる。先ほどまでノイズ混じりだったアンゼロットの声が明瞭に聞こえてきて、なぜだか少しだけ安心した。

『デビル柊の柊力が、世界結界の作用する力を下げているのです』
「それが下がると……どうなるんだ?」
『世界が非常識になります』
「ごもっとも!」
『まあ、それは極端な言い方にしても、これまで常識によってファー・ジ・アースに存在することを許されなかった超常のもの……侵魔や冥魔といった存在が、この世界に顕現しやすくなります』
 淡々と続くアンゼロットの説明は、それが逆に彼女の焦りを伝えている、と柊には感じられた。こういう時彼女は冷静になるしかないのだ。
 だから柊自身も、落ち着いて対応を考えることができる。これはある意味僥倖だった。
「つまりデビル柊を倒せばいいってことか?」
『いえ……それだけでは駄目です。あれは他の魔王と同じ写し身ですから、本体を倒さない限りこの現象は止まりません』
「本体って、どこにあるんだよ?」
『冥界です』
「はぁ!?」
 こともなげに言う。さすがに柊は叫んでいた。
 いくら常識の通用しないウィザードとはいえ、それはファー・ジ・アース内でのこと。冥界などに行けば、月衣だって通用するわけがない。
「いくら何でも冥界に乗り込んで本体倒せ、なんて無理ゲーだろ!?」
『……その通りですね。ですから』

 アンゼロットがいったん言葉を切るのと、柊に覆いかぶさるように影が落ちるのはほぼ同時だった。
「……っ」
「お前、確か」
 いきなり飛び込んできた金髪の聖騎士の横顔を見て、柊は僅かに驚きの表情を浮かべる。
 騎士がちらりと視線だけで柊を振り返った。
「クリス、だ。クリス=ファーディナント」
「あ、ああ。悪いなクリス、助かった」
 礼を言われると、すぐさま正面に向き直り、卑怯にも電話中の柊に襲いかかろうとしたデビル柊の攻撃を剣でじりじりと押し戻す。
「別に……ただ、お前を見ていたら自然と体が動いたんだ。こうしなきゃいけないって……」
 そこまで言って、裂帛の気合を込めて剣を振り切る。力負けしたデビル柊が後退するのをみとめると、再び手で覆っていた0-Phoneの通話口に向かう。
 クリスが稼いだ僅かな時間。この機を逃すことはできない。
「で、どうするって?」
 具体的な名詞も何もない一言だったが、アンゼロットには通じたようだ。
『世界結界の効果が下がった影響で、冥界と繋がるクリーチャーホールが開きかけています。それを塞いでしまえば、ファー・ジ・アースの冥界堕ちは止められます』
「分かった、後は俺たちに任せとけ」
 そして通信を切ろうとしたが、アンゼロットの言葉はまだ続いていた。
『急いでください。制限時間は5分……いえ、おそらく3分もないかと』
「なんで早くなってんだよ!?」
『メアリーの月匣が、柊力が外に出るのを僅かですが防いでいたのです。それがなくなった今、柊力の広がるスピードは増すばかりです! 一刻も早く、デビル柊の写し身撃破と、クリーチャーホールの封鎖を!』
 通信を切るのももどかしく、柊は月衣に0-Phoneをしまった。見ればローゼスのメンバーも既に戦闘準備は完了しているらしい。慣れた動作でフォーメーションを組んでいる。
 柊のすぐ横、銃を構えたままエイプリルが問う。
「話は終わったか」
「まあな。けど、奴を倒して終わり、って単純な話じゃなくなっちまった」
「で、どうするんだ」
 アイコンタクトと最低限の会話のみで話を進めていく。初めて組むはずなのに、なぜだか柊には何度も生死を共にしている間柄にあるかのように錯覚した。
「俺が奴を食い止める。その間にクリーチャーホールの方をどうにかしてくれ」
 魔剣でカプセル──開きつつあるクリーチャーホールの中心点を指すと、返事も待たず柊はデビル柊に向かって駆け出した。
 彼の脳裏に、ここに来る前にアンゼロットと交わした会話がよみがえる。

 ──柊さん……オリジンたるあなたを吸収させてしまえば、アルティメットごと全ての柊さんが消失することにより、その能力が失われるはず──

(最悪の事態も想定しろってことかよ、くそ)

 アンゼロットの言った通りに、小を犠牲にして大を救うようなやり方は気に食わない。だが万が一のことは考えておかなければならない。今更ながらに柊はアンゼロットがいつも下していた決断の重さを実感した。
「うぉおおおおおっ!」
 それは雑念となって、柊の剣筋を鈍らせる。
 狙い違わずデビル柊を捉えたはずの彼の魔剣は、バイオ化した腕にいともあっさりと防がれた。
 明らかに以前より強くなっている。柊の奥歯がぎしりと軋んだ。

 そんな柊一人に奴の相手を任せ、クリスたちローゼスは打ち合う二人を迂回しようと漆黒の沼と格闘していた。この沼をどうにかする方法も、クリーチャーホールとやらを塞ぐ算段もいまだ無く、刻々と迫るタイムリミットに自然と焦りが浮かんでくる。
「くそ……こんな時、あいつがいれば……」
「あいつ?」
 思わず呟いた言葉に聞き返してきた想定外の返事。その相手を確かめることなく、クリスは続けた。
 防御役のはずの自分すら伴わず単身デビル柊に突っ込んでいった柊の背中に、ふとある人物の影が浮かんだ。クリスが今、思い出した人物。
「あいつはいけ好かない悪党で、運も悪くてお人よしで」
「そうなんですか」
「でも誰より仲間のことを考えてて……」
「しかも超強くてかっこよくて」
「そう、かっこよ……え?」
 意外と近くから聞こえてきた声に振り向く。

 そこに、彼が思い描いた通りの人物がいた。言葉を失ったクリスの代わりに最初に驚きの声を上げたのはノエルだった。

「と、トランさんっ!?」
「お前、無事だったのか!」
 珍しく目を見開き驚愕の表情を浮かべるエイプリル。その瞳に映るのは、濃紫の髪と目を持った長身の男。ロンギヌス制服はボロボロになり、左腕に嵌められた籠手だけが静かに光を放っている。
 最後に見た時被っていた仮面こそなくなっているものの、それは確かにファー・ジ・アースに転生したトラン=セプターその人であった。

 トランは三人の顔をゆっくり見回すと、静かに告げた。
「ふっ……仮面がなければ即死でした」

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あとがき。

というわけで、復活です!
アンゼ様の救済策その1。ちなみにその2も一応伏線張ってます。
ヒントは柊のほっぺ(バレバレ)

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おまけ。

GM「そしてトランは言う……「仮面がなければ即死でした」(一同爆笑)」
一同「嘘つけーっ!?」
GM「いやぁ、やっぱりこの台詞は言わないとね(笑)」
クリス「そのためだけに生きてたのかっ!?」
柊「いや、トランの装備をよく見てください」
ノエル「この、ロンギヌスの仮面、ってやつですか?」
エイプリル「ああ、装備してると生死判定の成功率が上がるのか」
GM「トラン……いや、ロンギヌスが仮面をつけているのはそのためなんだよ」
ノエル「なるほどぉ〜」
GM「つまり、まさに「仮面がなければ即死だった」というわけだ!」
柊「それ言うために仮面のデータ作ったんですかっ!?」
GM「おうっ!(一同大爆笑)」