Novel
夏はスキルガイド休暇をとろうぜ!
その日、城は休日だった。
アルが部屋の隅に座り込んで何かを読み耽っていた時、そいつは現れた。
「よーう、アル、ひっさしぶりー……って、聞いてねーな……」
客は長く伸ばした金髪をがしがしとかき、何かの本を読み続けるアルの目の前までやって来ていた。
ふと本に影が差し、それでやっとアルが顔を上げる。
「……どうやって入った、サイラス」
うんざりと見上げるが、来客──サイラスは手をヒラヒラと振ってみせるだけである。
「まーまー。それより、今日休みなんだって? どっか行こうぜー?」
「断る」
「何でよ」
「今日は『スキルガイド休暇』だからな。俺は今日一日、ずっとスキルガイドを読んで過ごす」
それだけ言うと、アルは座る角度を変えて再び本──『スキルガイド』に視線を落とした。途端にサイラスが何やら憤った声を上げて回り込むが、今度は壁伝いに座ったままずりずりと移動してまで読み続けた。
スキルガイド休暇──それは、女王ピアニィより言い渡された、城内の人間がスキルガイドを読み込むためだけに用意された休みである。
フェリタニアの騎士であるアルもそれは例外ではなく、ピアニィは城内全員に、平等に休暇をくれたのだ。ただし、スキルガイドを買うお金は各自負担であるが。
サイラスがこうも簡単にバーランド宮に入り込めたのもそのおかげであった。今日一日、城の人間はずっとスキルガイドを読んでいるので、彼の侵入を誰も止めることはなかったのである……それはそれで一国の拠点として問題がありまくりなような気もするが。
ともかく、しばらくそんな攻防戦が続いたが、先に根を上げたのはサイラスの方だった。
「あーもー、わーかったよ! 邪魔しませんー」
頬を膨らませて投げやりにそう言う。元が美形なだけにその時の表情の崩れようは筆舌につくしがたいものがある。ともかくそれを聞き、ようやくアルも本を持ったまま室内を徘徊するのをやめた。
かわりに、サイラスをまじまじと見つめ、
「お前も読んどけ。プリスキルはパーティーの生命線だ、重要だぞ」
真顔で見つめられて、サイラスもなんとなく「それはそうかも」という気持ちになってしまっていた。
「じゃあちょっと貸し……」
「自分で買え」
アルの手からスキルガイドを取ろうとするが、それはあっさり避けられる。再びサイラスが頬を膨らませる。
「いーじゃんか、ケチー」
「良くない。売り上げに直結するんだから買え。できれば予備と保存用合わせて三冊は買っとけ」
「売り上げ……?」
すぅっと薄目になる。メタなこと言うなよ、と言いたかったが、残念ながらサイラスには中の人がいないためそっちのネタには持っていけなかった。
数分後、そこには即行で黄色潜水艦からスキルガイドを三冊買って帰ってくるサイラスの姿が!
「たーだいまー、ほら、ちゃーんと三冊買ってきてやったぞー」
自慢げに掲げてみせると、アルはちらりとそちらを見遣った後無言で自分が座り込んでいる床のすぐそばをぽんぽんと叩いた。座れ、と言っているのだ。
「はーいはい、っと」
それに笑顔で答え、サイラスもアルに倣って床に腰を下ろした。そして本を開く……ふりをしながら、くるりとアルの方を向き、俯いている無防備な頬に音を立てて唇を落とした。
「……!」
「スキありー、ってね」
頬を手で押さえてがばっと顔を上げるアルにニヤリと笑ってみせると、少しだけ睨まれたがまたすぐに本に視線を戻される。
それがなんとなく面白くないな、と思いかけたところで、アルが低く呟くのが聞こえてきた。
「……今日は」
「んー?」
「今日は、ここで何やっても、誰も来ねえぞ」
「アル……?」
「みんなスキルガイド読んでるからな。だから……」
頬を押さえたままアルが再び顔を上げた。少しだけ視線をそらして、けれど顔はサイラスの正面に向けて。
「だからさっきのも……その、何だ。許してやる」
サイラスは満面の笑みを浮かべた。
「そーれじゃあ、もーっと凄いことしても、誰も来ない?」
「すんな! スキルガイド読めよっ!?」
笑顔を浮かべたままのサイラスの顔面に、アルのアイアンクローが炸裂する。
かなり痛いはずなのだが、その日城を出るまで、サイラスの顔から笑みが消えることはなかったという。
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あとがき。
実際何までして何をしてないのかはご想像にお任せします(笑)
これを書いた頃は、まさかサイラスが(ネタバレにつき削除)だったとは夢にも思わなかったぜ!
きっとアル以上に読み込んでるんではないかと。ホラ、興味を引くためとか。