Novel

ベネットの意外な特技・後編

「ふぅ……酷い目に遭ったでやんす……」

 鼻の先から氷柱を垂らし、露出の高い衣装を纏った体をガタガタと震わせながら、バーランド宮をほてほて歩くヴァーナの女が一人。
 誰あろうベネットである。彼女は寒さに凍えながら、己の境遇を呪う言葉を吐き出していた。
「なんでこんなことに……こんなことになるんなら、エリンディルにいるんだった……」
 あの後、調子に乗りすぎたベネットはアル──もとい、シュンサク(仮名)とラブコメどころかハーレクインまで繰り広げ、ピアニィに「ベネットちゃん、やりすぎ」と言われて女王の吹雪(お仕置き)を食らったのだ。ちなみに、アルはセッション終了後「俺、もうギアドライバーのキャラはやらねえ」と言ったきりなんかよそよそしくて、何となく避けられている感じだ。
「ああ……懐かしのエリンディル……ホームシックでやんすぅ……」
 べそをかきながら、ベネットはその懐かしくも輝かしい思い出にしばし浸った──


 クラン=ベルの四英雄と称されたベネットは、その後粛清の監視者フェルシアの配下として様々な任務をこなすようになった。元・薔薇の巫女ノイエの護衛や側仕えもそのうちの一つである。
 ディアスロンドの神殿にて、ベネットがノイエの元へ行こうとした時、ふと背後から声がかかった。それは彼女の良く知る、あのお方の、

「ふ〜き〜つ〜じゃ〜」
「のぉおおわあああっ!?」
 ベネットが振り返ると、そこにはぼろを纏った小柄な老女がいた。
「い、いきなり出てこないで欲しいでやんす、っていうか気に入ったでやんすかその変装」
「ベネット、監視者殿に失礼ですよ」
 反対側にはいつの間にか、翡翠色のコートを着た女騎士が立っていた。あくまでも優しい口調でベネットを諭すように叱るが、その瞳は笑っていない。
「が、ガーベラ様、まで、いらっしゃったでやんすか……?」
 体が即座にご機嫌伺いをしようと反応してしまう。それを遮るようにババアが問う。
「それよりおぬし、今日のシナリオはちゃんとできあがっとるのか?」
「は、はぁ、そりゃ一応……今回はギミック凝らしたダンジョンもので行こうかと……」
「あら、それじゃ駄目です」
「そうじゃ、駄目じゃ」
「なっ、なんでやんすかっ!?」
 人がせっかく一晩考えたシナリオをこうもあっさりと却下するとは。ベネットは折れそうな心を何とか奮い立たせようとした。が、それは笑顔のガーベラとババアによりもろくも崩れ去った。
「今日はノエル様が遊びにいらっしゃるんです。ですから前回の続きをしましょう」
「ぶぇえっ!? あ、あれキャンペーンの予定なんかないでやんす……っ!?」
「どうもノエルは、この前使ったノリコ(仮名)がお気に入りのようでのう、ぜひまた遊びたいと言っておった。それにほれ、まだまだ回収してない伏線もいっぱいあったじゃろう」
「そ、それはっ、ノエル様の考えてきた設定が膨大すぎてとてもとても全部を組み込めなかったでやんすっ」
 じりじり、と。
 二人に詰め寄られ、ベネットが後ずさる。
 背中にはひんやりとした壁の感触。
「プレイヤーの考えてきた設定は拾ってあげるのが良いGMというものですよ。ノイエ様も、ノエル様とセッションをご一緒するのをとても楽しみにしておられるのですから」
「それにワシのPCのユーラ(仮名)の設定も全然消化し切れてないからのお、せいぜい頑張ることじゃ」
「だ、だったらあんたがGMやればいいでやんすよ〜! なぜにあっしばっかりGMでやんすかっ!?」
「ババアは何もできぬ」
「都合のいい時だけババアになるな〜っ!?」
「……ほう」

 ババアの手がフードにかかった。そしてその隣では、ババアこと監視者フェルシアに無礼を働いたベネットに罰を与えんとガーベラが抜剣する。
「ベネット……そこに直りなさい」
「……《インフェルノ》」

「ひ、ヒィィイイイイッ!?」

 ベネットの悲鳴と同時に、ディアスロンド神殿の一画が謎の大爆発を起こした。


 ──そして戻ってきてアルディオン。
「……あれ? どっちもあんまり変わらないでやんす……」
 ベネットが寂しそうに呟いて、とぼとぼと歩き去る。
 せめて、せめてこの地では安らかなTRPG人生と、そしてアルのよそよそしいのが解消されますように、と願いながら。

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あとがき。

というわけで、ベネットがGM慣れしていたのはエリンディル時代にも同じことをやっていたから
という設定がくっついてしまいました(笑)
ちなみに、ベネットもアルが大好きです。さすがに恋愛的な意味ではないですが。