Novel

未完の攻防戦

「ぐっ……!」
 衝撃。鈍い打撲音とともに、アルの鳩尾に木刀が突き入れられる。
 彼女の握ったそれは、アルの持っているものよりも少し短いが、それでも痛いものは痛い。直撃をもろに食らったアルは歯を食いしばり、耐えた。膝をつきそうになるのを必死でこらえながら、震える手で木刀を振り上げようとする。だが、
「私の勝ち」
 彼女──ナーシアは抑揚無くそう言って、視線だけでアルを制した。

 これで通算何度目か忘れたが、ともかく連敗であった。

 アルとナーシアは、同じ師から剣を学ぶ兄弟弟子の関係にあった。二人とも師の教えには素直で、驕ることも怯えることもなく、実力だけならば拮抗していた。
 だけどアルが覚えている限り、この手合わせでナーシアに勝った記憶が無い。
 二人とも『実力だけ』ならば拮抗していた。いや、素質を言うならば頑丈で力も強いアルの方が上かもしれない。なのになぜ勝てないかというと、それは不幸な巡り合わせなのである。
 ナーシアはとにかく、運命の女神<アリアンロッド>に愛されていた。タイミングをはかってたったの一振りで効果的な一撃を叩き出す時。アルの放った必殺のはずの一撃を紙一重でかわす時。とにかくナーシアは、ここ一番勝負強いのだ。最低限の働きで、劇的な成功をおさめてみせる。
 今回も、アルの一瞬の隙を突いて懐に飛び込み、今の一突きを決めてみせたのだ。

「ぐ……くそぉ……!」
「もう勝負はついたわ。約束どおり、今日の晩御飯はアルが担当──」
 ナーシアが木刀を引きかけた、その瞬間だった。
「まだまだぁっ!」
「……!」
 ぐらり、よろめきかけた足を強引に引き立たせ、その反動を利用して木刀を打ち上げる。狙い違わず、切っ先がナーシアの細い顎へと向かっていき──

「そこまで!」
「っ!?」
 掠める直前、ぬっと横から突き出された太い腕に、アルは手首を掴まれた。
「な、何だよテオ! もう少しで……」
 憤懣の表情で振り向くと、そこには呆れ顔の師匠が立っていた。アルがいくら力を込めても、掴まれた腕はびくともしない。そのまま師は溜息とともに吐き出す。
「肉を切らせて骨を断つ、なかなか面白かったが……お前にはまだ早い!」
「わっ……!」
「大体お前、先に一本取られてただろうが。あの時点で負けだ、負け」
 心底馬鹿にした口調で、師匠テオドールはもう片方の手でアルの頭をくしゃくしゃと掻き混ぜる。いじられて一気に疲れたのか、それとも先程の無茶が祟ったのか、アルはもう立っているのもやっとといった風であった。

「……ま、あそこで諦めない根性だけは買ってやるけどよ」
 ひとしきりアルを構ってやった後、夕飯の支度にふらふらと向かう少年の背中を見ながらテオドールは小さく呟いた。
 そんないつもの二人のやり取りを見て、ナーシアの口元がふっと緩んだような気がした。


「……ふふ」
「……何だよ」

 それから何年も経った日のこと。ある目的のため、ともにグラスウェルズへと向かう道すがら、ナーシアが何かを思い出したようにアルを見て微笑んだ。
 斥候役のナーシアと前衛のアルが前列を務めているというだけなのだが、その二人の後ろでは、ハンマーを抱えた黒衣の聖騎士と、真紅のローブを纏った少女がなにやら物言いたげについて来ている。
 ナーシアは彼らを振り返ることなく答えた。
「少し、昔を思い出しただけ。『あれ』できるようになったんだなぁ、って」
「あれって何だよ?」
「あれはあれ」
「……?」

 首を傾げるアルにもう一度微笑んで、ナーシアはそれ以上顔を見られることのないよう足を速めた。

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あとがき。

あれ:《ラストアクション》です。肉を切らせて骨を断つ……どころか骨まで断たれてまだ攻撃するって感じですが。
そしてちょっぴりアルナー風味。英魔さまはどこまで頑張れるのか!
アンソンに春は来るのか?(多分来ない……?)