Novel

仁義無きメタな戦い

「よう、騎士殿。愛しの眼帯様のお帰りだぜ」
「ああ、なんだギィか……って、何だよその『愛しの眼帯様』ってのは!?」
「ん〜? 決まってんだろ、こいつだよ。アンタがこれ見て物思いにふけってるの、丸分かりだしなあ」

 バーランド宮の庭で最近よく見られる光景である。
 成り行きからフェリタニア第一の騎士となったアルに、立身出世を志し仕官したギィが何かと絡みにいく。普通に見れば、飄々とした風のギィにとってアルはからかい甲斐のある面白い存在なのだろう。だが見る人から見れば、それは由々しき事態であった。
 彼ら、そして彼女らの目には、ギィは自分達と同類に映るのだ。匂いで分かる。そう、ギィも自分達と同じく、アルを狙っている──と。

 抜け駆けなど断じて許さない。アルを渡してなるものか!

 そう強く心に誓う者達の筆頭であるこの国の女王ピアニィは、将来の義妹となるべき(ピアニィ的に)アルの義妹であるアキナとともに、仲良さげに話し込んでいる(彼女らの目にはそう映る)アルとギィに目をやった後、同時にこくりと頷いた。
「アキナちゃん……」
「ええ、ピアニィさん!」
 想い人に、あるいは大好きな兄様にたった今迫っている貞操の危機を遠ざけるため、拳を握り手を取り合った。二人はアルを巡ってのライバル同士ではあるが、共通の敵には協力して立ち向わねばなるまい──!
「アル!」
「アル兄様!」
 二人が駆け寄り、同時にアルを呼んだその瞬間だった。

「陛下、ここにおいででしたか」
「……え?」
「な、ナヴァールさん!?」
「おお、アキナもいるとは、ちょうど良かった」
 二人の行く手を遮るように現れた長身の男。閉じられた目と穏やかな笑み、一部分だけが黒い白髪を蓄えた彼は、フェリタニアの誇る軍師ナヴァールだ。
 彼自身が女王を探しに来ることなど、普段はほとんど無い。何か緊急の事態なのだろうか。ピアニィの表情が一気に引き締まる。
 一方のアキナも同じだった。彼女はフェリタニアの軍の一部隊を率いるギルドマスターだ。それが軍師に呼ばれるということは、何かの任務だろうか、ときゅっと身を固くする。
「あの、何か用事でしょうか?」
「ええ。取り急ぎ陛下には、軍議の間へお越しください。アキナ、君にはひとつ、任務を頼みたいのだ。至急エンジェルファイヤーの皆を呼びに行ってくれ」
「は、はい……分かりました」
 ナヴァールが女王を呼びつけるということは、おそらくよほどの事態だ。ピアニィは仕方なく恋する乙女から一国の女王の顔になる。だがアキナはまだ引き下がらなかった。
「それじゃあ、さっそくあそこにいるギィさんを……」
 そう、これから任務だとしても、大好きなアル兄様からあの法螺吹きを引き剥がして連れて行かなければ。
 だが、アキナのその願いは叶わない。

「……あ、あれ? アル兄様は?」
 ナヴァールの背後の様子を伺うようにぴょんぴょんと跳ねながらアキナは後ろを覗き込んだ。だがそこには、アルとギィの姿は既に無かった。
「うん? あの二人なら先程庭を出て行ったが……そちらは私が探しておくから、先にドランとマルセルを呼んできてくれ」
「えぇ〜っ!?」
「ナヴァール、抜け駆けは無しですよっ!?」
「はっはっは、ご心配なく陛下。国同士の戦いならばともかく、恋の鞘当でアンフェアな手は使いませんよ」
 非難めいた声を上げるアキナと、手をぶんぶんと振って釘を刺すピアニィにも、ナヴァールは普段の態度を崩さない。
 この泰然とした軍師も二人のライバルの一人である。彼女らは、ナヴァールがギィを呼びに行った際に抜け駆けすることを危惧したのだ。それにただでさえ、ギィは要注意人物なのである。この上強力なライバルであるナヴァールまで行ってしまったら、大きくリードを離されてしまう可能性だってある。
 ここに性別の差など関係ない。アルは究極に鈍いのだから。

 だが国の一大事とあっては、ここはいったん引き下がるしかない。ピアニィはすごすごと会議室へ歩き出そうとして、ふと立ち止まる。
「……そういえば」
 気付いてしまった。ナヴァールは普段はアルを想っているということなど微塵も表に出さないが、それでもアルを無理矢理自分のものにしようなどという不届きな者に対しては、ピアニィやアキナ、その他アルを慕う城の者達と共にそれらの排除にもあたっている。
 だが、ナヴァールが唯一、アルへの接触を許している男、それがギィなのだ。
 エンジェルファイヤーの一員としてよく働いてはいるが、ギィは危険な男だ。抜け駆けなどものともしないだろう男だ。それがピアニィには不思議だった。
「ギィさんのことですけど、ナヴァールはどうしてあの人にだけは警戒が甘いんですか?」
「そうですよっ、あたしも心配なんですよねー。ギィさんってなんか最近、アル兄様にべったりだし」
 どうやらアキナも同じ疑問を抱いていたらしい。二人に問われて、既にそこを立ち去ろうとしていたナヴァールが歩みを止める。
「簡単なことですよ、二人とも」
 振り向いたナヴァールの表情はやはり変わらず穏やかに目を閉じたまま。そのまま指を一本立てて、続ける。
「確かに、わたしも陛下やアキナと同じく、アルを慕うものです。今は抜け駆けなどはしておりませんが、いずれ彼を私だけのものにしたいと思っているのも、おそらくお二人と同じでしょう。ですが、もしアルが私や陛下ではなく、ギィを選んだとしても……」
「……選んだとしても?」
 淡々と続けるナヴァールの声はとても穏やかだった。そのためピアニィもアキナも、すっかり油断してしまっていた。
 彼がこの直後、竜眼をカッと見開くのを。

「そう、アルがギィを選んだとしても…………鈴吹太郎に死角無しッ!!」

「ず、ずるいっ!?」
「汚いです! さすが社長汚いっ!?」
「社長ではなくナヴァールと呼ぶように」
「さっき思いっきりメタな発言してたくせにーっ!?」

 きゃんきゃんと喚く少女達の非難の声をよそにナヴァールは再び歩き出した。もちろんギィを確保してアルと引き剥がすためである。まあ無理でも相手がギィならば全く構わないが。


 こうしてフェリタニアの一日がまた過ぎていき、女王ピアニィが中心となって展開されていた『抜け駆け禁止の紳士協定』からは、一人はじき出されることとなったのである──

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あとがき。

アルはみんなに愛されてます。フェリタニア国内では、きっとファンクラブじみた紳士協定が存在しているはず(笑)
ナヴァールの最後のくだりが書きたかっただけなので、色々グダグダですが気にしない。

※この作品はフィクションであり、登場する人物、団体名等は実在の人物とは一切関係ありません。

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おまけ。

ピアニィ「そういえば、リシャールさんにはそういう『取られても死角無し』的なものはないんですか?」
GM「あ、それ俺も気になったなー。どうなんですか社長?」
ナヴァール「ん? リシャールは駄目だよだってNPCだもん」
アキナ「NPCだと何か問題があるんですか?」
ナヴァール「リシャールとくっつかれたら、菊池さんがリシャール演出するときにすごく困るでしょ?(笑)」
GM「失敬な! こっちのリシャールだってかっこいいよ!」
アル「かっこいいキャラは鼻からリシャァァァァァルとか吹きませんよっ!?(一同大爆笑)」