Novel

報われぬ想い

「ナヴァール……ナヴァール!」
「ん?」
 自分を呼ぶ女性の声に、ナヴァールは兵法書に落としていた視線を上げる。
「どうかしたか、ステラ」
 目の前にいたのは、息を切らした妹弟子の姿。レイウォールにて囚われていたところを救われ、現状ではフェリタニアに保護されている身ではあるが、彼女は平時でも軍装を脱がないでいた。
 真面目な性格を表しているその格好も、兄弟子でありひそかに想いを寄せている相手のナヴァールを目の前にして相好を崩す顔と合わせればアンバランスな魅力となっている。
 まあそれは置いておく。ステラは普段よりも少し上ずった声で言う。
「エンジェルファイヤーにヘクスフォード行きの任務を与えたのはお前だろう?」
「そうだが」
 それがどうかしたか、とナヴァールは首を傾げる。
「マルセル殿が、お土産を買ってきてくれると言うのだ」
 なるほど。ここでナヴァールは全てを理解した。

 元レイウォールの将であるマルセル・ベルトランは、ステラに思慕の念を抱いている。それゆえかステラと仲の良い自分に敵愾心を燃やし、ことあるごとに突っかかってくるのだ。
 それはそれで、軍師としては非常に動かしやすい人材のため、ナヴァールはマルセルを重用している。そのためマルセルを“ナヴァールの懐刀”と称する人間も少なくない。
 もっとも、恋愛事に疎いステラは、そんな彼の気持ちに全くもって気付いていないのだが。

 心の中でマルセルに少しだけ同情して、ナヴァールはステラの次の言葉を待った。
 この鈍感な妹弟子の言いそうなことは、手に取るように分かる。
「それで……な、ナヴァール、何か欲しいものはないか? お前にプレゼントを……いや、これは助けてくれたお礼であって特に深い意味はないんだ!」
 ナヴァールは笑いを押し殺すのに必死だった。
「ステラ。マルセル殿は君への土産を買ってきてくれると言ったのだろう? 私がもらっていいのか?」
「え、いや、それは……」
 赤面し俯くステラに自然と笑みが浮かぶ。だがステラはすぐに顔を上げ、弁解のような言葉を投げかける。
「マルセル殿には、もう伝えてある。何かお前の役に立つようなものを、と……」
「ふふ、まあいい。そうだな……」

 ようやくステラをからかうことをやめ、ナヴァールは本を閉じるとくるりと視線を巡らせた。
 ちょうど彼の部屋には、女王ピアニィと中心とした直属のメンバーが集まり、こちらのやりとりなど全く気にせずに一心に何かを見ている。
「うわぁ、これがエリンディル東方のアイテムなんですね!」
「どうでやんす? これもあっしが調べたでやんす! ちょっとだけなら、多分アルディオンにも出回ってるでやんすよ」
 目を輝かせるピアニィと、自慢げに胸をそらすベネット。そして二人の隣に、真剣な目つきでベネットの差し出した本──“エリンディル東方ガイド”を見つめるアル。
 舐めるようにページを見つめていたアルの口から、ふと呟きが漏れる。
「お、白羽扇強いな……旦那が持ったら似合いそうだし」

「では、それで」
「……え?」
 短く答えるナヴァールに、ステラは一瞬反応を忘れた。もう一度分かりやすく説明する。
「うむ。アル殿が、私に似合うと言ったから、へクスフォード土産は白羽扇希望。字余り」
「…………な、ナヴァール?」
 ステラが意を決してもう一度聞いてみても、ナヴァールは「俺は今かっこいいことを言ったぜ!」という表情のままステラを見つめている。
「あの……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「……わ、分かった。白羽扇だな……」
 ついに根負けして、ステラがその場を立ち去るまで、ナヴァールはその表情のまま立っていた。


「何だったんだ、さっきの?」
「ははは、ただの兄妹弟子のレクリエーションだ」
「……?」
 その後、ようやく本から目を離したアルが怪訝そうに聞いてきた。
 どちらにしろ鈍感というのは厄介なものだ。

---

あとがき。

白羽扇はナヴァ→アル的なナヴァールリクエストだといいなって妄想。私の中ではステラはマルセルと同じくらいかわいそうな子です(笑)
ナヴァールはことごとく恋愛フラグをぶっ潰していっているように見える。多分きくたけが事後承諾で「くっつけときました!」するんだろうな。
でもまあ、私の中では超☆一方通行な四角関係が形成されてますけどね!